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信じているから

「状況は絶望的だ。確実に言えるのは、もう何を守る必要もないということだ。自分たちが生き延びる事だけを考えればいい」


 六刻破壊によって破滅へと導かれる響都の街。


 巻き込まれる人間たちの事も、もう守る必要はない。


 破壊を阻止しようにも、間に合わないし、戦力も足りない。


 人間の隊士は鴨によって皆殺しにされている。


 巡察に出ている隊士も、変わらない末路をたどるだろう。


 新撰組はもう、存在しない。


 そんなものは、とっくに無くなっているのだ。


 だから、自由にすればいい。


 戦うのも、逃げるのも、自由なのだ。


 歳三は今まで一度も口にしたことのないセリフを言った。


「逃げろ。どこでもいい。生き延びろ。守る必要がないのなら、軍勢だって切り抜けられる。だからみんなで逃げるんだ」


 今ここに居る面々。


 近藤勇。


 斉藤一。


 沖田総司。


 原田左之助。


 そして、土方歳三。


 山南敬助は数日前から容保公の護衛任務に呼ばれていて席を外しているし、山崎烝は斑鳩についている。


 今は彼女たちの心配は後回しでいい。


 抜け目のない性格をしているあの二人ならば、単独で逃げることくらいどうとでもなる。


 それに、敬助に対しては疑惑も残る。


「逃げるって言っても、そろそろ包囲網が完成しますし、簡単じゃないですよ。それよりもここを突破する戦術を話し合った方がいいんじゃないですか?」


 左之助が口を出す。


「まあ、総司が戦力にならない以上、ちょっと厳しい展開になるかもしれないけれど」


 そして勇も刀に手をかけながら続ける。


「………………」


 総司の方はようやく放心状態から回復したようだが、それでもショックが抜けないようで沈んだ表情になっている。


「私たちは土方さんに従います。指示をください」


 一が締めくくる。


 歳三はそんなみんなを見て苦笑する。


 こんな状況でも自分を信じてくれている。


 それが嬉しくて、少しだけ、重かった。


 もう少しだけ、弱くありたい。


 こんな時に、弱音を吐ける程度に。


 強がり続けることができる自分を知っているから。


「指示に従う必要はない。退路は私が作る。お前たちは、ただ逃げればいい」


「冗談でしょう!? あの軍勢ですよ! 土方さんひとりでどうにかなるわけないじゃないですか!」


 左之助が間髪入れずに反論する。


今の私・・・ならそうだが、心配するな。ちゃんと奥の手がある」


「奥の手……?」


 嫌な予感がした勇は怪訝そうに歳三を見る。


「時間がない。躊躇っている場合でもない。だから頼む、逃げてくれ」


 歳三は自分の首筋に手を当てて、核石のあたりを掻きむしる。


 血が流れて、核石に付着する。


「いや、力を開放したところで……」


 左之助が続けようとするが、その言葉は飲み込まれる。


 いつもの変化ではない。


 耳が生えて、尻尾が生えて、そして……


「な……!?」


「なに……それ……!?」


 勇と総司が唖然となりながら歳三を見上げる・・・・


 遥か頭上に仰ぐ。


 体長十メートルほどの巨大な狼になった、歳三の姿を。


「私が退路を切り開く。だからみんなで逃げるんだ。……そうだな。ひとまずは北でいいだろう。見たところ北側が一番手薄になっている」


 視界が随分高くなった歳三は軍勢の規模と様相を確認してから言う。


 姿は狼なのに言葉はちゃんと人のものをしゃべっている。


「いやいやいや! 説明になってないぞトシ! その姿はどういうことだ!?」


 勇が歳三に詰め寄る。


 詰め寄るというにはあまりに体格差が大きすぎるが、それでも見上げながら問い詰める。


「だから、奥の手だ。核石を完全解放すればこういう芸当も出来るのだと、ある人物に教えられた」


「じゃあ私もやるぞ! 戦力が大きくなれば突破力も増すはずだ!」


「私も!」


「あたしもやる!」


 勇を皮切りに次々と名乗りを上げる仲間たち。


 そんな勇たちに、狼と化した歳三が悲しそうに首を横に振った。


「それはやめておいた方がいい。この姿を開放すれば、二度と元には戻れなくなる。ここを切り抜けたとしても本当に生きる場所が無くなるぞ」


「なっ!?」


 元に戻れない。


 もう二度と。


 体長十メートルはある異形の狼。


 人間から見れば、化け物以外の何物でもない。


 一度解放してしまえば、一生その姿で過ごさなければならなくなる。


 それが、坂本龍馬から教えられた解放の秘密。


 仲間を守るために自分を犠牲にする。


 結局、最後までこの生き方を変えられなかった。


 そんな自分に心底呆れながらも、それでもこれが私なんだから仕方がないと諦める。


 勇が何を言いたいのか、何を怒りたいのか、十分すぎるほど分かっている。


 だけど、今は言い争っている場合でも、謝っている場合でもない。


「頼むから逃げてくれ。私も必ず後から追いつくから」


「本当だな! 本当に後から追いついてくるんだな! ここで死ぬのも、姿をくらますのも、絶対に許さないからな!」


「……ああ、分かっている」


「言いたいことも、話したいことも、怒りたいことも、山ほどあるんだ。戻ってこなかったら絶対に許さない!」


「……肝に銘じておく」


 鴨の事。


 斑鳩の事。


 そして、この姿の事。


 勇には何一つ伝えなかったし、頼らなかった。


 それが勇にとってどれだけ残酷なことか分かっていて、それでも歳三は態度を変えなかった。


 頼りないと思っていたわけじゃない。


 信用できないと疑っていたわけでもない。


 ただ、肝心なところでみんなを裏切り続けてきた自分には、誰かに頼る資格はないと思い込んでいただけだ。


 鴨の復讐のことも、斑鳩の素性の事も、全部、歳三の都合で黙っていた。


 いつか禍になると分かっていながら、隠していた。


 だから、せめて最後くらいは守りたかっただけなのだ。


「じゃあ、ひと暴れしてくる」


 歳三がくるりと背を向けて軍勢に突撃しようとする。


「とっしー!」


 最後に、少女の声が聞こえた。


 力を失って、人間になってしまった無力な少女。


 天才でなくなってしまった、沖田総司。


 歳三は振り返らないまま、言葉をかけた。


「総司。色々あり過ぎて混乱しているのは分かるし、悔しいのも分かる。だが、今は全部後回しにしておけ。全ては、生き延びてから考えるんだ」


「……うん。とっしーも、生き延びてくれるよね?」


「もちろんだ」


 振り返らないまま、首だけで頷く。


「逃げるよ。足手まといにならないように、僕頑張るから」


「その意気だ」


 歳三はそのまま駆け出す。


 すぐそばまで迫っていた軍勢は、歳三の姿を見た瞬間に悲鳴を上げた。


 それは絶望的な、感情的な、あらゆる混沌を内包した原初の悲鳴だったのかもしれない。


 恐怖と絶望と怒号と蔑みの中、歳三は戦場を駈けていく。


 弓も、刀も、魔法すら、今の歳三には通じない。


 濃密な魔力で身体を守っている歳三は、すべての攻撃を弾き返していた。


「私は、守る事しか出来ない。でも、信じてるんだ。守った先に、きっと何かがあることを!」


 歳三はその爪を、牙を、身体の全てを武器にして軍勢を蹴散らした。


 大切な仲間の逃げ道を確保するために。


 仲間の未来を守るために。


「だから、守り抜く――!!」


 かつて守った都を、鮮血で染め続けた。

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