「新世界」と「リンク・ザ・ワールド」
「仮想世界」といった言葉が、過去のものとなったのは何時のことだっただろうか…
少なくとも、現代においてはHMDや、その他の機器類を用いてコンピューターにより創り出された空間を疑似体験するという意味では無くなっている…
なぜなら、人類は自らの神経系統やその他人体の器官をすべて電子データにすることにより仮想空間への移住を行い、全ての生命活動を電子データ上で行うようになったからだ。食事や教育はもちろん、生殖活動すら仮想空間で行われるようになった。人々はこの、電子空間を「仮想」ではなく「現実」に変えてしまったのだ…
そして全人類がこの世界に移り住んでから、二十五年が経とうとしていた。
「まぁ、というわけで全人類はこの世界に移り住んだわけ~分かった~!はい、じゃあここまでが学期末テストの範囲ね~!しっかり勉強しといて~!」
なぜだかよく分からないがテンションの高い声が教室に響いた直後、
「起立、礼、一年間ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
学級委員の号令とともに一年間授業をしてくれた我が私立水明高校の教師へ感謝を述べる挨拶が行われた後、俺こと水崎守は、どさりと椅子へ崩れ落ちた。
「はあ、やっと終わった…」
ため息も吐きたくなる。なにしろ、ここは学校で三年間にもおよぶ長き高校生活の一年目の授業内容が今ここで完了したのだ。
後は来週の学期末試験で赤点さえ取らなければ、晴れて高校二年生になることが出来るはずだ。ここのところの俺の成績は中の中であり、学期末試験に関しては特に問題ないと踏んでいる。
試験前は学校が早帰りになるのがいいなぁ…などとしみじみ思っていると、
「よう!暇人!」
俺の素敵な一人時間を騒々しく壊してくれた素晴らしい友人が目の前に立った。身長178cm、がっしりとした体格に筋の通った目鼻立ち、そのうえ人懐こさそうな顔をした青年である。
「別に暇じゃないんだが。」
俺は明らかに鬱陶しいという感情を視線に込めてそう言った。言ったはずなのだが、
「いやいや、この時期に暇じゃないっていう奴は、ホロウィンドウを閉じてさっさと帰ってるから…」
と彼はあきれながら俺の手元を指差した。
彼の名前は三笠学。小学校の時からあいうえお順に座った時、近くにいるというかなり付き合いの長い友人だ。悪い奴ではない、しかしとりたてていいところがあるわけでもない。なんともまあ、微妙な奴だ。
「それで、何の用だよ。」
「うんにゃ、お前今日は入るのか?」
「ん?あぁ…まぁ。入る予定ではあるけど。」
「なら、二時半にシティーリンクの前に来てくれないか?」
「はいよ。分かった。」
何を言いに来たのかと思えば、今日俺がプレイしているとあるゲームにログインするかどうかを訊きに来たってわけだ。ご苦労なこった。まぁ、確かに昨日は眠すぎてログインしていなかったから聞きに来る訳も分かるが。
そのゲームのタイトルは、体感型MMORPG「リンク・ザ・ワールド」。全世界で百万人がプレイしているらしい。ゲームの企画・開発は、この電脳世界をも構築した天才プログラマー集団「ワールド・クリエイト」。ちなみに、この名前は今回の学期末試験に必ず出るだろうから覚えておいたほうがいい。
そんなこんなを考えながら、俺はホロウィンドウ(この世界では、授業や仕事に限らず書類というものは無く、全てがホロウィンドウという半透明の窓を使ってやりとりされたりする。授業では、教科書のデータをホロウィンドウに表示させて行う訳だ。)を閉じ、帰る支度を済ませた。
「帰るか…」
現実が電脳世界化されたのに、世界には未だに車が走っているし、電車やバス・飛行機・船も残っている。もちろん瞬間移動的なものは無い。(あったら誰も車なんか使わないだろ?)おかげさまで俺は三月の寒い風の中、家までウダウダとしながら帰らざるを得ない。
この世界を作った「ワールド・クリエイト」のメンバーはなぜだか知らないがこの世界を、極力元の世界に類似した世界にしたかったらしい。元の世界との違いといえば、どこでも呼び出すことのできるホロウィンドウと、視界の右上に表示される無粋なライフバーだけだそうだ。
まぁ、俺は「電脳世代」であり、元の世界なんていうものは知らないから、なんともいえないんだが。「電脳世代」というのは、この世界での第二世代という意味であり、親の遺伝子データを組み合わせて生まれた純粋なデータだけの人間という意味でもある。そんなこと言っても、結局は移り住んできた人間となんら変わりはないけれどな。
