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過去篇 道場破りとの出会い

 二人が出会ったのは偶然だったのかもしれない。


 けれど二人が絆を育んだのは必然なのだろう。


 未来への布石として、何よりもそこに愛があったからこそ、この物語は生まれたのだから。



 活気溢れる響都の街で、一人の女性が肉屋の店主に笑いかけていた。


「どうもありがとう。色々と助かります」


 彼女の名前は芹沢鶫。


 天牙の民の中でも特に強力な核石を持つ女性で、定期的に狼奉山から降りてきて、人間との触れ合いを繰り返している。


「いいっていいって。鶫ちゃんみたいな美人にならもっと来て欲しいくらいだ」


 鶫が本来購入した肉よりもかなり多めにオマケした店主は、鶫の整った顔にでれでれしながら応じている。


「ふふふ。駄目ですよ。ちゃんと奥さん一筋じゃないと」


 鶫は褒められても軽く受け流すだけだ。


 自分の姿が他人からどう見えているのか、それは自覚している。


 しかし整った容姿は天牙の民の標準的な特徴でもあるので、自分自身の価値がそこにあるとは全く思っていないのだ。


 むしろ自分には何の価値もないと思っている。


 整った容姿、強力な核石、高い立場。


 自分自身の努力で手に入れたわけではないそれらに、一体何の価値があるのだろう。


 鶫は常にそう思っている。


 もちろんそれを表に出したりはしないが。


「鶫さん」


「うちにも寄っていってよ、鶫ちゃん」


「ほら、これも持っていきな」


 鶫は商店街を歩くだけで色んな人に声を掛けられる。


 美人で人当たりが良く明るい性格の鶫は、商店街ではかなりの人気者なのだ。


「ありがとう」


 鶫は愛想良く笑いお礼を言う。


 しかしその内面までは笑ってはいなかった。


 路地裏に入って一人になると、大量の荷物を抱えたまま、盛大な溜め息をつく。


「何だかね……」


 人間と関わる。


 ただそれだけの為に演技を続けている自分自身が、本当に虚しくなってくる。


 違う自分で居る時間が長い分、本当の自分を見失いそうになる。


 長い時間演技をしていると、演技している自分と本来の自分との境目が曖昧になるのだ。


 だから鶫は怖くなる。


 いつか本当の自分を見失った時、そこには何も残らないのではないかと不安になる。


「………………」


 もう一度溜め息。


 今度は気持ちを入れ替えるためのものだ。


 考えていても仕方のないことを考え続けても意味がない。


 自分の任務は人間と関わり続けて定期的に情報を仕入れること。


 それだけであり、それ以上でもそれ以下でもない。


 だから自分のことについては考えない。


 考えない。


 考えない。


 考えない…………


「よし。じゃあ次に行こうかな」


 鶫は気持ちを完全に入れ替えてから次の目的地へと向かった。



 智羽ちば剣術道場。


 響都にある剣術道場の中でもかなりの規模をほこり、門下生の数は数百人にのぼる。


 竹刀のぶつかる音は外にまで響いてきており、同時に気合いの入った掛け声も届く。


「こんにちは」


 鶫は門番に挨拶をする。


「あ、鶫さん。こんにちは。って、今日もまたすごい荷物だね……」


「ええ。皆さんがたくさんおまけしてくださって。よろしければこちらの皆さんにもお裾分けを」


「お、いいのかい?」


「ええ。まかないさんに渡しておきますので、あとで召し上がってくださいな」


「そうさせてもらうよ。じゃあ今日もよろしくな」


「はい。頑張ってきます」


 ぺこりと頭を下げてから門をくぐる鶫。


 先に台所へと向かい、食材のお裾分けを済ませた。


「本当にいいのかい? 鶫ちゃん」


 まかないのおばさんは鶫から食材を受け取りながら聞くが、鶫は静かに頷く。


「ええ。どのみち私一人では食べきれませんから。道場の皆さんで召し上がってください」


「ありがとうね。良かったら稽古が終わった後ご飯食べていってちょうだいな」


「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


 食事の席では特に会話が進む。


 情報を集める身としては断る理由がないので鶫も遠慮はしなかった。


「では行って参ります」


「頑張ってね」


 そして鶫は改めて道場へと向かう。


「こんにちは」


 道場の中へ入り、道場主である智羽鉄芯ちばてっしんに挨拶をする。


「おお、鶫ちゃん。待ってたぞ」


 鉄芯は上座に構えたまま鶫を手招きする。


 鶫は智羽道場の非常勤講師でもあるのだ。


 定期的に出向いては門下生に稽古を付けている。


 智羽流とはもともと流派が違うので正式な師範ではないのだが、実戦稽古の一貫として鉄芯が鶫を招いているのだ。


 鶫は無流派であり、決まった型を使用する剣士ではないのだが、だからこそ柔軟な戦い方をするので鉄芯にひどく気に入られているのだ。


「こんにちは、智羽先生。早速準備をしますのでちょっと待っててくださいね」


「ああ、いや。今日は門下生じゃなくて客人の相手をして欲しいのだ」


「え?」


 いつもは門下生を順番に立ち会わせていくのだが、今回は少し違うようだ。


「坂本さん、入ってきてくだされ」


「はい」


 新たに中へと入ってきたのは、随分と大柄な男だった。


 ウェーブの掛かった髪に、どことなく飄々とした表情。


 しかし着物の上からでも分かる引き締まった体つきは、間違いなく一流の使い手であることを示している。


「彼は坂本龍馬くんだ。旅の途中で道場破りに来たらしくてな。せっかくだから鶫ちゃんに相手をしてもらおうと思って」


 鉄芯は龍馬を紹介するが、しかし鶫の方は龍馬から感じる威圧感に若干身を竦めてしまう。


「待ってください。道場に挑戦しに来たのなら智羽道場の流派で勝負した方がよいのでは?」


 智羽道場に対して挑戦しに来た相手に、いくら非常勤講師とは言え本来は無流派である鶫が相手をするのは失礼に当たるのではないだろうか。


 そう考えたのだが、


「ああ、いやいや。ワシは強い相手と勝負したいだけぜよ。ここに来たのもものすごく強い外部講師がおると聞いたからやし」


「……はあ、つまり……」


「ワシはあんたと勝負したくてここに来たぜよ、芹沢鶫さん」


「………………」


 あまりにもはっきりした、智羽道場の面々には全く興味がありませんと言う態度に唖然とする鶫だが、しかし鉄芯の方は豪快に笑うだけだ。


「面白い男だろう? だが俺の見る限り実力は確かだ。坂本さんの相手が出来るのは間違いなく鶫ちゃん、君だけだろうよ」


「………………」


 その対応に鶫は困ったように振り返る。


 しかしこの状況を変えることは出来そうにない。


 もともと任務の為だけに非常勤講師などということをしている鶫は、こういう強くなりたいだけの手合いが苦手だった。


 しかし道場主である鉄芯の命であるのなら仕方がない。


「防具の着用は?」


「無しで。出来るだけ実戦形式がいいそうだ」


「分かりました。私でよければお相手します」


「感謝するがで。芹沢さん」


 これが、坂本龍馬と芹沢鶫の最初の出会いだった。


 この二人の出会いが天牙の民と響都に住む人々の運命を大きく変えることになるなど、その時は誰も予想は出来なかった。


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