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遠き炎

 塵となって消えていく敬助の残骸を最後まで見届けてから、歳三は容保へと向き合う。


「……待たせたか?」


「構わん。仲間殺しで苦悩に歪むお前を見るのも、なかなか面白かったからな」


「相変わらず悪趣味だな」


 理の樹を背にして立つ容保に対して、歳三は呆れたように首を振った。


 そんな歳三に対して、容保は挑発的な目線を向ける。


「どうした? 余を殺したいのだろう? 何を躊躇っている?」


「……敬助の言葉が少し気になっている。刻が来るまでお前を殺すな、というのはどういう意味なのか、考えている」


「……そうか。お前はまだ知らないんだったな」


「?」


「響都領主の本当の役割を」


「どういう意味だ?」


 容保は理の樹に寄り掛かりながら歳三を見上げた。


「考えてもみろ。歪門を抱え六刻を据えた響都の地を治める人間が、本当にただ領主の役割を果たすために存在すると思うか? 裏の役割があるとは、思わないのか?」


「………………」


 考えてみれば、確かにその通りだった。


 裏の役割。


 恐らくは、この理の樹と関係している。


「この理の樹が六刻の要になっていることは知っているな?」


「……ああ」


「ならば理の樹の封印を支えるものはなんだと思う?」


「………………」


 まさか、と歳三は嫌な考えに思い至る。


「……この身体。松平の血筋。血液、命。全てだ」


「………………」


「人柱に近いのかもしれないな。松平の血筋は代々、理の樹の鍵として機能してきた。現在の鍵は余だ。代替わりはしていない。余はまだ跡継ぎがおらぬからな」


「……その状態でお前が死んだら、どうなる?」


「歪門が拡大し、世界がひび割れる。まあそういう事態に備えて他の地にも封印はあるからな。鍵が失われれば自動的に発動することになっている。この響都くらいは壊滅するだろうが、大和の国全土が滅びることはないだろうよ。すでに先ほどの地震で異変の察知くらいはされているだろうからな」


「………………」


「これは山南には言っていないことだが、それでも奴の望みも少しは叶うだろう。少なくともこの響都は壊滅するし、余も死ぬ。天牙の民を直接破滅に導いた人間達は残らず滅びるのだ。そのあたりで妥協して貰おう」


「……死ぬつもりだったのか? ここで」


「死ぬ以外の道は無い。山南は鍵としての余を殺そうとしたし、山南が失敗したところで坂本達が歪門を拡大させるために余を殺しに来るだろう。あやつらに対抗できる戦力など、余は持っていない」


「………………」


「だが、お前が来てくれた」


「………………」


「お前も余を殺すために来たのだろう? 頃合いも悪くない。そろそろ歪門拡大も最終段階だ。理の樹の鍵である余を殺せば、坂本達は箱庭とやらでこの世界を脱出するだろうし、この呪われた都も壊滅する。ここが壊滅すれば、また新たな封印が築かれるだろう。だが、それはもう余の知るところではない」


