斑鳩の選択
「何なんだろうな、あいつは……」
新撰組屯所、西本巌寺の屋根上に寝転がりながら、斑鳩は夜空の月をぼんやりと眺めていた。
思い出すのは、強い瞳をした女性の顔。
土方歳三。
新撰組副長。
天牙の民の中心的存在。
そして、斑鳩の同胞。
妹の親友。
「何だかなぁ……」
監視下に置くと言いながらも、こうして自由に行動させているあたり、どうにも変な甘さを残した女だった。
斑鳩にとっては訳のわからないことばかりだ。
天牙の民。
異端児。
芹沢鴨。
芹沢鶫。
そして、芹沢斑鳩。
深い森と、木造りの家と道場。
隙間を流れるような細い川と、名前ではなく認識名で呼ばれる同世代くらいの仲間たち。
陰鬱な顔をした大人たち。
そして紅牙という認識名。
それが、今まであった斑鳩の全てだった。
物心ついた頃からそこで育って、戦って、生きてきた。
その生活に疑問も不満も抱かなかった。
戦闘訓練は厳しかったし、人を殺すのはしんどかった。
だけど人を殺せないなら殺せるように魔法をかけてもらえたし、出来損ない呼ばわりもされなかった。
褒めてもらえたこともあるし、頼りにされたこともある。
あそこは確かに、自分の居場所だった。
自分がいてもいい場所だった。
帰るべき場所だった。
それなのに……
『お前は私の捕虜だと言っているんだ』
『お前を私の監視下に置く』
「……言葉はかなり物騒だけど、あれてつまり」
傍にいてほしいという意味だ。
傍に置いて、守りたい。
それがたとえ、自分だけに向けられた感情でなくとも。
妹との約束があるからこその言葉だとしても。
「ああ、そうか……」
星空を見上げて、笑う。
「俺は、うれしかったのか」
許されるのではなく、求められることが。
守るのではなく、守ってもらえることが。
ここに居て欲しいと言われたことが。
生まれて初めて、誰かに求められたことが。
たまらなく、うれしかったのだ。
「斑鳩……か」
認識名ではなく、個人としての名前。
「…………」
知らず、斑鳩は笑っていた。
胸の内がぽかぽかとした気持ちになって、ふわふわと体が軽くなって、そんなはずがないのに今なら空だって飛べそうな気がした。
「土方歳三……か……」
しばらくは彼女についているのもいいかもしれない。
どうせ組織は自分がいなくても問題なく活動するのだろうし。
屋根上でご機嫌に笑いながら斑鳩は、
「もう一度、あの尻尾に触れたいなぁ」
死亡フラグが立つようなセリフを口にしていた。