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芹沢鴨の選択

 そもそもの始まりは、天牙の民の意志を統一できなかったことにあるのだろう。


 人間に攻め込まれ、全滅寸前にまで追いやられた天牙の民。


 自分たちを救う窮余の策として、敵そのものと取引を成立させたこと。


 新撰組という人間の守護者に成り下がることで、天牙の民はその命を長らえていた。


 天牙の民で戦える人間はほとんど生き残らなかったため、その組織は人間との混成部隊になってしまったのも原因の一つなのかもしれない。


 自分たちを殺した人間とともに、自分たちを殺した人間を守る。


 こんな屈辱的なことに、すべての天牙の民が耐えられるはずもなかったのだ。


 だからそれは、あらかじめ予測していなければならないことだった。


 それを予測しえなかったことが、結果として芹沢鴨を死に追いやったのだから。



「新八と平助が、響都城を強襲した!?」


 新撰組もようやく組織としての体裁が整う程度の人数が揃った頃、歳三たちのもとにその凶報は届けられた。


 永倉新八、藤堂平助。


 二人ともあの粛清を生き延びた天牙の民屈指の使い手だった。


 新撰組の組長としてこれから貴重な戦力になるはずだった二人。


 そんな彼女たちが、裏切った。


 いや、裏切ったというのは語弊があるのかもしれない。


 新八も平助も、天牙の民を裏切ったわけではないのだから。


 むしろ天牙の民の為に行動を起こした。


 自らの信じる道の為に、許せないものを許さないために、敵の情けに甘んじる道を選ばなかった。


 ただ、それだけのこと。


「………………」


 歳三は難しい表情で黙り込んでいた。


「気づけなかったのは私たちの責任だ。彼女たちを責めることは出来ないが、それでも現状の危機には変わりがない」


 鴨が厳しい現状を口にする。


「……そうだな。新撰組の幹部、それも天牙の民出身となればこちらの処罰も免れないだろうな」


 勇も同じように続けた。


「新八と平助は、もう捕まっているのか? それとも……」


 鴨が天井裏にいる烝に問いかける。


 新八と平助の響都城強襲の情報を持ち帰った烝ならば、その後の成り行きも知っているはずだという期待を込めて。


「……ボクが気づいた時にはもう、魔法師部隊の遠距離攻撃を受けてましたから、恐らく今頃は……」


 天井裏からたどたどしい声が聞こえてくる。


 動揺を隠せない烝の声だ。


「よくて捕まっているか、最悪死んでいるか、だな」


 魔法師部隊を投入され、アウトレンジから集中砲火を受けたのではあの二人もたまったものではないだろう。


 既に新八と平助の命はないものと考えていいだろう。


 仮に生きていたとしても、救出は不可能。


 どちらにしても二人の事は諦める以外にない。


「くそっ……!」


 鴨と勇が自業自得と割り切っている中、歳三だけは憤りを隠そうとせずに拳を握りしめる。


 彼女は決して仲間の命を自分から諦めたりしない。


 だが無謀な選択でより多くの命を危険に晒すような考えなしでもない。


 だからこそ歳三は憤る。


 気づけなかった自分の思慮不足と、何もできない自分の無力さに、血を流しかねないほどに憤る。


「とにかく容保公に会うしかないな。なんとか取り潰しだけは免れるように交渉しないと」


 鴨が立ち上がる。


 二人の命は諦めても、新撰組の事まで諦めるつもりはない。


 容保と再び取引をして、何らかの譲歩を引き出すしかないだろう。


「私も行こう」


 歳三も立ち上がる。


「いや、トシはやめた方がいい」


 しかし一緒に行こうとした歳三を鴨がとめた。


「?」


 止められた理由が分からず歳三が首をかしげる。


「確信は持てないんだが、トシに対する容保公の態度が少し気になる。トシは行かない方がいいと思う」


 容保との取引をした際のことを鴨は憶えている。


 あの時容保は歳三の事しか見ていなかった。


 蛇のような眼で、歳三の事を観察していた。


 あの眼はなにかよくない。


 少なくとも必要以上に容保と歳三は接触するべきじゃない。


 鴨はそう確信していた。


「そういう訳にもいかないだろう。それに私に対して何か思うところがあるのならば、そこから譲歩を引き出すことも可能かもしれない」


「トシ……」


「反論は聞かない。絶対に私も行く」


「……分かったよ。そういう時のトシは止めても無駄だってことはよく分かってる」


