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アマドーラ帝国の雫  作者: emily
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離宮のフェスティバル3

 レオナルシスside


 ルシアの離宮に来たのは、おそらく10年以上前のことだ。ここは、今は亡き母がいたく気に入り愛した城で、幼い頃は何かにつけてよく母に連れて来られたものだった。母はここルシアの貴族サマトーラ家の出身で、若き日、フェスティバルの舞踏会で当時、皇太子であった父と出会い結ばれたが、帝都での暮らしは母にはあまり合わなかったようだ。


 しかし、その最愛の母を亡くしてから、ルシアに足が向く事はなかった。

 そう、あの日…咄嗟にこの地に瞬間移動する時までは。


 久しぶりで急な訪れにもかかわらず…ルシア離宮の執事であるモルトは私の訪問をたいそう喜んだ。表向きは帝都の騎士レオとしてルシアフェスティバルの警護にあたる為、普段のレオナルシスと違いレオの姿で髪と瞳の色はパワーを使い黒く染めていた。私を皇太子と分かる者は殆どいないと思っていた。…しかし、幼い頃から私の世話役をしてくれていたモルトが気づかないはずはなかった。歓迎のレセプションを準備されそうになり、なだめるのに少々、時間を要する事になった。


 とりあえず、今回の目的と事情を手短に話して、フェスティバル期間中あまり目立たぬように騎士レオとして滞在したい旨を伝えた。


「全て、このモルトにお任せ下さい。レオナルシス様の為なら、私はいつ如何なる時も命を差し上げても惜しくはありません」


 そう言ってうっすらと目に涙を浮かべて私に忠誠を誓うモルトに―目立たぬように、私を騎士レオとして扱え…と言っても、所詮は無理な要望か…。

 ―仕方あるまい…せめて皆の前で接する時だけでもレオとして接してもらうしかないだろう。



 私がルシアにやって来た理由…それは…2週間以上、その所在が分からないアマドーラの雫を探すことだ。あの紫色の瞳をもつ娘を何としても早く見つけなくてはならない。


 ルシアに到着した朝。

 とりあえず離宮から直ぐに、あの日、アマドーラの雫を感じた場所へと馬を走らせた。

 以前の出会いは瞬間移動であったが、今度は実際に、この手で本人に触れたいと思う。共に帝都から船で連れてきた愛馬、シンシアの馬上で私は黒い髪と瞳の騎士レオから、あの日のままのレオナルシスの姿に容姿を戻した。

 ―最初は騎士レオを名乗らなければならないのに、容姿はレオナルシスそのままとは…少々、厄介なことではあるが、まず彼女を見つけ出すことが最優先であった。


 パッサージュの中に、あての無い待ち伏せにはもってこいのカフェを見つけた。

 中庭の噴水にアマドーラの雫と似た波長を感じる。それが一番強く感じられる席に腰をおろした。

 ―その場に留まること…2時間。長期戦になりそうだ。しかし、時間の許す限り此処で待つしか他に打つ手はない。

 そう思った矢先…私はこのあてのなかった戦いで見事、勝利を手にした。


 それは紛れもなく、アマドーラの雫…彼女だった。向こうも、どうやら私に気がついたらしい。

 だが…全くストーンの気配は感じられなかった。

 ―何故だ…?

 ―いったい何があった?

 私と繋がりをもつ重要なストーンをいったいどうしたというのか。


 しかし、この頃は…調子の狂う事ばかりが起きている。彼女がアマドーラの雫を身に着けていない事に対する怒りの感情よりも、あの紫色の瞳の娘が無事でいてくれたことに心から感謝して、胸を撫で下ろす感情の方がはるかに勝ったのだ。


 ―とにかく、彼女が無事で良かった。

 本当に…心からそう思った。



 紫色の瞳の娘ではない…彼女の名はラルムと言った。

「ラルム…雫にふさわしい良い名だな」

 率直な想いを口にした。


 更に不思議な事は、ラルムの感情だけが、他の者と違って全く読めなかった。

 以前、アマドーラの雫を身に着けていた時には、手に取るように彼女の意思が読めたのだが…。

 そして昔、ルシアの離宮で出会った…あの紫色の瞳の娘を思い出した。初めて私が意思を読めなかった娘。当時私は10歳、あどけない娘は4、5歳であったと記憶している。


「レネット」出会った当時、私は確か…小さな娘をそう呼んだ。

 目の前にいる紫色の瞳のラルムが…あの時の娘…!?


