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父の想い、妹の想い

「と、いう感じかにゃあ」


 おおよそのところを話し終えた龍馬は斑鳩座っているベッドにそのまま寝ころんだ。


 話し疲れたのか、それとも辛いことを思い出してしまったからなのか、その目は若干伏せがちになっていた。


 それに対する斑鳩の感想は、


「うん。電撃速度でプロポーズしやがったってことぐらいしか分からなかった」


 というものだった。


 殺し合いの直後にプロポーズとは、情緒もへったくれもあったものではない。もう少しふれあいとか心の機微とかを大事にしようという気はないのだろうか。などと思うのだった。


「いやだってにゃあ。あの耳と尻尾を見たら口説きたくなるっちゃよ」


「………………」


 それに関しては激しく同意しそうになる斑鳩。


 斑鳩も歳三の耳と尻尾、特に尻尾には並々ならぬ執着があるからだ。


 いや今はそんな場合でもないのだけれど。思い出すとにやけてきそうになるのを必死に我慢する。


「ええと、親父……でいいのか?」


 たどたどしい感じで呼んでみる。


 親という存在を意識したことがなかった斑鳩は、父親だと判明したばかりの相手にもやはり不器用な感じになってしまう。『龍馬さん』と呼んでいた方がまだ気楽なくらいだ。


「出来れば『パパ』希望」


 ほくほく顔でそんな事を言う龍馬を見て、


「………………」


 こんなのが自分の父親なのかと失望の念を禁じ得ない気分にもなってしまう。


 命の恩人なのに、命を救われた直後なのに、無性にないがしろにしたい気分になってくるのだ。


「……その後いろいろあって母さんが殺されて、ついでに俺も殺されかけて、紆余曲折を経て親父は軌兵隊とかを作っちゃって暗躍したわけか」


「……スルーされるのが一番つらいっちゃよ」


 寝転がったまま龍馬はベッドの上で『の』の字を書いていた。


 可愛い女の子がやる分にはそれなりに萌える光景かもしれないが、四十を過ぎたおっさんがそんなことをやってもひたすらにイタいだけである。


「分からないのはどうして俺に何も話さなかったのかってことだな」


 すぐ近くで斑鳩の事を見守っていながら、それでも一切関わろうとしなかった龍馬。


 軌兵隊の一兵士として扱い続けたその理由。


 斑鳩にはそれが分からない。


「父親面をしたくなかったっていうのが一番大きな理由かの」


「……何故だ?」


「ワシは鶫の事も、鴨の事も、そして斑鳩のことも守れんかった。大事な家族を誰一人守ることが出来んかったワシに、今更父親の資格はないぜよ」


 その声はひどく哀しそうで、後悔だけがにじみ出ていた。


「待てよ。母さんと鴨のことはともかくとして、俺の事はちゃんと守ってくれたじゃないか。親父がいなかったらあのまま川に流されて死んでいたんだろ、俺は」


「助けられたのはあくまで偶然じゃき。いなくなった鶫を探して狼奉山を歩き回っていたときにたまたま流れてきたのが斑鳩だったというだけの話。あと少しも引き上げるのが遅れとったら、ワシが川沿いを歩き回っていなかったら、斑鳩はあの時に死んじょった」


 助けられたのはほんの偶然。


 奇跡のような幸運をその手に掴めた。


 ただそれだけの事。


「………………」


「結局ワシは大切なもんを何一つ守れんかった。だったらせめて未来を、居場所を作り上げたかった。それ以外のことは何も望まんと、そう決めた」


「………………」


 近くに居ながら、見守ることしかできなかった。


 できたのは教官として斑鳩を鍛え上げることだけ。


 何があっても生き残れるように、誰よりも強くしてやることくらい。


 特別扱いはしない。


 自分の目的に利用したほかの子供たちと同じように扱い、同じようにいつか安らげる場所にたどり着けるように。


 自分の全てを斑鳩と、そして楽園を約束した子供たちの為に費やすこと。


 それが坂本龍馬の存在理由。


「斑鳩に軌兵隊の目的を何も話さんかったのは、何も知らんままの方が楽だと思ったからじゃき。いつかたどり着ける楽園。そういう夢を持って強くなれるのは、覚悟を決められるのは、犠牲をいとわない精神を持った者だけ。じゃが斑鳩は人を殺すのが怖いじゃろ? 精神操作魔法を受け入れなければ戦う事も出来ないくらいに脆い精神なら、いっそ何も知らん方がいいと思った。知ったらきっと、苦しむことになるき」


