新たなる旅立ち
斑鳩と龍馬の戦いは、それなりに拮抗していた。
刀と刀がぶつかり合い、時には拳や蹴りが飛び交い、二十分はお互いに止まることなく戦い続けている。
「くっ! 強くなったにゃあ!」
「当然だ! 軌兵隊を出てからそれなりに修羅場を潜ったからな! 特に総司との訓練はマジで死ぬかと思った! これで強くなってなきゃ神経のすり減らし損だ!」
総司、一、左之助、そして歳三。
新撰組に身を置くようになってから、彼女たちと戦うようにもなった。
色んな戦法を学んでいくうちに、斑鳩もかなり戦術の幅が広がったし、動きも多彩になった。
ただ義務として訓練し続けていた軌兵隊の頃とは、密度がまるで違うのだ。
彼女たちとの戦いは、斑鳩の実力を跳ね上げるのに一役も二役も買っているのだった。
「しかしそれに付いて来れられている親父もすげえ! 俺みたいに天牙の力を使ってるわけじゃないのに、どうしてそこまで強いんだ!?」
龍馬の刀を受けとめながら、斑鳩が問いかける。
「はっ! そりゃあ若い頃は天才剣士っちゅうてもてはやされちょったからにゃあ! まだまだ若いもんにゃあ負けられん!」
「天才、ね! 確かに人間の力だけでこの力量なら、間違いなく天才なんだろう、よ!」
龍馬の刀を両手の短刀で挟み込み、その動きを封じる。
その上で刃を滑らせて腕を切り裂こうとしたのだが、
「甘い!」
龍馬はあっさりと刀を手放して、斑鳩の顎に掌底を決めようとする。
「っと!」
上体を反らして避けるが、そのまま姿勢を崩してしまう。
そこを空中で刀を握り直した龍馬が横薙ぎに斬りつける。
腹の皮一枚斬りつけて戦闘力を低下させるつもりだったが、それが失敗だった。
「っ!」
腹の皮一枚を斬りつけられて血を流した斑鳩の速度がいきなり跳ね上がる。
「しまったっ!」
脇腹へと流れ付着した血液は、一瞬で斑鳩の核石の力を解放した。
「終わりだっ!」
耳と尻尾を生やした斑鳩が、血を流しながら龍馬へと斬りかかる。
短刀の向きを刃から峰に切り替えて、力ずくで龍馬の身体ごと叩き飛ばした。
「がはっ!」
刀で受けとめた龍馬だが、圧倒的な膂力により、受けとめた刀ごとへし折られ、そして激しい衝撃が胴体に襲いかかる。
肋骨が折れる音を聴きながら、龍馬は地面に倒れた。
「………………」
「………………」
斑鳩は龍馬を見下ろしてから、
「俺の、勝ちだ……」
と言った。
「ああ。ワシの、負けぜよ」
龍馬も血を吐きながら静かに応えた。
「あ~。疲れた! 親父まじで強えなぁ」
斑鳩もその場にへたり込んで傷の手当てを開始する。腹の皮一枚なので袖を破いてそのまま巻きつける程度だ。放っておけば血も止まる。
「斑鳩さん!」
そのタイミングで茂みに隠れていた烝が出てくる。
「おう、烝か。大丈夫、勝ったぞ!」
「大丈夫じゃないですよ! 血が出てるじゃないですかぁ!」
烝が斑鳩に駆け寄ろうとして、やっぱり恥ずかしくなって二メートルほど離れた位置で止まる。怪我が大したことないと分かって安心したのもあるらしい。
「それよりも頼んだことは調べてくれたか?」
「……そりゃ調べましたけど、もう意味がないです」
「?」
「山南さんは、その……トシさまが……」
烝が言いにくそうにしているのを見て、
「……そっか。トシが楽にしてやったのか」
「………………」
敬助が本当に望んでいる破滅をなんとなく察していた斑鳩は、少しだけ悲しそうに笑った。
トシの手にかかったのなら、そこまで悪い終わりではなかったはずだ。
と、身勝手なことを考えながら。
「……それで、トシはどうしたんだ? この状況だし、みんなと避難してるのか?」
「あの……トシさまは……その……」
烝がさらに言いにくそうに茂みの方へと視線を移す。
「ん?」
斑鳩が茂みの方へ向いた瞬間、がさっと音がした。
「……まさか、そこにいるのか?」
「ええと……えっとですね……」
烝が煮え切らない物言いのまま、おろおろと斑鳩と茂みの方を交互に見る。
「トシ?」
茂みからは何の反応もない。
「………………」
どうやら居ることは確からしいのだが、出てくるつもりはないらしい。
「………………」
斑鳩は立ち上がって茂みの方へと向かう。
「っ!」
茂みががさっと音を立てて、歳三がそのまま逃げだそうとしたところを、
「ふぎゃっ!?」
斑鳩が尻尾を掴んで引っ張った。
「………………」
「………………」
かなりの巨体になっているので尻尾までは隠しきれなかったらしい。
斑鳩は巨大な狼になってしまった歳三を見て、目をしばたかせる。
「……トシ?」
「………………」
斑鳩の呼びかけにも、歳三は無言だ。
狼の姿になってしまったこと、二度と元には戻れないこと。
斑鳩に黙ったまま、斑鳩に気持ちを伝えないままこんなことになってしまったのが、かなり後ろめたいらしい。
「トシ……だよな……?」
「………………」
沈黙。
「む」
歳三の反応にむっとした斑鳩は、掴んだままの尻尾をなでまわした。
「っ!?」
なでなでぎゅむもこもこ……!
