離宮のフェスティバル4
私は離宮にあるロイヤルエリアの豪華なゲストルームの一室に通された。一般開放しているエリアのゲストルームは既にボンソレワーレのゲストで満室であり、部屋に空きはないという理由を聞いて…渋々、了承した。
部屋の至るところにアルカサンドラ王家の家紋がついていて、どこか…複雑な気持ちは否定できない。
「お嬢様、失礼致します…」
窓から外の景色を見ていると、小さくドアをノックする音と女性の声が同時に聞こえた。
「…はい」
―何の用事だろう…?
ドアを開けるとメイドが二人、各々、大きな箱を抱えて立っていた。
「レディ ラルム様、お支度のお手伝いに伺いました」
支度…と言われても、女学院から帰省の為に持参した自分の手持ちのドレスに着替えて、髪をまとめてアップして髪飾りをつけるだけだ。これくらいの事はいつも自分でやっている。
「ご親切に…ありがとうございます。でも、自分で着替えますから大丈夫です」
「レオ様より、いくつかドレスが届いております…是非とも、今夜の晩餐会で着ていただこうと思いまして…どうか、お支度の準備を手伝わせて下さいませ」
そう言って、ひとつの大きな箱を開けて見せた。
そこには…薄紫色の可憐なドレスがあった。メイドが更に広げて見せる。
適度に空いた胸元と袖口に、銀糸の花模様の刺繍が施され、生地の持つ光沢と相まってシンプルなデザインが、より素材を引き立たせていた。…一目みただけで、とても高価なドレスだと分かる。
「素敵なドレスですよね…あと他に、舞踏会用のモスグリーンと白色のドレスがございます」メイドがもう片方の箱を示す。
「―でも私、受けとるわけには…いきませんから」
「何を仰いますの…明日からは待ちに待ったルシアのフェスティバルですよ!男性からの贈り物を拒否するなんて、マナー違反です!」
「とりあえず、着てみましょう!」
明るく元気なメイド達に押しきられ…私はあっという間に、部屋の奥にあるドレッサーの前に連れて行かれた。
「本当に…透き通るような白いお肌に、綺麗なゴールドの髪ですこと!久しぶりに本物の美しいレディにお会いして、私達も興奮してしまいます…」
「それにしても…帝都の騎士レオ様にエスコートして頂けるなんて、素敵ですね…」
メイド達は楽しそうにおしゃべりを続けながらも、テキパキと手を動かして、私の髪はいつの間にか高く結い上げられ、美しいティアラまで載せられていた。
「このティアラは、レオ様がわざわざ帝都の宝石商から取り寄せた物だとか…ちょっと変わった素敵なデザインなので、皆で見とれていたんですよ…」
「それにしても、レオ様はラルム様の紫色の瞳とゴールドの髪を意識して全てをコーディネートされたんですね…なんてお優しいのでしょう」
薄紫色のドレスに袖をと通すと、あまりにもサイズがピッタリなのでよけいに驚いてしまった。
「レオ様の黒髪と黒い瞳も…素敵ですよね。急に今朝早く離宮に到着されて、どこに行かれたのかと思ったら、こんな可愛らしいお嬢様を連れて戻られるのですもの…びっくりいたしました」
「―えっ?黒髪と黒い瞳とは…いったい誰のこと?」
「何を今さら仰せられますの…帝都の騎士レオ様じゃありませんか。あの優雅で洗練された立ち振舞といい、ご自分の黒い愛馬に騎乗された凛々しいお姿といい…あの方は、まさに中世の黒騎士だと…皆で話しておりました」
何故か理由はわからないが、これ以上レオの容姿をここで否定しても、私の疑問は解消されないと思った…。
「…そう、ですね」
ぎこちなく何度か曖昧な返答を繰り返している間にドレスアップが終了した。
「なんて…美しいのでしょう!まるで…おとぎ話に登場するお姫さまのようですわ」
全身を映す姿見に、自分の姿を見つけて…私自身も目を疑う。
―これは…わたし?