「……なんだよ、それ」


 守れなかったと言いながらも、龍馬は精一杯斑鳩を守ろうとしてくれていた。


 斑鳩が軌兵隊の中でも屈指の強さを誇っているのは、正体を隠した龍馬が鍛え上げてくれたから。


 その力は、その強さは、今までずっと斑鳩を守ってくれていた。


 新しい世界、楽園へと旅立とうとしたのも、天牙の民でも人間でもない斑鳩はどうやってもこの世界では受け入れられないだろうと思ったから。


 いつかは拒絶される時が来る。


 それは鴨の死が証明している。


 だからこそ、何のしがらみもない新しい世界を求めた。


 その為に戦う事を選んで、そのために殺すことを選んで。


 それを自分の意志で目指すには、確かに斑鳩の精神は脆すぎた。


 人を殺すのが怖い。


 容保ですら殺せなかった斑鳩は、きっと仲間の為に人を殺さなくてはならなくなったとき、未来の為に他人を殺さなければならないと知っていたら、きっと壊れていたかもしれない。


 戦いの道を選ばないという選択肢もあっただろう。


 かごの鳥のように、戦いとは無縁の世界に斑鳩を閉じ込めたまま、ずっと守っていくこともできただろう。


 しかしそれでもいつか限界はやってくる。


 未来とは戦って勝ち取るもの。


 少なくとも逃げたままで手に入るものなど何一つない。


 だからこそ命がけの世界へと、戦いの世界へと斑鳩を引き入れた。


 それが天牙と人間の血を持つ存在としての業だと、逃れられない宿命だと分かっていたから。


「十分だよ。俺は十分、守られたきた。十分すぎるくらいに」


 土方歳三に。


 芹沢鴨に。


 坂本竜馬に。


 そしてきっと、芹沢鶫にも、守られてきたんだと思う。


 みんな斑鳩を想って、それぞれのやり方で斑鳩を守ってくれていた。


 それはかつて空っぽだった斑鳩の心を満たすには十分すぎて、逆に溢れてきそうになる。


「鴨の事を黙っちょったのは、それがあの子の意志だったからじゃき」


 そして斑鳩の半身、鴨の事についても語ってくれた。


「俺には知られたくなかったってことか」


「鴨がまだ生きちょったんならそれでよかった。離れていた期間を埋めるように、ずっと一緒に過ごさせてやりたかった。けどな、いくら動いちょっても、いくら話すことが出来ても、それでもあの子の本質は『死者』じゃき。晋作の屍術が途切れれば塵に還るしかない儚い存在。晋作は晋作の目的があって今のところワシに協力してくれちょるけど、それも恐らくはこの世界を出ていくまでのことじゃき。そうなったとき、あの子は塵に還る。別れが決まっているのなら、いっそ知らないままの方が、死んだと思ったままの方がまだ辛くない。そう思ったんじゃろう」


「鴨……」


 その覚悟を、その痛みを、そしてその寂しさを、たった一人で背負い込もうとした妹。


 その事実こそが斑鳩には痛かった。


 痛くて、つらくて、苦しい。


 だけど鴨のそれは斑鳩の比ではなかったはずだ。


 だからこそ斑鳩がここで憤る資格はない。


 耐えてきたのは鴨であり、斑鳩はただ守られていただけなのだから。


「自分が消滅するその時まで、鴨は黙っちょるつもりじゃった。それが出来なくなったのは、斑鳩が新撰組に身を置いてしまったからじゃろうな」


「………………」


「絶対に守ると決めた一番大切な存在が、かつて捨て去った一番大好きな存在に奪われてしまう。それは鴨にとっては耐え難いことじゃったろう。『ただの死者』ではなく、『芹沢鴨』として向き合わなければ立ち向かえないと確信するほどに。だからこそあの子は『芹沢鴨』として、おんしの妹として前に立ちはだかる事を決意した」


「鴨……」


 その決意を、その覚悟を、斑鳩は何一つ理解していなかった。


 いや、理解しようとしなかったのだろう。


 歳三の事だけを考えて、彼女の事だけを守る。


 そのことしか考えてなかった斑鳩は、それ以外の全てを蔑ろにしてきた。


 残酷なことをしていると分かっていても、他に方法を知らなかった。


 すべてを守ることはできないからこそ、たった一つのものを守ると決めたから。


 だけど自分に対して同じだけの想いと覚悟を向けられている。


 そのことを知ってしまった今は、考えずにはいられない。


 蔑ろにすることなど、斑鳩にはできない。


「鴨は手強いっちゃよ、斑鳩。あの子にはもう失うものしか残っていない。だからこそ残された時間でやると決めたことに関しては、絶対に退かない。いや、退けないと言うべきか。でなければ屍術に依存してまで存在を長らえている意味が無くなってしまうからの」


「……そうだな。あいつは、鴨は絶対に退いてはくれないだろう。だけど俺だって退けない。トシを見捨てて自分だけ楽園でのうのうと生きるなんて、そんなことに意味はないんだ。俺はトシの為に生きるって決めたから。トシの犠牲の上に成り立つ未来なんてのは絶対に受け入れられない」


