ただ、力のみが答えを決める
「一体、どうなってるんだ!?」
次々と炎を噴き上げていく響都の街を混乱しながら駆け抜けていく斑鳩。
それは、本当に突然だった。
めまぐるしすぎる状況に、斑鳩自身がついていけない。
まず、地震が起きた。
次に、軍勢が出動した。
何のために動いたのか探ってみると、響都の住人を次々と殺していっている。
一体なぜそんなことをするのか、斑鳩にはまったく理解できない。
響都の住人を殺して回っているのは、響都を守るはずの軍だ。
守護するべき民を、殺して回っている。
まるで一人でも多く殺して、響都の街に一滴でも多くの命と血を捧げようとするかのように。
「みんな、どうかしちまったのか?」
逃げ惑う住人を助ける事も出来ず、ただ状況の把握に努めようとする。
「その通り。どうかしている。もっとも、どうにかさせたのはワシらじゃがな」
「っ!」
背後には、坂本龍馬が立っていた。
「……親父」
「迎えに来た」
「迎え……?」
「六刻はほぼ破壊した。歪みを増大させるために、響都の住人を殺し続けさせちょる。どうやったかは簡単。晋作にそういう類の魔法を使わせただけじゃき。人を狂わせる魔法っちゅうんは、意外と簡単にかけられる。人間っちゅうんはただ生きているだけで破壊衝動を抱えちょるもんじゃき」
「これを……親父たちが……?」
「今更そんな目をされても困る。ワシらはもとよりそういう集団じゃ。殺して、殺して、居場所を作る。今までそうやって生きてきたし、これからはそうせずとも生きていける。そういう世界に旅立つ」
「世界の外側、か」
「その通り。最後の仕上げも、もうすぐ終わる」
「……俺は、行けないよ。俺は、一緒には行けない」
斑鳩は答える。
拒否する。
はっきりと、拒否する。
「知っちょる。斑鳩はきっとそう言うと思っちょった。土方歳三がこの世界にいる限り、斑鳩はこの世界を離れられん。そうじゃろ?」
「そうだよ。分かってるじゃないか」
「じゃが鴨から言われんかったか? その時は力ずくで連れて行くと」
「……言われたけど。鴨じゃなくて相手は親父か?」
「鴨が消えたからな。可愛い娘の意志を継ぐのは、父親としての義務じゃき」
「!」
その言葉に、斑鳩が反応する。
「鴨が、消えた!? 一体どうして!」
「鴨が、天牙の長老衆を皆殺しにした。あの子の復讐は、果たされてしまった。あの子を繋ぎ止めていた負の想念が消えてしまった。屍術は外法。負に属する強い未練こそがその源。それが消えた今、あの子をこの世界に繋ぎ止めることは出来ない」
龍馬は懐から青い宝石を取り出した。
真っ二つに割れたその宝石を、龍馬は痛々しそうに見つめる。
「これは、晋作から預かっちょった屍石。これが割れた時、鴨の術が解けると言われちょった」
「っ!」
「これが割れたのは、ついさっきじゃ」
「鴨……」
「これはワシの勘じゃが、多分、あの子の最後を見届けたのは、土方歳三じゃろうな」
「……だろうな。鴨は、トシの傍で終わりたかったんだと思う」
兄さん、と寂しそうに呼ぶ声を思い出す。
もう二度と、あの声が聞けない。
もう二度と、彼女に会えない。
今度こそ、本当に……
龍馬は割れた石の一つを斑鳩に手渡す。
斑鳩は黙って受け取った。
大切に握りしめてから、懐へと仕舞い込む。
「鴨の願いは知ってるし、できれば叶えてやりたい。だけど、俺にだって譲れないものがある。だから、素直に従う訳にはいかない」
そして二本の短刀を抜いて龍馬と対峙する。
「分かっちゅう。斑鳩がそういう奴じゃっちゅうことも、十分に分かっちゅう。じゃから、結局最後は力ずくになる。どういう結果になっても、お互い恨みっこなしじゃき」
龍馬も刀を抜いた。
「最後に一つ、訊いてもいいか?」
「一つと言わず何個でも訊いてくれ。可愛い息子の質問ならいつでもどこでも大歓迎じゃき」
「……一つでいい。親父は、死んだ母さんと鴨の為にここまでやってきたのか? それとも、居場所をなくした子供たちの為にここまでやってきたのか? 親父の中で一番大きな理由は、どっちなんだ?」
「………………」
龍馬はすぐには答えなかった。
ただ、悲しそうに斑鳩を見て、そして困ったように微笑んだ。
「一番は斑鳩の為じゃっちゅうても、信じてもらえんか?」
「え……?」
「死者は生き返らない。過ぎた過去は戻らない。ワシに遺された未来は、子供たちと、そして斑鳩、お前ひとりじゃ」
「復讐もある。後悔もある。後ろ向きな感情を、負の情念を原動力にして、残された息子の未来の為に動いてきた。もちろんこの我が儘を分かってくれなどと言う気はない。ワシはただ押し付けるだけじゃ。親の我儘を、娘の願いを、妻の無念を」
「………………」
「理解してくれなくてもいい。共感してくれなくてもいい。ただ、力のみが答えを決める」
「力のみが……答えを決める……」
想いを通すのは、願いを叶えるのは、力ある者のみ。
ぶつかり合うしかない願い同士なら、力で押し通すしかない。
そういうことなのだろう。
斑鳩はそっと目を閉じ、父親と向かい合う。
正体を隠した教官としてではなく、初めて真剣勝負として、殺し合いとして、向き合う。
「俺は、トシを守る。あいつの傍にずっといる。それが願いだ」
「ワシは斑鳩を新しい世界へと連れて行く。それが願いじゃ」
「だから」
「戦う!」
そして、二人は激突した。




