星は過去からの光
tmさまの星企画に参加させていただきました。
新参者ですが、どうぞよろしくお願いします。
星の綺麗な真夏の夜の怪談?幽霊・死にネタ含みますので苦手な方はご注意くださいませ。
春はあけぼので、夏は夜だったっけか。
確かに夏の夜は悪くないな。
川の湿度を含んだ夜風に吹かれながら、むかーし習ったおぼろげな記憶をたどる。
ふわり、ふわりと舞う光は蛍だ。
時期が遅いからほんの僅かだけど、もっと早い時期ならそこらじゅうを舞うのが見られたはずだと、昔見た光景を思い出す。
「あ、流れ星……」
昔見た光景に足りない光を補うように、空にも光が舞う。
そっか。流星群の季節だっけ。
これも見たよな。自由研究だと言い張って、近所の子供たちと集まって庭に出した縁台に転がって。
この日ばかりは夜更かししても大人たちに怒られないからと、花火にスイカに夏を満喫しながら、流れていく星を追いかけるように必死に願い事を叫んで。いつも一緒の幼馴染とどちらが多く流れ星を見つけられるか競争して。
昔を懐かしんでくすりと笑って、幾分温くなったビールを口にする。
久々に進学以来ろくに帰っていない田舎に気まぐれで帰ってみたら、他に娯楽がないからとビール片手に夜空を見上げれば、いくつも流れ星に出会えてなかなか幸先がいい。
また流れ星を見つけたら何を願おうかと考えて、特に願い事のないことに苦笑する。
嘆いても仕方ないことは諦めて、欲しいものは自力で何とかしているうちに、可愛げのない女と呼ばれて「理沙は俺がいなくて生きていけるけど、こいつは俺がないと生きていけないから」と彼氏には別の人と、まあいわゆる出来ちゃった結婚、ん?今は授かり婚とかいうんだっけ?をされて逃げられて。
仕事は楽しいしな。
子供は好きだし、幼稚園の先生は子供の頃からの夢だった。
日々子供たちと過ごすのは可愛いだけでは終わらないけれど、それでもやりがいはあるし、悩みといえばせいぜい幼稚園の行事でやったお芝居の王子様役がはまり過ぎて、子供たちばかりでなくお母さん方にまで王子様と呼ばれるくらいで。
それもまあ、喜んでもらえるのならまあいいかで、今年も王子様役に既に決定している。ますます王子様呼びは不動の地位となりそうだけど、まあ大きな悩みじゃないし。それほど嫌じゃない。
そもそも175cmというこの身長と割と中性的な顔のせいで、高校短大と幼馴染たち以外の人たちがたくさんいる世界に行くと、結構女の子にはもてていたから慣れているといえば慣れているし。
別に今更、星に彼氏に戻ってきて欲しいと願うつもりもないしなぁ。
向こうから好きだと言ってきたとはいえ、私も顔が好みだからつい頷いたんだしな。
そう思うと何が何でも帰ってきて欲しいわけじゃない。
ああ、やっぱり初恋は引きずるね。
好みの基準がどうしてもそこになってしまう。
恋なんて自覚するずっと以前から一緒にいた、そう兄弟みたいなものだから、もう刷り込みレベルなんだろう。出会いは一歳にも満たない頃なのだから。
思えばいつもどこか似た人を選んでしまっている。
じゃあ、他に願いたいこと。うーん。コンプレックスの高すぎる身長も今更縮んでもなぁ。
みんなびっくりするだろうし、そもそも今まで苦労して買い集めてきた私に似合う服がすべて着られなくなってしまう。それは非常にもったいない。他の人にあげるといっても着られる人のほうが少ないしさ。
「あ。ない」
持ち上げたビール缶の軽さを少し残念に思いながらまた空を見上げる。
一つ、二つ、流れていく星。
星を見ながらぼんやり思ったのは、さっき思い浮かべた初恋の人のこと。
一緒に空を見上げて星を数えたあいつのこと。
私の隣にはいつもあいつがいた。
小さな田舎の学校だから、近所の同級生はあいつだけで。生まれたときからいつも一緒。
だから周りからもセットのように扱われて、当たり前のように傍にいて一緒に育ってきたのに。
でも、今はいない。
事故だった。ひどい状態だからと最後のお別れもさせてもらえず、ただ蓋のされた棺を見送るだけだった。
傍にいるのが当たり前で、それがどれだけ恵まれたことか気付けなかった。
気がつけば好きになっていて、毎日一緒に誰よりも近くにいられるの嬉しくて、当たり前のように今日の次に明日があるのだと思っていた。将来、進学や就職で離れることはあっても、それはずっと先のことで明日もあさってもずっと一緒にいられるのだと思っていた。
突然梯子を外されたように、繋がらなかった明日。
気持ちを告げることなく強制的に終わった恋だからだろうか?