「~~~~~~っ!!!」
つい~~~~、と指を優しく這わせた時点で、
「あうっ!」
と、声を漏らしてしまう。
「おお、やっぱりトシだ!」
満足そうに尻尾を撫で回す斑鳩に、
「いい加減にしろ――っ!」
歳三の方がキレた。
「ぐはっ!?」
そのまま後ろ足で斑鳩を蹴飛ばして、前足で仰向けに倒されたままの斑鳩を踏みつける。
体重を乗せれば間違いなく圧死させられるだろう。
「ちょ…! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! それマジで死ぬからっ!」
前足を乗せられたまま身体をばたつかせる斑鳩。
「わわわわ! トシさまその辺りにしておかないと本当に斑鳩さんが死んじゃいますよぉぉ!」
体格差も考慮せずにキレてしまった歳三を必死で宥める烝。
「……なんともまあ、非常事態じゃというのに微笑ましい光景じゃにゃあ」
そんな三人を呆れたような、愛おしそうな目で眺める龍馬。
「ふん。馬鹿どもが。さっさと逃げんと冗談抜きで死ぬぞ」
いつの間にか龍馬の横には晋作がたっていた。
金髪赤目の可愛らしい少年。
いつものちゃんちゃんこではなく、少年らしい服装をしている。
「晋作」
「随分と手ひどくやられたもんじゃな、龍馬」
呆れたような晋作の言葉にも、龍馬は肩を竦めるだけだった。
「ああ。強くなったぜよ、斑鳩は」
斑鳩を連れて行くことに失敗したにもかかわらず、龍馬は満足そうに笑う。
それはきっと、愛する息子の幸せが、目線の先にあると分かったからだろう。
息子を幸せにしてくれるはずの女が、今まさに息子を殺しかけている光景なのだが、そこは細かい突っ込みをするとキリがないのでスルー。
……まあ、アレはアレで幸せそうだし、と無理矢理納得。……ある意味自業自得でもある。
「納得したか?」
「ああ。納得した」
「では、そろそろ支度をしろ。ここを安定させておくのもいい加減限界じゃ」
「すまんかった」
龍馬は素直に謝る。
龍馬と斑鳩の戦いの為に、晋作の力でこの領域を安定させていたのだ。晋作がいなければこの場所もとっくに他と同じように地割れや歪みの力に浸食されて、戦いどころではなかっただろう。
龍馬はなんとか立ち上がって、上空に浮かぶ箱庭を眺める。
斑鳩を連れて行きたかった、新しい世界。
しかし、それを望んでいるのは、そこで待っているのはもう、龍馬だけではないのだから。
「お前には責任がある。斑鳩を連れて行けなくとも、お前を信じて付いてきた子供達を導く責任が、な」
「分かっちゅう。それを放棄するつもりはないぜよ」
龍馬はどこか清々しい笑みを浮かべながら、
「斑鳩!」
と、叫んだ。
「え?」
歳三に踏まれながら龍馬の方を向く斑鳩。
……いい加減、許してやって欲しいなあと龍馬が呆れながらもそのまま話を続ける。
「ワシらはもう旅立つ。斑鳩はそこで生きる。じゃから、これでお別れじゃ」
「あ……うん……」
歳三が斑鳩の上から足をどけて、きちんと二人が向き合えるようにする。
「土方さん」
「?」
いきなり声をかけられて、歳三がきょとんとなる。
「結局、その姿になったんだなぁ」
「……仲間を逃がすには、他に方法がなかったからな」
「二度とは戻れん。それが分かっていても、おんしはまったく躊躇わんかったんじゃろうにゃあ」
「………………」
責めるようなその言葉に、歳三が俯く。
「その姿では、もう二度と人の中では暮らせん」
「分かっている」
「一緒に来んか?」
「…………………」
「ワシらなら、その姿のおんしを受け入れられる」
この世界に居場所はなくとも、新しい世界ならば歳三の居場所はある。
人の中で生きられなくなった歳三には、それが一番いい選択肢なのかもしれない。
だが、それでも歳三は首を横に振った。
「必ず戻ると、約束したんだ」
勇と、仲間と、約束をした。
自分から約束を破ることは、出来ない。
「私はここで、みんなと一緒に生きていきたい」
それがどれほど難しいことなのか理解してなお、歳三は言う。
「……そうか。なら、仕方ないな」