ここで少し、この世界について説明しようと思う。なぜかって?今回の現代社会のテスト範囲の復習をするために決まっているじゃないか。説明することほど頭に入れやすい勉強法はない。
この「世界」統一した名称はないんだが、とりあえずこの電脳世界のことを「新世界」元の世界のことを「旧世界」とでもしよう。
この「新世界」の構想が出来たのは、今から四十七年前。資源の枯渇化が心配されていた「旧世界」で、一人のプログラマーが設計図を描いたのが始まりらしい。電脳世界に移り住めば、資源を使うことなく皆が生活できる。そんな夢物語にすぎなかった話を実現化できるようなプログラムの素案を世界にばらまいた。
「新世界」プログラム、人間の神経系統を全てコピーし日々の生活に使われない分の神経ネットワークにより世界を構築する、詳しいことは難しすぎて高校程度じゃ教えてくれないが、大体そんな感じのプログラムだ。
このプロジェクトに興味を示した企業や、資源の枯渇を危惧した日本のような少ない資源しか持たない国の援助を受け、世界中のプログラマーやハッカーによる「ワールド・クリエイト」がプロトタイプの構築をしたのが今から三十八年前。
その成果を公開し各国が移住に対する国民投票を行い、全ての国が移住を決定し全世界共通プロジェクトとして始動したのが、三十四年前。
そして、全人類の「旧世界」から「新世界」への移住が完了したのが、今から二十四年前の四月七日という訳だ。
とりあえずまぁ、ここまでが「新世界」の成り立ちだ。
そんじゃ、次。「新世界」と「旧世界」とを決定的に違うものにしているライフバーについても説明しよう。ライフバーっていうのは、通常視界の右上に表示されている代物だ。早い話が、ゲームでいうHPゲージみたいなもので、これがゼロになると死ぬという訳だ。数値としては、全員が等しく259200持っている。
なぜ259200かって?まぁ聞いていてくれ。単純に言うと、一日の秒数の三倍だからだ。「新世界」では、平均一秒に1ライフバーが減っていく。このライフバーが減る速度は年齢とともに上がっていくし、不健康な生活をしていても上がっていく。もちろん健康な生活を心がけていれば、減る速度は緩和されていく。
また、交通事故など不慮の事故に巻き込まれた際も、受けたダメージだけ減っていくって訳だ。もっとも、事故の時は、治療によって受けたダメージより少ない減り具合で済むこともある。
バーの数値は、その日の二十四時に259200までまた回復するから、それまでにゼロにならなければその日は生き残れるという話だ。
ライフバーは可視状態にしておくことも出来るし、手首あたりにある腕時計型のホロウィンドウ起動用ショートカットから、ホロウィンドウを開き個人設定で不可視にしておくことも出来る。
よし、これでこの世界について大まかに説明することが出来た。これなら、学期末試験の記述問題として出されても問題ない。
おっと、説明しているうちに家に着いた。
「ただいま~」
特に返事が返ってくることを期待してはいない。共働きである両親は、十一時半というこの時間にはまだ帰ってきていない。だが、幼いころからの習性は変わることなく誰もいない家でも帰宅したことを告げさせた。
玄関で靴を脱ぎ、すぐ右側にある俺の部屋で制服を脱ぐと、おれはリビングに直行しテーブルの上に置いてある今日の昼飯を食べた。皿を洗い、用を足し、再び自室に戻るとベットに寝転がり「リンク・ザ・ワールド」へとログインする準備を完了させた。
「そんじゃ、行きますか。」
俺はつぶやき、ホロウィンドウのマイページに表示させた「リンク・ザ・ワールド」のアイコンをタップした。
どこからか光の粒が舞い始めたと感じる間もなく、視界が真っ白になり徐々に光が薄れていくとさっきまでの俺の部屋ではなく、古びた宿屋のベッドの上に寝転がっていた。
視界には「ようこそ『リンク・ザ・ワールド』の世界へ」の文字。文字はきっちり三秒後には消え、俺はベッドから起き上がった。実に二日ぶりの世界だ。
「リンク・ザ・ワールド」は、正式サービス人数が百万人限定のゲームであり、フィールドは地球を四分の一倍に縮小したものをモデルとしている。もちろん、地形などはクエストが作りやすいように変更されてはいるが、大陸や山脈、河川などは残されているものも多い。