 そして、あの時も前回と同じように名前を聞き忘れた事を思い出した。同じミスは繰り返さない主義なのだが…紫色の瞳の娘が相手だと違うらしい。



 席について少し落ち着いたのか…ラルムはアマドーラの雫について、「なぜ、偽物と分かったのか?」と私に聞いた。


 ―当然ではないか。私を誰だと思っている…


 ラルムとの会話はとても心地良かった。

 しかし、ラルムの口から「アマドーラの雫の運命の相手を知っているか?」と聞かれた時。表情は変えず冷静に受け止めたが、一瞬、時が止まった錯覚を覚えた。



 ―生まれた時から【火】を司る運命を背負い、物心がつく頃には…私が皇帝になったら帝都全土を焼き尽くすのでないかと周囲から噂され、恐れられていた。幼い頃から外に感情は出さずに自制を強める反面…私の心は【無】と化していった。

 そんな中でも…母はいつも私を帝都からこのルシアの離宮に連れ出してくれた。そしていつも決まって、【アマドーラの雫】の伝説を語ってくれたのだ。


「私以外に…誰がいる―」


 あの幼き日の、紫色の瞳の娘との別れの場面を思い出し、思わず懐かしさと愛しが溢れだした。



 離宮の中庭の一角にある小さな噴水の前で初めて紫色の瞳をもつ少女に出会った。母がずっと影から見守り続けている娘だという。


 全くその娘の気持ちが読めないことが、私にとっては新鮮な驚きだった。

 二人で噴水に船や花を浮かべたり、乗馬などをして…時が経つことを忘れて遊んだ。

 これも、他者をあまり寄せ付けず、感情を外に出さない私にとっては実に稀な経験であった。


 私はその娘を一般的に共通した愛称である「レネット《小さな可愛い娘》」と呼び、レネットは私を「碧の皇子様」と呼んだ。

 当時、母から聞かされていたアマドーラの雫伝説が何故か…このレネットと結び付いて、帰り際の別れの挨拶で私は「また、必ず会おう…」と手を差し出した。しかし、レネットは急に大きな紫色の瞳に涙を溢れさせたかと思うと…泣き出してしまった。


「―私が大きくなって、もし碧の皇子様を忘れちゃったら、どうしよう…もう会えなくなっちゃう…」


 私はこの時、堪らなく目の前の少女を可愛いと感じ、初めて、母以外の他者を守りたいと思った。


「その時は、私が必ず見つけてやる…」



「本当に?…ドラゴンとかがいても見つけてくれる?」


 私は深く頷くと同時に、庭園内に多く設置されていた白鳥型に彫刻された外灯のキャンドルに一斉に火を点した。夕暮れ時の薄暗い景色が一変した。


 すると、レネットは驚いて泣き止んだ。


「すごい!…碧の瞳の皇子様!…大好き」


 無邪気にそう言って笑った当時のレネットの姿が、この時、テーブルの上のキャンドルを不思議そうに見つめるラルムと合致して同一人物であると確信した。



 その日の夜に母から、ルルド地方の貴族であったマテリアス家の悲劇について聞かされたことも思い出す。


「レオナルシス、彼女は今は亡きマテリアス家の息女…まだ時ではないからその名を名乗る事は出来ないけれど、いつか貴方と共にその名を取り戻せると良いわね…但し、彼女の幸せを取り上げたのは、他でもない我、アルカサンドラ王家に違いないという事は覚えておいて」

 切なそうに語る母…。

 あの時、はっきりと話の内容は理解出来なかったが、とにかく紫色の瞳の娘を、私が守らなければならないとだけは自覚した。



 離宮の部屋で一人…ラルムをここに連れ帰った時の、先ほどのやり取りを思い出していた。


 離宮内にあるロイヤルエリアの前に着いたところで、急にラルムは顔色を変えた。

 震えた声で「レオはアルカサンドラ王家の関係者か?」と聞かれた時ほど、私は自分の称号《レオナルシス カーラ アルカサンドラ》を疎ましく思ったことはなかった。

 あの幼き日、母が語ってくれた事の重大さをここで初めて悟ったといっても過言ではない。


 ―今はまだ…時でははない。


 それだけは真実だが…緊張して震えながら問かけるラルムを前にして、我名を語る事に初めて躊躇いを感じた。



 もう直ぐ…前夜祭の晩餐会が始まる。

 ―ラルムの支度は整ったか…。


 複雑な想いを、ラルムの着飾った美しい姿を想像して置き換えつつ…私は直近のある問題に気づいた。


 晩餐会を前にして、本来の帝都の騎士レオとしてのこの黒髪と黒い瞳を何とラルムに説明すればよいか…。

 ―今さら、実はマジシャンを兼任しているなどと言ったら、ラルムは怒るであろうな…。


 少々、気掛かりな問題を抱えつつも…私はラルムを早く迎えに行きたい衝動に動かされ、足早に、懐かしい子供時代を過ごした部屋を後にした。


 ―レネット …いやレディ ラルム…

 私は必ずやその悲しみを取り除き、事の真相を明らかにしてから、本来の家名を共に取り戻す事を我名にかけて誓おう。




 黒髪と黒い瞳の私を見て、一瞬、美しく愛らしいラルムの表情が固まり…差し出した私の手を取らずに少しばかり後ずさった事、半ば強引にラルムの手を自分の肘に添えさせて、エスコートするはめになったことは、まったく…想定内の出来事であった。



















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