他の誰かが隣にいてくれても、隣の空白は埋まらなかった。
逢いたい、新に逢いたい――
でも、それこそ星にでも願わないと叶うはずのない願い。
一度堰を切ったら、零れ出す思い。
何度も何度も願った。
逢いたい、と。
ねえ、ずっと足りないまま埋まらない隙間を抱えてるのはしんどいよ。
からん……
さっき空になったビール缶が風に吹かれて転がっていく。
故郷の環境破壊をするのは忍びない。慌てて拾おうと立ち上がると、目の前に人がいてぎょっとする。
人の気配なんてなかったのに。
それが誰かに気付いて、私はすんでのところで上げかけた悲鳴を飲み込む。
そう、私はその顔を知っているわけで。
でもここにいるはずのない人で。
「もしかして、新?」
「薄情者ー、もう忘れられたかと思ったぜ。久しぶりだな、理沙」
十年前と全く同じ、記憶のままの姿。
私はもう27歳になった。
でも目の前の新は最後に逢った時と同じ17歳のまま。
だって、そんなはずはない。
それを認めたくなくて逃げるように遠くの学校に進学して、ほとんどここへ帰って来なかったのに。
新がここにいるはずがない。
でも間違いなく、目の前にいるのは新だと私の全てが告げている。
夢でも星の叶えてくれた幻でもいい。
逢いたくてずっと忘れられなかった人に、逢えたのならそれでいい。
嬉しくてその体に飛びつこうとしたら、私の両の手は虚しく空を切るだけ。
ちょっと困ったように笑う新。
お互いなんて声を掛けていいのか分からなくて、ただ近くで見詰め合うだけ。
からん……からん……
拾い損なった空き缶が音を立てて転がっていくのを、ぼんやりとどこか遠くの出来事のように聞いていた。
そう、私が星の降る夜に出会ったのは、幽霊――
真夏の夜の怪談なんて出来すぎているよ。
「本物?」
なんと聞けばいいのかわからなくて、自分自身でもピントのずれていると思う問い。
「ん? どっちの意味? 俺はちゃんと本物の鳥居新だし、ちゃんと本物の真夏の怪談・ぴちぴちフレッシュな男子高校生幽霊だぜ? ああ、やっと逢えたな。この薄情者。ちっとも俺のこと呼んでくれないし。理沙は霊感ゼロだから、流れ星に願ってくれたおかげでやっと話ができるようになったぜ。いやー、よかったよかった」
相変わらずのノリ。まるで昨日の続きのように時間が巻き戻る。
それが懐かしくて嬉しくて、思わず零れ落ちる涙。
「馬鹿、いるんならもっと早くに逢いに来てよ!」
馬鹿と罵られても、新は嬉しそうに笑って。
「俺、逢いに行ったんだぜ。理沙、なかなかこっちには帰ってきてくれないから、俺寂しかったんだぜ。でも帰省したときは必ず逢いに行ったのに、お前ぜんぜん気付いてくれなかっただろう?」
「証拠は?」
「ふふん。あるぜ。お前、二十歳のときに、乳、一カップ上がったの知ってるぜ。まあ、ささやかなのは変わらないけどな。いくらギミックつきを着けてもその程度とは気の毒に……背はぐんぐん伸びたのに、乳はそこから成長打ち止めか――おわぁぁ!」
ぶんっ。
思いっきりスイングした腕がやっぱり空を切る。
「あぶねーーー、俺、今、初めて生身じゃないことに感謝した! 理沙の黄金の右は魂すら砕きそうで怖い!!」
魂……そう、魂だけの存在なんだ。
行き場のなくなった振り上げた腕を力なく下ろす。
昔と変わらず騒がしいのに。
十年逢ってなくても、昨日の続きのようにいられるのに。
触れさえしなければ、こんなにも新なのに。
「本当に、新なんだね」
「ああ」
「ねえ、成仏できなかったの? 何か未練とかあったの? そりゃ、あるよね。いきなりだったんだもん」
「未練、か。――なあ、理沙。俺に未練があるって言ったら何とかしてくれるのか?」
「そりゃもちろん。大事な幼馴染だもん。私に出来ることならなんでもする」