龍馬もそれ以上は言わなかった。
言葉で説得できる相手ではないことを、既に知っているから。
「ならば北へ向かえ」
晋作が言う。
「北へ……?」
「東北の海を越えた先に、広大な土地がある。そこはまだ人の手が入っていない未開の地じゃが、お主らは元々自然と共に生きる民じゃろう? 空気は合うはずじゃ。自然の獣も多く生息しておるし、その姿でも問題なく生きられるじゃろう。少なくとも、お主らの寿命が尽きる間くらいなら、人間の手も入らぬだろうよ。あそこは人間が手を入れるには少々自然の力が強すぎるからな」
「……どうして、それを私に教える?」
歳三は晋作に問いかける。
彼の真意を知るために。
「深い理由はない。ただ、斑鳩は儂にとってもそれなりに思い入れのある子供じゃからな。ここに残るというのなら、多少の協力はしてやろうという気分になっただけじゃ。単なる気まぐれと思ってくれてよい」
本当は自らと起源を同じくする天牙の民にも多少の思い入れはあったが、それは言わずにおいた。
「ありがとう。北へ向かうことにする」
「急いだ方がいい。崩壊は最終段階に入っておる。この響都はまもなく壊滅するじゃろう。巻き込まれる前にその身体を使って最速で離れろ」
「……そうしよう。烝、斑鳩。背中に乗れ」
「は、はい!」
「い、いいのか?」
烝は二度目なので慣れたものだが、斑鳩はちょっと戸惑い気味だ。
しかし烝が遠慮なく飛び乗るのを見て、斑鳩も乗った。
「斑鳩」
歳三の背中に飛び乗った斑鳩に晋作が声をかける。
「?」
斑鳩は歳三の背中から晋作を見下ろす。
「儂が以前やった紫水晶は持っておるか?」
「ああ。首にかけてる」
斑鳩は首飾りにしていた紫水晶を晋作に見せる。
結局、どんな魔法がかかっているのか分からないままだ。
「よし。そのままじっとしていろ」
晋作は指先に術式を展開させて、そのまま斑鳩の紫水晶へと撃ち込む。
「わっ!」
紫水晶は一瞬だけ光って、術式を吸収してしまう。
「防御魔法を撃ち込んでおいた。そいつに魔力を籠めながら移動すれば、命くらいは助かるじゃろう」
晋作は肩を竦めながら言った。
「地割れや落盤程度ならお主らの身体能力でなんとかなるじゃろうが、外側から流れてくる世界の圧力だけはどうにもならんからな。精々、そいつで身を守れ」
「……魔力を籠めるだけでいいのか?」
「ああ。それだけでいい。元々は自動蘇生魔法をかけておったんじゃが、今はこっちの方が役立ちそうじゃからな」
「……そんな魔法がかかってたのか」
どうやら色々と心配されていたらしい。
以前敬助に刺されたときに僅かに石が熱を持ったように感じたのは、どうやらその所為らしい。
「……あんたはどうするんだ? 晋作さん。新しい世界で、龍馬さん達と一緒に生きるのか?」
なんとなく気になって質問する。
「……箱庭が安定するまでなら面倒をみてやるさ。元々儂が作り上げた世界じゃからな。その程度の責任は負う。じゃがそれが終わったら、儂はまた旅立つ」
「また……?」
「次元世界には無数の可能性がある。折角異端の身体で生まれたのじゃから、その強靱さを利用してあらゆることを試してみたいんじゃよ。さしあたっては『次元の旅人』にでもなってみるつもりじゃ」
「……それはまた、壮大な計画だな」
世界の外側を渡り歩く存在。
次元の旅人。
確かにこの人ならなれるかもしれない、と斑鳩は呆れつつも確信する。
「じゃあ、そろそろ行くよ。親父も晋作さんも元気でな」
「ワシらのことは心配するな」
龍馬もこれ以上は何も言わずに、軽く手を振った。
「うむ。元気でやるがよい」
晋作も新しい呪符を取り出して、発動させる。
二人の姿がその場から消えた。
恐らく、箱庭へと転移したのだろう。
「では私たちも行くぞ。斑鳩は防御魔法に集中、烝は振り落とされないように掴まっていろ」
「おう!」
「はい!」
崩壊を続ける響都の街を、巨大な狼が駆けていく。
北へ、北へと、新天地を目指して駆けていく。
三人の表情は、少しの寂しさを残しつつも、やはり明るかった。