このゲームのメインクエストは、プレイヤーが魔物に封鎖された街を魔物を討伐することで取戻し、すでに取り戻した街と「シティーリンク」という装置でつなげることで、全ての街を魔物から奪還し、連結させることを目的としている。一つの街を奪還すると、次に奪還する街がマップ上に表示されるというオーソドックスなタイプだ。
それぞれの街には街を守護するボスモンスターがおり、それを撃破することで街の奪還は成功となる。「リンク・ザ・ワールド」の世界は二十のエリアに分かれており、それぞれのエリアへの移動は、エリアの始まりの街から行うこととなる。
そして俺は今、東アジアエリア1の攻略最前線である第三十五街の宿屋でログイン後恒例のストレッチをしている。このゲームにはモンスターを倒すための遠隔攻撃手段がほとんど無い。あってもせいぜいスローイングダガーやダート(小型の投げ矢、ダーツの原形)ぐらいしかなく、必然的に接近戦となってしまう。ということは、プレイヤー自らが剣や槍、斧などを振るう羽目になる。
だからこそのストレッチ。この時間がログアウト後の生活に大きく影響してくるので体育の準備体操以上にシッカリとしなくてはならない。
今の時間は十二時五十分。約束の場所である第三十五街シティーリンク(すでに奪還された街同士をつなぐ転移装置。プレイヤーはこれを使い過去に奪還した街や、始まりの街へ移動する。)の前へは、三十分もあれば余裕で到着する。その前に街の外で、モンスターと一、二回戦闘する位はできそうだ。
ホロウィンドウを呼び出し、その中のステータス画面を見て自分の序列(全プレイヤーを対象とした順位表示のこと。今の俺の序列は19728位であり、全体の上位2%の内に入っている。ささやかな自慢だ。)を確認したり、アイテム編成画面でポーション類の補充をしたりしたあと俺は、通知のアイコンのところにマークがついていることに気付いた。
「大規模イベントクエスト『ReBuild』実施のお知らせ」
どうやら、全人類移住二十五周年を記念してかは知らないが、大規模クエストが開始されるらしい。
「プレイヤーの皆様へ
四月七日より開始される本クエストは、三名以上のパーティーによって参加してもらいます。また、参加希望のパーティーは、各エリアの始まりの街で参加受付をしてもらいます。希望受付は、三月五日から二十八日まで。三月六日から十三日まで、デモクエストを行います。その後参加を決めたり、パーティーの変更をしていただいても構いません。ただし、二十八日以降のパーティー変更および参加受付は出来ませんのでご了承ください。」
なるほど…察するに三笠の用事というのはきっとこれだろう。
俺と三笠は、基本的にパーティーを組んでいるが、今回は三人以上じゃないと参加できない。でも、あと一人誘えるような知り合いがいないというのが、今回の問題点という訳だ。まぁ、今ここで考えていてもしょうがない。ちょっくら戦ってくるとしますか。
街の周囲には高さ1,2m位の低めの塀が張り巡らされているんだが、その外に出ると、その時間帯の好戦的なモンスターと遭遇することが出来るバトルフィールドとなっている。ふらっと歩けば一匹くらい引っかかる奴がいるだろうと思って外に出たのだが…
「ウソだろ…」
外に出てから、およそ十五分後、俺は楽観的な予想が外れていた、というよりはむしろ当たりすぎていたことを悟った。
俺の正面に体高1,5m程の金色の狼型モンスターが一匹、その名も「ゴールデンウルフ」なんのひねりもない名前だ。こいつ一体なら普通に戦えるのだが俺の周りには他に銀色の狼型モンスター「シルバーウルフ」が七匹も集まってきたのだ。「ゴールデンウルフ」のダウングレード版の様な奴が七匹…
正直言って泣きたい。
この世界ではモンスターとの戦闘をする際、攻撃の手助けとなるコマンドのようなものは存在しない。あるのは「片手剣系斬撃」といったモーションアシストスキル(MAS)による動作補助と、自分が決めたオリジナルアシストスキル(OAS)による自動斬撃、後は使用武器の奥義解放という特殊攻撃くらいだ。
動作補助というのは、例えば「片手剣系斬撃」のMASを設定していた場合、片手剣による斬撃時に敏捷度補正が上がって剣を振る速度が速くなったり、斬撃によるダメージにプラス補正が掛かったりするといった具合であり、結局プレイヤーの戦闘技術が劇的に向上するわけではない。