「幼馴染、か」
「うん。大事な」
「ああ、俺も理沙が大事だな。……あ、やっぱり俺から触るのも無理か」
伸ばされた白い指先が私の髪に触れようとして触れられなくて、ぎゅっとそのまま髪を掴むように握り拳を作る。
でも掴むことができないから全く痛くなくて、そのことが私の心を痛くする。
「髪、伸びたな」
「ああ、うん。ずぼらと女心の絶妙なバランス?」
「なんだそりゃ」
昔は短かった。新と一緒に走り回っていたから。
性別なんて関係なく一番近くに居たかった。だからずっと男の子みたいな格好をしていた。
よく見えるようにバレッタを外して、髪をおろす。
「都会の美容院に行くの苦手でさ。あのおしゃれ空間はどうしていいのか居た堪れない。髪はある程度長い方が美容院行く回数少なくて済むもん。長い方が色々ごまかしが効くから」
「オトコの夢を砕くなよー」
「私が幼馴染で今更オンナに夢なんて抱けないでしょう?」
「そうでもないぞ、俺、理沙が幼馴染でよかったと思ってるぞ」
思いがけず真面目な顔にどきりとする。
そう、この顔が好きだった。
ふざけた軽口ばかり叩くかと思えば、思いがけず直球ストレートが飛んでくる。
「今更だけどさ、俺、幽霊なのに怖くないのか? 普通にしゃべっているけどさ、もう死んでるんだぜ? お前に取り憑いて仲間にされるかもとか思わないのか?」
「んー。おどろおどろしいのは怖いと思うけど、新はただそこにいるだけでしょう? 別に何も悪いことしないじゃん。ほら、あの星の光だって何万年もの昔の光なんでしょう? だからといって気持ち悪いなんていう人いないじゃん。それに人は得体の知れないものは怖いけど、新のこと知りすぎるくらい知ってるから別に怖くないし。カキ氷はイチゴ派、祭りに綿菓子はマストアイテム。紅茶よりコーヒー派、砂糖二杯とミルクをたっぷりいれなきゃ気が済まないのに、なぜか最初からカフェオレは頼まないはた迷惑なヤツ。巨乳派だけど実は足の綺麗な人に目がない。エロ本の隠し場は……」
「うわーーーー、やめろーーーー、やめてください理沙お嬢様、なんでも吐きます、だから後生だからそれだけは勘弁。未だにひっそりと実家の某所に眠らせ続けてやってくださいーーーー」
幽霊に拝まれてしまった私はどうすればいいのでしょう?
ううむ。
「じゃあ、成仏できないわけを教えて。私がたまたま運よく星に願わなかったら、いつまでも成仏できなくて自縛霊とか浮遊霊とか悪霊になっちゃったかもしれないんだよ。今、私がいるうちにちゃんと成仏しよう」
じっと新の目を見る。
理沙のその目には敵わないなと新が苦笑する。
「実はさ、幽霊にも試験があるって知ってるか? いやー、某妖怪アニメのテーマソングじゃ無いって言ってるんだけどさ」
「なにそれ?」
「いや、幽霊って人、驚かせてなんぼなんだよ。だから俺、人を驚かさなきゃいけないんだけどさ、そのノルマが果たせなくて。ほら、俺って心優しいだろ? 幼い子供を怖がらせるのは心が痛む。かといってジジババを驚かせるとそのままぽっくりなんてなりそうで心が痛む。なーんてやってたら、人のいないこの田舎だ。あっという間に十年経ってしまっただけさ。まあ、気楽な幽霊暮らしも悪くないぞ」
おどけて笑うその言葉はどこまで真実だろうか?
でもそれならば簡単だ。
「じゃあ、私を驚かせばいいよ! 私なら大丈夫。子供でもお年寄りでもないから新の心も痛まない! 好きなだけ驚かせばいいよ」
思わず力いっぱい叫んだ言葉は、静かな田舎の夜に響き渡る。
川原で鳴く虫の声もかえるの大合唱も一瞬静まる。
私の声だけが響く。
「本当に、理沙には敵わないな……」
体を二つに折って笑い始める新。
私はいたって真面目に言ったのに、やはり冗談だったのだろうか?