―もし、知人に会ったとしても、誰も私をラルム フローディアだとは気づかないだろう。
―コンコン。
大きくドアをノックする音がした。
「きっと、レオ様ですわ」
メイドの一人がそう言うと、慌てて周囲のものを片付ける。
「はい…」
私の返事から少しの間をおいて、レオの声がした。
「ラルム…支度は済んだか?」
ドアが開くと、メイド達は部屋の外にいるレオに深く頭を下げながら顔を赤く染めて足早に退室していった。
入れ代わるように、今度はレオが堂々とした足取りで部屋に姿を現した。
全身を黒色で統一した騎士スタイルはとても凛々しく美しい…しかし、彼の髪の色と違和感のある視線を感じて、私は、ドレッサーから立ち上がったまま……その場で固まってしまった。
―この人は…レオ?
あまりの驚きに声も出ない。
メイド達が噂していたのは…この、レオ!?
鬣のようなダークブラウンの髪は深い黒色に変わり、美しい碧の瞳は…漆黒に変化していた。
そんな私の引きつった表情にも、レオは少しも臆することなく…むしろ、いたって自然に慣れた仕草で、手を差し出しす。
―どちらが…本当のレオの姿なの?
これまでの面影はあるものの、目の前に立つ、私の知らないレオの姿に、少しの疑念と怖さを感じて、思わず…後ずさってしまう。
「―逃げるな、ラルム。…この黒騎士の姿は、事情があっての…仮の姿だ」
そこで初めて、私の驚きと向かい合ったように、レオがはにかむ。
―その表情は、まぎれもなく…私の知っているレオだった。
状況が呑み込めないのは…いつものことだ。ルノーのテーブルのキャンドルに火を灯したことも…初めての出会いで、突然現れて突然消えてたことも。ついでに私に傘を残してくれたことも…すべて、普通ではなかったのだから。
「…ラルム、綺麗だ」
レオに…真っ直ぐに見つめられて…私の心臓は飛び出しそうなほど早く脈打つ。
気づけば……私は彼の肘に手を添えて優雅にエスコートされながら…廊下を歩き出していた。
「―レオ…ずるいわ」
私が小さく抗議の声を上げると、彼は得意の片眉を上げて…いたずらな笑みを浮かべた。
「マジシャンとして、花でも出せば…許してくれるか? それとも…何か欲しいものがあれば…」
―そうだった…。
私は黒騎士レオの姿に驚いて、頂いた高価なドレスやティアラのお礼を、まだ本人に伝えていなかったことを思い出す。
「あの…レオ、素敵な贈り物を本当に…ありがとうございます。私は何をお返ししたらいいのか…」
「―お返しなど…何も要らない。ラルムが気に入ってくれたら私はそれで満足だ。…ドレスもティアラも…よく似合っている」
私の頬が紅く染る…。
急にレオが、長く続いている廊下の一角で足を止めた。
瞬く間に私は、レオの腕の中に抱き寄せられていた…。
―以前、アドリアンに抱きしめられた時とは違って…私はレオの腕の中に静かにおさまった。
これも…レオの《マジック》のせい?
「―少し…このままでいてくれ」
相手に有無を言わせない…絶対的なレオのオーラに捕らわれる。
「…レ、オ」
掠れた私の言葉に、さらに抱き寄せるレオの力が強まった。
―レオの鼓動が…聞こえる。
「ラルム、ずるいのは……お互い様だと思うぞ」
―私の耳元で…レオが切なそうに囁く。
当然…私達の周囲300メートル圏内に人がいる気配はない。
おそらく…《シールド》と呼ばれる、あの《マジック》だ。
「――沢山のプレゼントを頂いたから、もう、お花はいらないわ…マジシャンにも色々と…その…理由があると思うから」
「―ラルム、それ以上…喋ってはならない」
顔を上げると、レオがそっと優しく私の唇に自分の唇を…重ねた。
―初めてのキス…。
「―すまない…」
レオが私から離れようとする。
「レオ、私のファーストキスを謝らないで…」
さらに深く口づけされて…私の心は宙へと羽ばたく。




