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ストーカーさんへの依頼

 斑鳩は響都内にある軌兵隊の隠れ家に身を隠していた。


 軌兵隊は響都だけではなく、至る所に拠点や隠れ家を所有している。


 斑鳩は龍馬と別れる前にその拠点のほとんどを教えてもらっていた。好きな時に好きなように利用してくれて構わないらしい。


 仮に軌兵隊のメンバーと鉢合わせになったとしても、問題ないように取り計らってくれるとまで言われたのだから斑鳩としては大助かりだ。持つべきものは子煩悩な親父といったところだろうか。


 斑鳩が当面の隠れ家に選んだ場所は響都城からも西本巌寺からもそこまで離れていない。この先どのような行動を起こすにしても非常に都合のいい拠点と言えるだろう。


 斑鳩は備え付けの寝台に寝転がり、ぼんやりと天井を見上げる。


 そして確信をもって口を開いた。


「いるんだろ? 烝」


「………………」


 天井裏からは何も聞こえない。


 物音もしなければ、気配も皆無だ。


 呼吸音すら感じ取ることが出来ないのだから、実に大したものだと感心する。


 しかし斑鳩はここに烝がいることを確信していた。


「……実は新しい男色物語を購入したんだが」


「っ!」


 斑鳩が表向きではない、一部の趣味向けの店で購入した男色本、しかも新刊を天井に向けてひらひらさせてやる。……実のところ購入するのにかなりの勇気が必要だったのだが、それでも餌として必要になるため恥を忍んでなおかつ世間体を台無しにして心の中で滝のような涙を流しながら購入したのだ。


 代金を受け取った時の女性の顔(しかもけっこう美人!)が今でも忘れられない。


 あんなことは二度とやりたくない!


 軽蔑されるだけならまだ耐えられる。


 ドン引きされるのもまあ耐えられる。


 しかし! 獲物を狙うような目で、更には期待に満ちたような目でキラキラとした表情をされたのだから斑鳩としてはたまったものではなかった。


 俺は男色趣味じゃねえっ! と叫び出したいくらいだったが、しかし購入した物が物だったのでそんな主張をするわけにもいかない。


 きっと今頃はあのお姉さんの妄想オカズのネタにされているのだろうな、などと考えるだけでぞっとする。


「昨日出たばかりだって言ってたから、烝もまだ手に入れてないだろうと思ってさ。ほら、出てきたら譲ってやるよ」


「……うぅ。会話だけなら天井裏からでも出来るじゃないですかぁ」


 ようやく烝が声を出してくれたので斑鳩もほっとする。


「やっぱり居たか。大方トシに言われて俺に張りついているんだろうけど」


「その通りですよぉ」


 天井裏からはなんとも居心地が悪そうな声が聞こえてくる。


「しかしずっとストーカーされる方の身にもなってみろよ。迂闊にエロい事もできねえじゃねえか」


「大丈夫です。斑鳩さんがエロいことしようとしたら、ボクの脳内変換で都合の良い妄想に浸りますから」


「やめろ!」


 脳内変換とやらで男同士の絡みを妄想されたらたまったものではない。しかも自分が受け攻めどちらに回されるか……いや、これ以上は考えたくない。即座に思考停止。


「とにかく降りてこいよ。幸いここには俺しかいないし、それに出てきてくれないとこいつを渡せないだろ。言っておくがいらないって言うんなら即座に破り捨てるぞ。俺はこんなもの一秒たりとも手にしていたくないんだからな!」


「わー! ばかばかばかばか! そのお宝の価値を分かってるんですかぁ!?」


 烝は即座に天井裏をぶち破って降りてきた。


 ……どうでもいいが、ぶち破る必要はなかったのではないだろうか?


 そして斑鳩からすばやく男色本を奪い取った。


 さらにはご満悦顔で頬擦りしている。


 その様子に斑鳩の方がドン引きした。


「……まあいいか。そいつは烝にやる。その代わり、ちょっと頼みたいことがあるんだ」


「…………餌付けですか?」


「簡単にいってくれるなよ。俺がそいつを買うときにどれだけ恥辱を味わったと思ってるんだ」


「その時の様子を詳しく聞かせてくれたなら考えてもいいですけど」


「鬼かお前は!」


 悪い意味で鬼副長の影響を受けている烝に対して、斑鳩は思わず怒鳴ってしまう。


「まあいいですよ。斑鳩さんがわざわざ頼むってことは、何か気になることがあるんでしょう? それもトシさま絡みで」


「……鋭いな」


「そりゃあまあ。ボクもいい加減長期のストーカー行為で斑鳩さんのことが分かってきましたからね~」


「長期のストーカー行為ってゆーな」


 言葉だけ聞けば立派な変質者だ。


 ……いや、まあ、男色本をほくほく顔でよだれを垂らしながら頬擦りしている様は、確かに変質者以外の何者でもないのだが。


「俺はしばらくここを拠点にするつもりだ。だからずっと見張る必要はない。代わりに山南さんを調べてくれないか?」


「……山南さん、ですかぁ?」


「ああ。あの時、烝は見てたか?」


 響都城で敬助が斑鳩から容保を庇ったときのことだ。


「一応。でも不自然な点は別にないですよ。客観的に見れば山南さんは任務を果たしただけとも言えますし……」


「確かにな。だが、それだけじゃない。あの人には何か別の思惑がある。遠くから見張っていたんだろうが、さすがに会話まで聞こえていた訳じゃないだろ?」


「そりゃまあ。いくらボクでもいきなりあの城に忍び込むのは無理ですよぉ。あっちにも隠密方はいますからね。彼らに気付かれずに忍び込もうと思ったら、相応の準備が必要になりますし。あの時はいきなりでしたから、さすがに離れた位置から観察することしか出来なかったんです」