ふい、と新に背を向けると「理沙」と呼ぶ声。
そのまま振り向かずにいると、私の後ろに立ち、前に腕を回される。
「好きだ。俺はそんな理沙が大好きだ」
傍にいるけれど触れられない体。
包み込むように触れられない両腕が私を抱きしめる。
「好きだ」
耳元で繰り返される声。
「私も新が好き」
繰り返される声に、思わず反射的に答えてしまった。
恥ずかしくて視線を落とすと、目に入るのは触れられないけれど抱きしめてくれる両腕。
お腹の上にある閉じ込めるように重ねられた両手に、そっと私の手を重ねる。
「驚いた――」
「ああ、俺も」
呟きに返って来る声は心底驚いていて、そこではたと気付く。
「あ、もしかして、これでノルマ果たせた?」
これが驚かせるための作戦だとものすごく嫌だ。
ついうっかり流されて好きだと自白してしまったことが恥ずかしくなる。
「どうだろう? じゃあ、もっと驚かせてやろうか? 俺、三歳の頃にはもう理沙のこと好きだった。理沙以外のヤツなんて目にも入ってなかった。ある日突然明日が来ないなんて思いもしなかったから、好きだと言えなかったことを一番後悔した。理沙がいつかきっと他の誰かのものになってしまうことがものすごく悲しかった。でも理沙がずっと泣いていることも不幸になってしまうのも堪らなく嫌だった。理沙は?」
ふと浮かんだ疑惑なんて打ち砕くように、甘い言葉が降ってくる。
「そんなの覚えてないよ。気がついたら好きだったんだもん。私も言えなくてずっと後悔した」
「ちぇー、なんだ、両想いだったのか。もったいなかったな。でも俺、成仏してなくてよかった。おかげで理沙に言えたし、理沙にも好きって言ってもらった」
「あ、流れ星」
「本当だ、大きいな」
空を流れるのは尾を引く流れ星。
「まるで星みたいだね。遅れてもちゃんと光が届いた」
「ああ、そうだな」
流れ星のようにきらきら光って、ひとつ、ふたつと甘い言葉が降ってくる。
それは鮮やかに私の中に軌跡を残す。
触れられない腕がずっと私を閉じ込めたままだ。
ほぼ同じ身長だからだろうか、腕も包み込まれる感覚も耳に届く声もとても近くに感じる。
触れられないけれど暖かい。
ずっと足りなかった隙間を埋める光を手に入れたからだろうか?
長い時間その場に立ち尽くしたまま、私達は話した。
空の端が闇の色を薄め、うっすらと朱を纏い始める。
「そろそろ時間、かな」
「もう?」
「もうって、俺、もう十年もここにいただろう? だからもう行かなきゃな。でも、絶対逢いに来る。約束する」
「うーん、新、遅刻常習だからなぁ。虫取りの約束したときも三回に二回は寝坊して来なかった」
「信じてくれよ。大丈夫だって約束する。そうだ、星に誓う。大昔の光を忘れずに届けてくれる律儀なやつなんだから、誓うのにぴったりだろ?」
「早く帰ってきてね。絶対、見つけるから」
「お。幼稚園の先生と園児の恋か。うん、禁断でいいよな。新しいね! これからのブームになるね、きっと★ 新くんにぴったりだよね、これ」
「馬鹿、早く行っちゃって!」
「好きだ。俺、絶対生まれ変わって理沙を見つけるからな」
夏の夜明けは早い。
色を淡くしていく空と共に、新の輪郭が薄れていく。
「さっきの本当だからな!」
その言葉を最後に、新の姿は掻き消える。
あとは何事もなかったかのように。
誰もいない虫とかえるの声しかしない川原に戻る。
けれど、星の光がずっとずっと長い時を掛けて届いたように、ずっと言えなかった言葉を新に届けることが出来た。
新からも届かなかったはずの言葉を届けてもらえた。
だから、その姿は見えなくても、私の心には光が残る。
そう、新しい約束だってしたしね。
耳にこだまするのは、新が叫んだ言葉。
『さっきの本当だからな!』
繰り返す言葉が心に暖かい光を灯す。
ところでさ、ねえ、さっきってどれのこと?
好きと言った言葉?
絶対生まれ変わってくるといった言葉?
それとも私を見つけるといった言葉?
はたまた幼稚園児と幼稚園の先生の恋がブームになる?
私は流れ星に願うことを見つけた。
新の言うさっきに当たるのがどの言葉なのかわからないけれど、その答えを聞くためにも過去からの光に再び会える日が来るように。
流れる星を見つけたら願おう。
新にまた出逢えるように。
私は夜空を見上げるたびにきっと探すのだろう。
昔の光を忘れずに届けてくれる律儀な星たちを、新たに見つけた願いを叶えてくれる流れる星を。