唯一の何か
斑鳩と龍馬が激突を始めた頃、烝は理の樹の近くに身を潜めていた。
山南敬助を調べるためだ。
「……一体、何なのでしょう?」
ここ最近の敬助はずっと松平容保につきっきりなのだ。
確かに新撰組は彼の庇護下にあるし、命令が下れば従わなければならない。
敬助が容保の専任護衛に命じられたというのなら、この状況も理解できる。
だが、何故それが敬助なのか。
表向きの命令以外にも、何か理由があるのだろうか。
斑鳩はそれを探るよう言っていたが、正直何がどうなっているのか、烝にも理解できない。
理の樹の傍には容保がいて、その傍には敬助が控えている。
何故二人がそこにいるのか。
まずはそこから探らなければならない。
「いよいよか。六刻の封印も残すはこの場所のみだな」
容保が感慨深そうに言う。
「そうですね。坂本さん達が間もなく歪門を開くはずです。あなたの仕事はその仕上げ。それまでは御守りいたしましょう」
「……守る、か。逃げ出さぬよう見張っている、の間違いだろう?」
「両方ですよ。刻が満ちるまで、貴方に死なれては困りますから」
「なるほど」
二人の会話は淡々と続く。
「だが、余はお前に殺されたくはないな」
「………………」
「出来ることなら、土方に殺されたいものだ」
「……本当に、大した執着ですね」
「ああ。あの女は本当に面白い。見ていて飽きない。芹沢に伝言を頼んだからな。運が良ければ、軍勢を突破してここまでやって来るだろう」
「………………」
自分から屯所に軍勢をけしかけておいて、それでも歳三がやって来ることを期待している。
歳三を殺す為の手を可能な限り打っておきながら、それでも歳三が目の前にやってくることを切望している。
目の前にいる男が抱えている矛盾に、敬助は口元を歪めた。
「貴方も大概、面白い方だと思いますよ」
「そうか?」
「ええ。ですが彼女が間に合わなかった場合は、私が貴方を殺しますので。その時は諦めて下さい」
「……精々抵抗くらいはさせて貰うとしよう」
「ご自由に。貴方の腕では無駄な足掻きですから」
「……言ってくれる」
二人の会話は続く。
物騒極まりないようで、どこか切ない会話が。
「………………」
どういう事だろう。
烝は首を傾げる。
護衛のためではなく、確実に殺すために、逃がさないためにここにいる?
しかも容保はそれを受け入れている。
自らを殺す存在のことを。
「……出来ればトシさまに殺されたい、か。よく分からないけど、やっぱりそういうものなのかな」
身を潜めながら、考える。
それがどういう種類の感情なのか、烝にも分からない。
ただ、容保にとって歳三は『唯一の何か』なのだろう。
自分が自分であるための、自分がここにいると証明するための、かけがえのない証。
それは、愛情ではないかもしれないけれど。
一つの、執着のかたち。
なのかもしれない。
烝にとっても歳三は大切な存在で、今のところ唯一の憧れでもある。
ただ、斑鳩のことを疎ましいとは思わない。
あの二人がうまくいけばいいとすら思っている。
上手く言えないけれど、あの二人が一緒にいるのは自然なことのような気がするのだ。
斑鳩の傍にいたときの歳三がとても自然体に見えたからかもしれないけれど。
もう一度、あの二人を会わせてあげたい。
会って、話をさせてあげたい。
その為に、何が障害になって、何が標になるのかを見極めなければ。
烝は刻を待つようにして、じっと二人を見張り続ける。
遠くで、再び炎が上がった。