 仕方なさそうに肩を竦める鴨。


「すまないな。本来なら局長である私が行くべきなんだが……」


 自分が行っても何の力にもなれないことを理解している勇は、二人に任せるしかない現状に拳を握りしめる。


 勇が局長を務めている新撰組を実質的に率いているのは芹沢鴨と土方歳三だ。


 勇はお飾り、とまでは言わないが、それでも状況に流されて局長になってしまったことは否めない。


 彼女は剣を教える才能はあっても駆け引きや取引などは不得手なのだ。


 頭が悪いのではなく、もともと善性に傾いている性格上、他人の裏を読むのが向いていない。


 だからこそ人徳を集められる勇を頂点に据えて、裏の部分を鴨と歳三が支える。


 そういうやり方を選んでいる。


 そしてそれはうまく行っていた。


 少なくとも今日までは。


「気にしなくていいよ、勇。適材適所さ。な、トシ」


「その通り。勇には勇にしかできないことがあるんだから、私たちに負い目を感じる暇があったらそっちを頑張れ」


「もちろん、分かっている」


 落ち込む暇なんてない。


 今はそれぞれに出来ることで最善を尽くすしかない。


 勇は力強くうなずいた。



 


 果たして、鴨の嫌な予感は当たってしまった。


「なっ!?」


 謝罪と取引の為に響都城へ訪れた鴨と歳三が容保から突き付けられた要求は、予想以上に度を超えたものだった。


「本気で、言っているのですか?」


 鴨が震えた声で問いかける。


 それほどまでに、容保の言った言葉は彼女にとって度し難い内容だった。


 新撰組を取り潰す、と言われたのならば、全滅覚悟で最後まで戦っただろう。




 汚れ仕事を引き受けろ、と言われたのならば、淡々とこなしただろう。


 だが容保が提案してきたのは、


 土方歳三を引き渡せ


 というものだった。


「どうしてですか!? 私たちを見せしめとして処刑するというのならまだ分かります。それだけの失態を犯したということも理解しています。ですが、なぜよりにもよって彼女を!?」


 最も取り乱したのは歳三ではなく鴨だった。


 当然だろう。


 責任を取るにしても、それは自分自身だと思っていたからだ。


「簡単なことだ。ただの娯楽だよ」


「っ!?」


 冷たい声で言い放つ容保に、鴨の身体が硬直する。


「お前たちを潰すのは簡単だ。だがな、それでは取引をした意味がないだろう? もう少しくらいは楽しませて貰いたい。だから土方一人で手を打ってやると言っているんだ」


「どうして局長である近藤勇ではなく、土方なのですか?」


 責任を取らされるというのなら、本来はトップの勇であるはずだ。もちろんそんなことをするくらいなら鴨が自分で責任を取るつもりだが。勇はあくまでもトップにいるというだけの存在であり、実質的に新撰組を作り上げたのは鴨と歳三なのだ。


「実はな、藤堂と永倉を調べていて、面白いことが分かったらしい」


「「っ!?」」


 その言葉に、鴨と歳三が硬直する。


 調べた、というのは身辺調査の類ではないというのが直感的に分かってしまったゆえに。


「生かして捕らえるのはそれなりに骨だったがな。今は魔法師連中の実験動物だ。あの貪欲な連中のことだから、恐らくは骨まで調べ尽くされるだろうな」


「……っ!!」


 その言葉に、歳三が拳を握り締める。


 二人の命はすでに諦めていた。


 死んでいるものと思っていた。


 だが今も生きていて、そして実験動物として嬲り者にされていると聞かされては、さすがに心穏やかではいられない。


 彼女たちの絶叫が、絶望が、今にも届いてきそうなくらいだ。


 感情を抑えきれず、容保に掴みかかりそうになる歳三を、絶妙なタイミングで鴨が押さえる。


「だからあの二人以上のサンプルが欲しいのだよ。力量から鑑みて適任なのは土方だろう?」


「………………」


 サンプル。


 つまりは今藤堂と永倉が受けている地獄に、今度は歳三が放り込まれるということだ。処刑されるのと、実験動物として切り刻まれ続けるのと、果たしてどちらが惨いのだろうということは、勿論考えるまでもないだろう。


「……私がサンプルになれば、藤堂と永倉を解放していただけるのですか?」


 怒りを押し殺した声で、歳三は言う。拳を振るわせながら、容保を射抜くような視線で睨みつけながら、それでも言う。


「まさか。それはあり得ない。第一解放したところで既に死に体だろうよ。生きてはいるがそれは心臓がまだ停まっていないだけという有様だからな。すでに手足くらいは切断されているんじゃないのか?」