また、OASによる自動斬撃もあらかじめ自分で剣を振る動作を記録しておき、その動作を半ば強制的に高速で行うことで、与えるダメージを極増大するという機能であり使った後はしばらく敏捷度がマイナス補正を受けて素早さが減ってしまうという代物であり、多数に囲まれたこの状況で使うには無理がありすぎる。
そして何より、このゲームのモンスターとの戦闘には自分に与えられたダメージの百分の一が現実の自分のライフバーを減らしていくという設計者の悪趣味な設定が付け足されている。ゲームに命の一部を、賭けているって話だ。おかげさまで、死に戻りなんて発想は論外になっている。
こうなったらしょうがない。当たって砕けろ戦法だ。
俺は腰をわずかに落とし、重心を下げた。今の俺の武装は、背中に刃渡り65cmほどのショートソード、腰の両側に25cm程度のカタールという短剣をぶら下げてるだけ。敵の中心となっているのはやはり「ゴールデンウルフ」だろうから、奴を倒せば他は散ってくれるかもしれない。
ならば、ごく短時間で「ゴールデンウルフ」を倒し、戦線を離脱する作戦が最も効果的だろう。
狙いを絞った戦いなら、OASを使って速攻で排除してみせる。
静かに息を吸い、右手で背に差した剣の柄を緩く握り
「OAS1 発動」
俺は。金狼へ向けて一歩踏み出した。システムの補助を受けありえないほど加速された俺は、キィンという音を鳴らしながら背後の剣を抜くと、とっさに飛び掛かってきた金狼の胸へと凄まじい勢いで斬りつけた。
「OAS2 発動」
さっきの右斜め切り下げから続けるようにして、右斜め切り上げ、くるっと回り左斜め切り下げをOASにより、高速化した斬撃をイヌ科共通の弱点である腹部に叩き込むと苦悶の声を上げた金狼は、輪郭をにじませパシャッという水音に近い音を立て、砕け散った。残った銀狼は、唸りながらどこかへと走り去ってしまった。
金狼を倒したことで得た経験値や金などを表示したホロウィンドウを閉じ、街へと戻ろうとした俺の背中に、
「あれ?もしかして、守君?」
という声がかけられた。
振り返るとそこにいたのは、白銀の軽鎧を装備し背中に流麗な銀のロングソード、右腰にダガーナイフを差し、美しい茶髪をセミロングの長さにした明るく活発的な印象を与える美少女だった。
「やっぱり守君だ!」
少女は顔をぱっと輝かせ、俺のもとへと駆け寄ってきた。このゲームのプレイヤーは、現実と同じ顔、体であり、それによってプレイヤーネームも現実での名前と、変える必要性が無くなっていた。よって、現実で見知った顔だと、このようにして声をかけてくることも多い。
「もしかして、私のこと忘れたの?」
少女は、露骨に不機嫌そうな顔をし、むーっと唇を引き結んだ。
「まさか。楓だろ?羽賀内楓。」
「正解!」
再び笑顔になる少女。
彼女は小学校に入る前まで隣の家に住んでいた俺の妹みたいな存在だ。俺より一歳年下でいつも一緒に遊んでいた記憶がある。
「でも、どうしてこんなところにいるの?」
「楓こそ。」
「私?私はそこの森で、ちょっぴり戦ってきたところだよ?」
可愛らしく首をかしげる楓。
「まぁ、俺も大体似たようなもんだよ。というより楓このゲームやってたのか。」
「ん、まぁね。」
彼女は俺の記憶にある頃よりかわいく、女らしくなっていた。
「そういえば、楓は四月から高校生だろ?何高校行くんだ?」
「え~と…私立水明高校だけど。」
なんと、俺の通っている高校ではないか。
「なら、楓は俺の後輩になるな。」
「え?守君って水明だったんだ。じゃあ、これからは、水崎先輩って呼ばなきゃだね!」
「やめてくれよ…堅苦しいの嫌いなんだ。」
「知ってるよ、もちろん。」
成長した分、意地の悪さを身に着けてしまったみたいだ。
「そろそろ、行かないと。次のイベントクエストに参加するためのパーティーが一人足りないのをどうにかしなくちゃいけないんだ。」
時刻は一時五十分ほどになっていた。そろそろ行かないと三笠との約束に間に合わなくなる。
「パーティーメンバーが一人足りないの?なら、私がなってあげるよ。条件付きで。」
「本当に?」
さすがの俺も、楓みたいな美少女が空いているとは思わなかった。
「条件付きでって言ったでしょ?私とデュエルして、勝ったらパーティーに入ってあげる。」
そう言うと、彼女は俺に背を向け数歩歩き、振り向きざまにナイフを抜いて俺に突き付けるなりこう言った。
「さぁ、勝負しようよ!先輩!」
目を奪われるほど、かわいく、いじわるな笑顔と共に。
しまった!物語が進まなかった…うん…
小説書くのは初めてです。とりあえず、よろしくお願いします。