約束と脅迫 02
天牙の民。
狼の血を継ぐ古代種で、人の姿を取りながらも狼の本質を持つ。
天牙の民は古来より人間に混じって生活をしていたが、やがてその絶大な力を恐れた人間達から忌避されるようになる。
里を追われた天牙の民は、神域である狼奉山に居を移し、なるべく人間に関わらずに生きていくことを決めた。
幸い、天牙の民は子孫を残すのに人間の力を必要としなかった。天牙の民は肉の交わりによって子孫を残すのではなく、肉体に埋め込まれた核石を受け継がせることによって次世代を誕生させていたからだ。
核石は天牙の民の能力と本質を封じたものであり、命そのものでもあった。
寿命を全うした天牙の民は、肉体を塵に還して核石のみを遺す。
そしてその核石が狼奉山の精気を蓄え、再び新たな命として赤子の姿になる。
核石の継承のみを子孫誕生の手段としているので、基本的に個体数が増えることはない。
そして生まれるのは女児のみ。男児が生まれることは決してない。
それ故に天牙の民が人間と交わることは固く禁じられており、その禁を破った者には核石破壊という厳しい処罰が下されることになる。
しかし二十二年前、その禁を破った女性がいた。
彼女の名は芹沢鶫。
天牙の民の中でも強い力を受け継ぐ血筋であり、人間達とのパイプ役を務めていた。
人間の姿を取り、人間の文化に寄り添って生活する以上、人間との関わりを完全に断つことは出来なかったのだ。
鶫は関わりを持った人間の男と肉体関係を持ち、十ヶ月後に双子を出産した。
天牙の民の長老衆はそれを見て怒り狂い、審議もせずに鶫の核石を破壊した。
核石を失った鶫はその場で息絶え、塵となったが、それで終わりではなかった。
通常、砕かれた核石は肉体同様塵へと還ることになる。しかし砕かれた核石は近くにいた双子の赤ん坊に吸収されてしまったのだ。
そして吸収された核石はそれぞれの体に新たな核石として繋げられた。
一つは女児の額に。
そしてもう一つは男児の脇腹に。
芹沢家の核石は人間の血を持つ子供達に受け継がれたのだ。
長老達は再び慌てたという。
芹沢家の核石を消滅させる覚悟で鶫を殺したにも関わらず、核石そのものは子供たちの方に受け継がれてしまったのだ。
天牙の民の中でも特に強い力を持っている芹沢家の核石。自衛の為にも、再び無くしてしまうのには躊躇いがあった。
結果として、女児の方を天牙の民として育てることとなり、男児の方は生きたまま川へと流した。
育てられた女児は芹沢鴨と名乗るようになり、天牙の民の中心的存在となった。