「………………」


「お前は余を憎んでいるだろう? お前を、天牙の民を、弄び続けたこの松平容保を、誰よりも恨んでいるだろう?」


「その……通りだ……」


「ならば殺すがいい。時間はあまり残されていない。お前が手を下さぬと、坂本達がやってくる」


「逃げようとは、思わないのか?」


「逃げられるとも思わないからな。余とお前の現時点での体格差はどうだ? 余が逃げ出したところでお前は二秒もかけずに余を押さえつけることができるだろう?」


「………………」


 容保は理の樹の前で両手を広げる。


「さあ、殺すがいい。お前の爪で、お前の牙で、余を完膚無きまでに殺すがいい!」


「……それが、お前の望みか」


「そうだ。それが余の望みだ! 他の誰でもない、お前に殺されることこそが余の望みだ!」


「……それがお前の本当の望みだとしたら、私に叶える義理はないんだがな。望まぬ死を迎えさせることこそが、お前に対する腹いせになる」


「………………」


「だが、最後くらいはいいだろう。お前の命、私が背負ってやる」


「っ!」


 歳三は容保へと飛び掛かり、その心臓を爪で抉り潰した。


「かはっ!」


 口から血を吐き、理の樹へと叩きつけられる容保。


「………………」


 容保は残り僅かになった自分の命を振り絞るように、手を伸ばした。


 その手は、歳三の顔に触れている。


 異形の狼と化してしまった歳三の顔を、愛おしそうに撫でる。


「ああ……やっと分かった……。叶わぬ願いになお向き合い続ける遠き炎。その破滅を……余は愛したのだな……」


 以前、斑鳩が言っていたこと。


 本当は、お前も歳三を愛しているのではないかと。


 あの時は鼻で笑ったが。


 最後の最後で容保は理解した。


 自分は、彼女自身を愛したのではなく、彼女の胸に燃える破滅の炎を愛したのだと。


 迷うことなく破滅へと向き合い続ける、愚かしくも強く美しい遠き炎。


 その輝きを、愛おしく思ったのだと。


「……容保。私は、お前の命を背負い、覚えておくことしかできない」


「……十分だ」


 消えない傷として、忘れられない記憶として、土方歳三の中に残るのなら悪くない。


 松平容保はそう思いながら、静かに目を閉じた。



 その瞬間、再び大きな地震が起こった。


「トシさま!」


「烝。ここを離れよう。斑鳩を探して、勇達と合流する」


「はい!」


 ずっと手出しをせずに控えていてくれた烝に感謝しながら、歳三は斑鳩の気配を探る。


 狼の姿になってからは天牙の気配に敏感になっている。


 烝は勿論、遠く離れた斑鳩や、更に遠くへと逃げている勇達の気配まで分かるようになっている。


 人間たちの気配が感じられる訳ではないので、これは核石の力を感じ取っているのだろうと歳三は理解する。


「……まずいな」


 斑鳩の場所を確認して、歳三が気まずそうに唸った。


「トシさま……?」


 烝が首を傾げる。


「烝。東の方角に空間の歪みが見えるか?」


 歳三は首をくいっと動かして東の方角を示す。


「ええと……はい。辛うじてですが見えます。空の色がブレてますよね」


 核石の力を解放して、烝はその変化を認識する。


「あの中心に坂本龍馬達の『箱庭』とやらがある。あそこから世界の外側へと突破するつもりだ」


「……それはもう、放っておいてもいいんじゃ?」


「……その歪みの下に、斑鳩がいる」


「………………」


 歳三は魔力を集中して視力を強化する。


 龍馬と、そして斑鳩が二人で戦っているのが見えた。


「……私は、あの場に行かない方がいいのかもしれない」


「どうしてですか?」


「私があの場に行ったら、手を出してしまいそうだ。今の私が介入すれば、それこそ一瞬で決着がつくだろう。だが、あの二人の戦いにそんな真似はしたくない」


 恐らくあの親子は自分たちの我を通すために戦っている。


 坂本龍馬は芹沢鴨と、亡き妻と、今までの自分の為に。


 そして芹沢斑鳩は……きっと、土方歳三の為に。


「手を出したら、いけない。あれはそういう戦いだ」


「………………」


 しかしのんびりもしていられない。


 鍵である容保を殺してしまった以上、この響都は確実に壊滅する。


 世界の歪みに巻き込まれる前に、せめて少しでも遠くまで逃げなければならない。


 歳三一人だけならどうとでもなるが、まだ烝と斑鳩がいるのだ。


「行きましょう、トシさま!」


「烝?」


「手を出す必要はないです! 行って、斑鳩さんの戦いを見届けましょう! トシさまにはその義務があるはずです!」


「義務、か」


 斑鳩が歳三のために戦っているのなら、確かにそれを見届けるのは歳三の義務なのだろう。


 こんな姿になってしまったけれど、それでもまだ『土方歳三』なのだから。


「………………」


 歳三は僅かに逡巡した後、キッと斑鳩達のいる方を見据えた。


「よし。行く!」


「それでこそトシさまです!」


「烝」


「はい?」


「乗れ」


「………………」


「背中に乗っていった方が速い。だから、乗れ」


 歳三は身体を四つん這いにしゃがませて、烝が乗りやすいようにしてやる。


「あの~……ボク、ちゃんと走れますけど……」


「乗りたくないのか?」


「えーっと、ちょっとは乗ってみたいです……」


「ならば早くしろ。五秒以内に乗らないのなら置いていく」


「わあっ! 乗ります乗ります! だから置いていかないで下さいっ!」


 巨体になってしまった歳三の背に慌てて飛び乗ってから、


「ふわぁ。もこもこですぅ」


「……しっかり毛を掴んでいろ。振り落とされるぞ」


「はい!」


 そうして、歳三と烝は斑鳩たちのもとへと駆け出すのだった。


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