「うーん。そこがネックっちゅうか、一番の難関っちゅうか……」


「む」


 まるで子供のわがままに呆れ果てているというような態度を取られた斑鳩は口をへの字にする。


「な、なんだよ! 絶対に曲げないぞ! 俺はトシが好きなんだからあいつを見捨てるような真似は絶対にしないんだからな!」


「分かっちゅう。何だかんだ言いつつ鴨も土方歳三のことが大事だしにゃあ。味方に引き込む作戦も失敗したし、正直お手上げ状態っちゃ~」


「……待て」


 ぼんやりとした物言いの龍馬に対して、斑鳩はぴくりと眉を跳ね上がらせた。


「ん? どおいた?」


「トシを味方に引き込もうとしたって、どういう意味だ? まさかトシと接触したのか?」


「ああ、そのことか。接触したっちゅうより奇襲をかけたっちゅう方が表現としては近いかにゃあ」


 腕を組んで思い出すようにうんうんとうなずく龍馬。


「……詳しく聞かせてもらおうか」


 斑鳩の気配がだんだんと穏やかではないものに変わっていく。


 それは自分の知らないうちに歳三が危険な目に合っていたかもしれないという心配からか、それとも別の嫉妬心からか。


「いや。大したことはしとらん。斑鳩が土方歳三を宿まで連れ込んだあと、そのまま眠り込んだ彼女の布団に入り込んで朝になって目覚めた彼女をちょっと脅かしただけ、みたいな?」


 てへ、と茶目っ気たっぷりに笑う龍馬に対して、斑鳩は短刀二本をその脳天に振り下ろす形で応えた。


「うおっ!? 危なっ!」


 思わず刀を抜いて止める龍馬。一瞬でも反応が遅れたら脳天をまっぷたつにされていたところだった。


 実の息子に娼館でぶっ殺されるなど、事件としてはかなり話題性がありそうだが、被害者になるのは絶対に御免こうむりたい状況である。


 後々どんな噂を立てられるか分かったものではない。


「トシに手を出したのか?」

 

 斑鳩の目は全く笑っていない。


 口元だけへらっとしているのが余計に怖い。


「落ち着け落ち着け! エロい意味での手出しはしちょらん!」


 まさかここまでのジェラシーを斑鳩が持っているとは、龍馬にとっても予想外だった。


 というか、普通に怖い。 


「あのふわもふエロ尻尾に触ったのか!? あれに触っていいのは俺だけだぞ!」


「触っちょらん! ちゅうかさりげに自分の欲望を口にするな!」


 さりげにというよりはちゃっかりな感じだった。


「布団の中に入っちょったのはちょっとした茶目っ気みたいなもんじゃき。だから落ち着こう、な?」


「………………」


 寝顔を見られただけでも嫉妬で短刀に力が入りそうになるのだが、しかしそれはそれで小さすぎるきもするので斑鳩は黙って短刀を引いた。


「ほっ……」


 嫉妬狂いで息子に殺されてはたまったものではない。


 龍馬はひそかにため息をつきつつ、これは首を絞めて殺しかけたことに関しては絶対に言えないにゃあなどと冷や汗をかいた。


「土方歳三だけでも仲間に出来たらそれでよかったんじゃけどにゃあ。あの子は駄目じゃの。守るべき仲間を裏切るくらいなら自ら死を選ぶ、そういうタイプじゃき」


「分かってるよ。だから困ってるんだ。それに俺だってあいつらを見捨てたいわけじゃない」


 斑鳩にとっては歳三が一番大事なだけであって、烝や総司、左之助や勇を見捨てたいとは思っていない。


 ただ歳三ひとりの犠牲で彼女たちの平穏が成り立っているという事実が気に入らないだけだ。


 もちろん彼女たちが響都守護職として戦っていることは知っている。


 戦った上での平穏だということも承知している。


 それでも、歳三ひとりが苦しむのだけは耐えられない。


 そんなことは許さない。


「なあ、親父。天牙の民全員、とまでは言わねえよ。だけどあいつらくらいなら助けてくれてもいいんじゃないか? 俺の事も、鴨の事も、母さんのことも、裏の事実は何も知らない若い世代に罪はないだろ? あいつらを復讐の対象にはしないでくれ」


「………………」


「親父」


「鴨が生きていてくれたなら、それもよかったかもしれん」


 龍馬はゆっくりと首を横に振る。


 それは拒絶の意志。


 譲れない一線。


「だけどそれは無理じゃき。鴨はあの子らの所為で死んだ。あの子らさえいなければ、死なずに済んだ。その恨みを忘れることは、ワシには出来んっちゃ」


「……ちょっと待て。鴨はあいつらを守るために命を落としたんじゃないのかよ!? あいつらの所為ってなんだ!? どういうことなんだよ!?」


「守るため……か。裏の事情は土方歳三すらも知らされておらんかったっちゅうことか。いや、鴨が隠したがっていたからか? まったく。鴨の奴も土方歳三にはべた甘っちゅうことか」

 

 ため息交じりに言う龍馬に対して、斑鳩の憤りはますます膨れ上がる。


「どういうことだ!?」


「聞けば絶対に気分が悪くなることを保証するが、それでも聞きたいんか?」


「当たり前だ! 妹のことだぞ!」


「……そうじゃった」


 龍馬は仕方なさそうに肩を竦めながら、話すだけでも気分が悪くなる第二の過去を斑鳩に語り聞かせた。

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