約束と脅迫 03
「……つまり? その芹沢鴨という女が俺の妹で、川へと流された子供が俺って訳か?」
天牙の民の成り立ちと芹沢家の事情を話して聞かせた歳三に対して、斑鳩は簡潔に結論だけを質問した。
「そういう事だ」
「ちょっと待った。その子供って川に流されたんだよな? しかも赤ん坊。普通に考えて助かるとは思えないんだけど。人違いじゃないのか?」
「ああ。普通ならまず助からない。だけど鴨はいつも言っていたよ。斑鳩は絶対に生きていると」
「なんでそんな事が分かるんだよ」
「お前たちは本来一つの筈の核石を二つに分け合っているからな。対になる核石が力を解放すれば、もう一つの核石にもそれが解るらしい。お前にも覚えがあるだろう?」
「ああ、そういえば時々妙な感じがしたな……って、ちょっと待て! 何であんたが俺の体に石が埋まっていることを知ってるんだ?」
「脱がせて調べた」
「!!??」
あまりにもあっさりとした歳三の言葉に、斑鳩は咄嗟に後ずさる。よく見ると任務時の黒装束から空色の着物に着替えさせられている。
「心配しなくとも余計なことはしていない。脇腹にある核石を調べて、あとは着替えさせただけだ」
「……本当か?」
疑わしい目で歳三を見る斑鳩。その視線に歳三はむっとした。
「生憎と、私にも好みというものがある」
「………………」
つまり、斑鳩は歳三の好みではないらしい。それはそれでショックな気もするが。
「もっとも、調べる前から確信はしていた。お前の顔立ちは鴨によく似ている。そして何より、精神操作が解呪される際に天牙の民の能力を解放しているじゃないか。あの耳と尻尾は、間違いなく天牙の民のものだ」
「え? 何? 俺ってばそんなもの生やしてたのか?」
「天牙の民の証に対して『そんなもの』呼ばわりはないだろう……」
自身が天牙の民であることに強い誇りを持っている歳三は、斑鳩のあまりの言い様に溜め息をついた。
「……あんたも生えるのか?」
「は?」
「だから、耳と尻尾」
「ああ。異形の姿になってしまうから滅多に解放はしないがな」
「見たい」
「……は?」
「だから、それ見たいんだけど」
「………………」
「駄目か?」
「自分で見ればいいだろう。核石に血液を付着させれば開放状態になる」
「耳とかは自分じゃ見られないだろ?」
「………………」
わくわくした表情で歳三を見る斑鳩。鴨の双子である以上、歳三よりも年齢は上の筈なのだが、どうにも子供じみた部分が目立つようだ。稚気を残しているというか……。
しかし百聞は一見に如かずとも言う。天牙の民である事に自覚がない斑鳩を納得させるには、一度本来の姿を見せておいた方がいいのかもしれない。
「分かった。少し待て」
歳三は右手の親指に歯を立てて、わずかに血を滴らせる。そしてその血液を左首筋にある核石に付着させた。
次の瞬間、歳三の体が赤く光り、ぴんと立った狼の耳と、ふさふさした尻尾が生えた。
「おおっ! すげえ! 本当に生えた!」
「どうだ? これで少なくとも私とお前が人間とは違うという事は分かってもらえたと思うんだが」
「すげえすげえ! なあなあ、触ってもいいか?」
「って、おい! 人の話を聞いているのか!?」
せっかく真面目に話を進めているのに、斑鳩の方は表情を輝かせながら歳三の尻尾を見ている。
「いや、もう我慢できない。触ってしまえっ!」
「~~~~~~~っっっっっ!!!!????」
そう言った瞬間、斑鳩は歳三の尻尾に触れていた。いつの間にか歳三の背後に回り込み、その尻尾を付け根から掴み上げた。
「あっ……こら! やめろっ!」
ふわふわ。
「ふぁっ! は、はなせこのっ!」
もこもこ。
「うっ……くぅっ……!」
なでなでなでなで、ぎゅむ。
「止めろと言っているだろうがこの馬鹿――っっっっっっ!!!!!」
尻尾の付け根からぎゅっと握られた歳三はたまらず体を仰け反らせ、無理矢理に体を反転させて斑鳩を蹴り飛ばした。
「ぐはっ!!」
蹴り飛ばされた斑鳩は障子を突き破り庭の方まで転がり落ちた。しかしその表情は大いなる達成感で満ちていた。