「だろうな。じゃあ補足説明だ。山南さんは容保を庇いながら俺に言ったよ。『天牙の民はもう救えない。私たちは滅びを受け入れるしかない』ってな」


「………………」


「そしてこう付け加えた。『ただ滅びるつもりはない。滅びるのなら全てを巻き添えに。この世界も人間達も、全てを道連れに滅びればいい』と。それが自分の願いであり、意志だと」


「うー……信じたくないですけど、実にあの人らしいですね……」


「あの人は天牙の民も、人間も、全てを破滅に導くことを願っている。誰一人救われない未来を望んでいる。その為に龍馬さんに協力して、容保を守っている。確かに龍馬さんの試みが成功すれば、多くの人間が犠牲になるだろう。俺はそれを止める義理はないし、止める気もない。俺にとって一番大切なのはトシであって、その他大勢じゃない。だから、龍馬さんのすることに必要以上の干渉をするつもりはないんだ。もちろん、俺を新世界に連れて行くっていうのは断るけどな」


「裏切り行為……と、一概に言えないのが辛いところですね……」


 天牙の民を裏切ってはいても、少なくとも任務には忠実なのだから。


 そして積極的に天牙の民を裏切っているのではなく、結果として天牙の民が滅びてしまうのは仕方がないと割り切ってしまっているだけだというのもまた微妙なところだ。


「分からないのは、容保を守ろうとする理由だ。もしかしたら響都領主という立場以外にも、あの男には何か役割があるのかもしれない。容保自身を調べるのは難しいかもしれないが、その理由を知っているかもしれない山南さんを調べていれば何か分かるかもしれない」


「だから、ボクに山南さんを調べろって言いたいんですか? いざとなれば山南さんを殺すという選択肢も斑鳩さんにはあるはずなのに」


「安易にそういう方法は採りたくないんだ。容保の時で思い知ったよ。俺にはまだ覚悟が足りない。半端な気持ちで剣を取っても、多分、誰も殺せない。だからせめて、止めたいんだ。殺せなくても、俺の存在はある程度の抑止力になるはずだから」


「………………」


「誰も傷つかない未来を望んでいるわけじゃない。ただ、俺はトシを守りたい。トシが仲間を守りたいのなら、俺はトシを守ればいい。結果として、両方を守れると信じている。トシを傷つけるものは全て壊してしまえばいいなんて簡単に考えちまったけど、それじゃあ駄目なんだ。俺はそんな理由では覚悟が定まらない。悔しいけど、それが俺の弱さだ」


「……『優しさ』と言い換えることも出来ると思いますけど」


「『甘さ』ともな。とにかく、俺は肝心な部分が致命的に駄目なんだ。それでも何かをしたいのなら、その状態で出来ることを探すしかない。とりあえずの目的は、全部を引っかき回すこと。そうすれば、どっかに道は見えてくるだろ」


「……それはなんとも、あやふやな」


「まあな。嫌なら無理にとは言わない」


 仲間を探れなんて、嫌な仕事に決まっている。


 烝本来がそういう立場にあると知っていても、それはあくまでも歳三や勇の命令で動くから耐えられるのだ。


 斑鳩個人の頼みで仲間を探るような真似は、やはり躊躇われるだろう。


 だから無理強いは出来ない。


「いいですよ。引き受けます」


 しかし烝はあっさりと引き受けてくれた。斑鳩が拍子抜けするくらい迷いなく頷いてくれたのだ。


「……いいのか?」


「少なくとも、トシさまを守りたいって気持ちは本物だって分かりますから。ボクにはそれで十分です。他のみんなは自分の身くらい守れるだろうし。心配なのはトシさまだけですから」


「……お前もなかなか言うね」


「だって、トシさまは文句なしに強いですけど、自分から墓穴に突撃していくんですから仕方ないじゃないですか」


「言えてる。俺たちが止める間もなく駿足突撃なんだよな。困ったもんだ」


「困ったものです」


 歳三に対しては意見の一致をみる二人だ。


 本人がいないからと言いたい放題である。


「だから、ボクたちで守ってあげたいです」


「ああ」


「じゃあ引き受ける代わりにボクからも条件を出します。絶対に拠点を移さないこと。ボクがいない間になにかあったなら隠さずに報告すること。ボクはトシさまの命令で斑鳩さんを監視していることになってるんですからね」


「分かった分かった。ちゃんと隠さずに報告するよ。約束する」


「『尻尾同盟』にかけて?」


「うわっ! 懐かしいなぁ! そう言えばもう随分と触ってねえ! うわあ! 触りたい! 触りたい! エロい反応みたい!」


「……殺しますよ」


「……冗談冗談! うん。『尻尾同盟』にかけて誓う!」


「じゃあ契約成立ということで」


 これで逆に信頼度が増すのだからいろいろとどうしようもない。


 しかし烝の方は早速姿を消していた。


「頼むぜ。俺も俺で頑張るからさ」


 斑鳩は双剣を腰に装備してから隠れ家を出た。


 自分に出来ることを探すために。


 迷いながらも、情報を求めて夜の闇へと繰り出した。



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