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襲撃!

 それは、あまりにも突然に訪れた事件だった。



「た、大変だトシ!」


 いつも通りに書類仕事をしていた歳三は、慌てて部屋に飛び込んでくる勇をビックリしたように見た。


「どうした?」


 特に事件が起こったという報告も受けていないので、不思議そうに首を傾げる。


「ろ、狼奉山が……!」


「何!?」


 狼奉山。


 天牙の民発祥の地であり、本拠地でもある。


 歳三達にとってはかけがえのない故郷だ。


「狼奉山が、壊滅した……!」


「っ!」


 壊滅……。


 今の狼奉山には、聖窟に潜む長老衆しかいないはずだ。


 天牙の民の生き残りはほとんど存在せず、最年少の総司が誕生してからは新たな子供が生まれていない。


 生き残った天牙の民は新撰組で戦うことになり、今の狼奉山はほとんど抜け殻状態の筈だ。


 しかしそこが壊滅したとなると、長老衆は全て死に絶えたということだろう。


「そんな……」


 狼奉山は、歳三達天牙の民にとってかけがえのない故郷だった。


 いつか、帰るべき場所だった。


 そして帰るべき場所を、たったいま失ったのだ。


 どこにも行けず、どこにも帰れない。


 立つ場所を失った子供のように、歳三は自失状態になりかけた。


「………………」


「とにかく様子を探りに行こう。生き残りがいるかもしれない」


「あ……ああ……」


 可能性は低いが、生き残りがいるのなら保護しなければならない。


 それに聖窟は強力な結界で守られているはずだ。


 狼奉山そのものが壊滅したとしても、あそこだけは、つまり長老衆だけは無事な可能性が高い。


 藁に縋るような希望を抱きながら、歳三は現場へ向かおうとした。


 狼奉山は響都からそれほど離れていない。


 勇と二人で転移呪符を使用すれば一瞬で辿り着けるはず。


 そう考えた歳三は引き出しの中から転移呪符を取り出そうとする。


 しかし、



「無駄よ。狼奉山を壊滅させたのは私だもの。生き残りなんて、許すわけないでしょう」



 障子の向こうから、水のように静かな声が聞こえた。


「その声は……」


 勇が信じ難いような眼差しで障子の向こうを見る。


「鴨!」


 歳三は勢いよく障子を開け、単身乗り込んできた芹沢鴨を睨みつける。


 そこに立っていたのは、歳三達と同じ浅葱色の羽織を着た芹沢鴨だった。


 しかし浅葱色の羽織のほとんどが、いまは鮮血に染まっている。


 鴨自身も返り血を浴びて、頬がべったりと赤くなっている。


「こうやって直接会うのは久し振りね、トシ」


 昔と同じように微笑みかける鴨。


 しかし、その表情はどこか狂気じみていた。


「……ああ。斑鳩にはよく会っていたらしいが、私の前には姿を見せてくれなかったな。随分と水臭いじゃないか。私たちは、親友だと思っていたんだがな……」


 言いつつ、歳三は刀に手をかける。

 

 いつでも抜けるように。


「私だって出来れば会いにいきたかったわよ。だけど、分かるでしょう? トシを悲しませたくなかったの。私は、生きている訳じゃないから……」


 鴨も刀を握る手に力を込めながら、言う。


「……屍術人形、だったか? それがどうした。それでも、私はお前に会いたかったんだ、芹沢鴨!」


「っ!」


 歳三は鴨へと飛び掛かる。


 刀を抜いて、全力で斬りかかる。


 ギィン! と金属同士がぶつかる音がする。


 とても鋭く、そして重たい音だった。


「たとえ生きていなくとも、鴨はここにいるじゃないか! こうやって言葉を交わして、剣を合わせて、触れ合えるじゃないかっ! 心臓が動いてなくても、もっと悲しくなっても、私はお前に会いたかったんだ!!」