「…………っ!」


 冷静な口調が、更に歳三のはらわたを煮えくりかえらせる。


「余が言いたいのは、お前がサンプルになれば、新撰組だけは残してやろうということだ。あの二人は自業自得としても、他の奴まで巻き添えにするのは本意ではないだろう?」


「………………」


「魔法師にとって天牙の民というのはよほど調べ甲斐のあるものらしくてな。あやつらにしては珍しく興奮ぎみに要求してきたぞ。いっそ新撰組を取りつぶして全員をサンプルとして捕らえてもらえないか、とな。好奇心に取り憑かれた知識の怪物にとって、お前たちはよほどごちそうに見えるらしいな」


 人間という生き物は本当に恐ろしい。


 化け物だと罵りながら天牙の民を滅ぼしかけておいて、いざ生け捕りが叶ったなら今度は生きたまま解体して実験して、調べようとする。


 その力を恐れながらも、その力を手に入れようとする。


 どこまでも貪欲で、醜悪で、おぞましい。


「………………」


 分かっている。これが容保なりの譲歩だということは、歳三には痛いほど分かっている。別に拒否されてもそれはそれで構わないのだろう。その時は今度こそ完全に新撰組を取りつぶしてから、生きた身体も、死体も、とことん調べればそれでいいのだから。


 だから、容保にとってこの会談はただの娯楽、暇つぶしでしかないのだ。


 どちらに転んでも構わない。


 だからこそ、確信している。


 容保の言葉に裏はない。


 彼は本当に、歳三さえ手に入れれば他の者に手を出さないと信じられる。


「分かり……」


 ました、と言おうとしたところを、鴨が遮る。


「鴨!?」


 鴨は歳三を遮ったまま、容保の前に出た。


「どうした? お前に用はないぞ、芹沢」


 鴨には疑わしかった。


 容保が本当に魔法師達への実験動物として歳三を差し出してやるのかどうか、疑っていた。


 鴨は気付いている。


 容保の歳三に対する奇妙な執着を。


 実験動物どころか、何か別の目的で歳三を手に入れようとしていることに、鴨は気付いている。


 だからこそ、ここで歳三を渡すわけにはいかなかった。


「容保公。天牙の民の肉体を調べるのが目的ならば、土方よりも私の方が適任です」


「なに?」


「鴨っ!?」


 いきなり何を言い出すのかと騒ごうとする歳三を無視して、鴨は続ける。


「受け継いだ力の強力さで言えば、土方家よりも芹沢家の方が強力です。更に言えば、私は純血の天牙の民ではなく、人間を父親に持つ混血です。調べたいというのなら、土方よりも私の方がより興味深い素体なのではありませんか?」


「………………」


「ちょっと待て、鴨!」


「いいから黙っていろ、トシ」


「っ!」


 鴨は歳三に構わず、容保だけを見据えながら言う。


「少なくとも、あなたの建前を通すつもりなら、土方ではなく私を選ぶべきです。それでも土方を欲しいというのなら、それは魔法師達の思惑ではなく、あなた個人の執着に理由があるという事になります」


「………………」


 容保は黙ったまま鴨の話に耳を傾けている。


「あなたが建前ではなく個人の理由で土方歳三を陥れるつもりなら、私もまた個人の意志でそれに抗います」


「具体的にはどうするつもりだ?」


「ここであなたを殺します」


「………………」

「どのみち私たちが潰されるのなら、せめてあなただけでも殺しておきます。後は野となれ山となれ、ですね」


「鴨……」


 鴨は本気だ。


 歳三を差し出すつもりは更々ない。


 自分を差し出してでも歳三を守る気でいる。


 それすら叶わないのなら、天牙の民を道連れにしてでも歳三を守る。


 こうなると鴨は絶対に止まらない。


 歳三が何を言ったところで、絶対に自分の意見を曲げない。


 しかしだからと言って鴨が自らを犠牲にするのを黙っている歳三ではない。


「鴨!」


 責めるように呼びかけるが、それでも鴨は振り返らない。


「いいだろう。だったらお前が身代わりになれ、芹沢」


 容保の方は気分を害した様子もなく、むしろ楽しそうに鴨の提案を受け入れる。


「待ってください!」


「反論は無駄だ。これは余の決定事項だ」


「くっ……!」


「二時間後に自らの足で魔法師協会まで出向くがいい。もちろん逃げても構わんが、その時は今度こそ天牙の民は根こそぎ殺されると思え」


 それ以上話すことはないとでも言うように、容保はその場から席を外す。


 最後に歳三に視線を移してから、その苦悩に歪む表情をじっくりと見てから、満足そうに口元を吊り上げた。


 その様子を見て鴨は確信する。


 やはり、容保の狙いは土方歳三なのだと。


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