 歳三は怒りと想いを込めて刀を振るう。


 手加減なんてする必要はない。


 全力でかかってもまだ足りない相手だと分かっている。


 歳三をここまで強くしてくれたのは、目の前にいる芹沢鴨なのだから。


「嬉しいわ、トシ。私も、ずっとあなたとこうやって話したかったから……」


 震える手で歳三の刀を受けながら、冷や汗混じりに鴨が笑う。


 歳三はそれでも攻め手を緩めたりしない。


「あの頃より少しだけ、強くなっているわ。本当に大したものね。間違いなく、才能は無かった筈なんだけど……」


「才能がないのは分かってる。天才になれないのも知っている。だけど、諦めるつもりなんて毛頭無い! 私には守りたいものがあって、叶えたい願いがあるのだから!」


「そうね。その一途さが、私はとても好きだった」


 懐かしむように笑う。


 ほんの数合で歳三の剣戟を見抜いた鴨は、それだけの余裕が出てきたのだ。


「トシ!」


「とっしーっ!」


「土方さん!」


 見ていられなくなって叫ぶ勇。


 騒ぎを聞きつけて駆けつけてくる総司達。


 しかし歳三が戦っている相手を見て、総司達は唖然とする。


 いるはずのない人物。


 死んだはずの仲間。


 芹沢鴨が、土方歳三と斬り合っている。


 その事実に、愕然となる。


「鴨っち……どうして……」


 最初に声を上げたのは総司だった。


「……色々あったのよ。あなた達の知らないところで、色々とね」


 馬鹿にするような返答をした鴨に対して、総司がかっとなる。


「何それ! 訳わかんないよ! どうしてとっしーと戦ってるの!? 戻ってきてくれたんじゃないの!?」


「馬鹿言わないで。私は最初から最後まで天牙の民の敵よ。味方面をしていたのは、トシがいたから。トシがいなければ、あなたのことだってとっくに殺していたわ」


「っ!」


 底冷えするような声に、総司がびくっとなる。


「詳しい事情を話してあげるつもりはないわ。あなた達は、何も知らないまま、ただ私に殺されればいい」


 鴨は凄惨に笑いながら、そんな事を言う。


 総司は言われて、気付いた。


 鴨の身体にこびりついた血の色を。


 そしてあちこちに倒れている隊士達の死体に。


 天牙の民ではなく人間の隊士だったが、それでも一緒にやってきた仲間だった。


 それなりに仲良くなった人たちもいた。


 なのに、一人残らず倒れている。


「あ……あ……」


 幼い総司にとって、それはとても許せないものだった。


 大好きな歳三に斬りかかっていることも、仲良くしていた仲間を殺されたことも。


 許せないことだった。


「よせ! 総司!」


 総司が刀を抜くのに気付いた歳三は、制止しようとするがもう遅い。


「うわああああぁぁっ!!」


 鴨の背後に回り込んで、そのまま斬りつけようとする。


 しかし鴨はうっすらと微笑んだままだ。


「っ!」


 鴨は歳三の刀を片手で受けとめたまま、もう片方の手で斬りかかる総司の刀を受けとめる。


「え……?」


 手の平で受けとめる。


 確かに刀の刃が手の平に触れているのに、斬れるどころか血が一滴も出ていない。


 魔力を手の平に集中させて硬化させたのだろう。


「離れろ! 総司!」


「もう遅いわ、トシ」


 そのまま魔力をさらに集中させた鴨は、総司の刀を受けとめる手の平に光を発生させた。そしてその光をそのまま総司に向かって爆ぜさせる。


「うわあっ!」


 総司は数メートルほど吹っ飛んで、そのまま地面に叩きつけられる。


「総司!」


「私の相手をしながら他の心配なんて、随分と余裕ね、トシ」


「っ!」


 一瞬の隙をついて、鴨は歳三の腹を蹴り上げる。


「ぐはっ!」


 本来なら体術でも遅れを取る歳三ではないのだが、しかし今は総司の方に注意が逸れていたため対応が遅れてしまう。


 痛みに顔をしかめながら動きが鈍った歳三を背に、鴨は総司の方へと走る。


「総司。私に剣を向けた以上、こうなる覚悟は出来てるわよね」


 起き上がろうとした総司に向かって、鴨はそのまま刀を振り下ろそうとする。


「あっ……!」


 避けられない!

 

 間に合わない!


 思わず目を閉じてしまう総司に対して、鴨は容赦なく刀を振り下ろす。


「鴨っ!!」


「っ!!」


 しかし歳三の悲壮な声で一瞬だけ動きが止まる。


「………………」


 天牙の民に対して容赦をする鴨ではないが、しかし歳三に対してだけはどこか弱い。


 泣きそうな顔で自分に叫ぶ歳三を見ていると、胸が苦しくなってしまう。


「~~~っ!」


 忌々しげに顔を歪めながら、総司の左肩に手を当てる。


「っ!?」


 そしてそのまま何か・・をした。


「あ、うわあああぁぁぁぁっ!!」


 その瞬間、総司の身体が紅く光った。


「なっ!?」


 何をしているのかは分からないが、とにかく何かとんでもないことをされているらしいことだけは分かった。


「総司!」


 総司が危険だと判断した一は、鴨に向かって斬りかかる。


 倒そうとまでは思わない。


 ただ、総司から距離を取らせればいいという一撃。


「もう遅いわ」


 鴨は一の刀が届く前に総司から距離を置いた。


「う……あ……」


 総司は力なくその場に倒れ込む。


「総司!」


 一は慌てて総司を抱き起こすが、違和感に気付く。


「……そ、総司?」


 信じられない、という表情で総司を見る。


 総司はぼんやりと一を見上げる。


 しかし一は総司にかまわず、その左肩をはだけさせる。


「!!」


 総司の左肩にあったはずの核石が、きれいさっぱり無くなっていた。



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