破滅への道標
「ワシは諦めるつもりはないぜよ。六刻全てを破壊して、この響都を血で染め上げる。そして世界に大穴を空けるぜよ」
「…………新しい世界のために、か?」
「ああ」
頷く龍馬には一切の迷いがない。
何を犠牲にしようとも、誰を殺すことになろうとも、この世界を壊してでも、自らの道を突き進む。そういう覚悟を決めている。
「ワシはは、憎しみから生まれるものもあると信じているぜよ」
「え……?」
「ほら、よく聞く言葉に『憎悪や復讐からは何も生まれない』っちゅうのがあるじゃろ?」
復讐は果たした後に虚しさしか残らない。
憎悪する相手がいなくなればいずれは自分自身を憎むようになる。
心が晴れやかになることは決してなく、後にも先にも暗い幻影しか残らない。
ソレはそういうものであるが故に、時にとんでもない力を持つ。
虚無を追求すれば、その先にあるのは破滅の道標であり、その道を進む覚悟を決めたのなら、自らの破滅を顧みない絶望を撒き散らすことが可能になる。
憎悪に身を委ねた復讐者は、いつかその現実と向き合うことになる。
「じゃがワシはそうは思わん。ワシの天牙の民に対する憎しみが、世界に対する復讐が、ワシの守りたい子供達の居場所を作る土台になる。それは決して虚しいものではないぜよ。ワシはこれまでもこの先も自分が憎いとは思わんぜよ。守るべき者を守り通すために、この身に秘めた憎悪と復讐の炎を利用し尽くす」
「………………」
その先にあるのは血塗られた光。
多くの犠牲の上に成り立つ楽園。
そんな事をしても誰も喜びはしない、などと言えはしなかった。
龍馬もその子供達も、すでに充分すぎるほどその手を汚しているのだから。
血塗られた楽園を受け入れることに何の抵抗もないのだろう。
それこそが憎悪の昇華。
自分を責めることもなく、犠牲を悼むこともなく、その手に掴んだ幸せを享受する。
「人は、どこまでも残酷になれるものだな」
「どこまででもなってみせるぜよ。だから土方さん。おんしも欲するところを求めればいい。誰かのためではなく自分のための願いを」
「………………」
「一回くらいはぶちまけてもいいと思うぜよ。斑鳩はきっと受けとめてくれる」
「その願いを叶えた後に、それでも天牙の民のためにしか生きられないっちゅうなら、あとは全てをかけて守ってみせればいい。容保からも、ワシからも。本当に自分を捨てる覚悟があるんなら、それはきっと不可能じゃない」
「どういう、ことだ……?」
自分を捨てる覚悟?
そんなものとっくに捨てている。
捨てているからこそ崖っぷちで踏みとどまっている。
「おんしが辿り着けんと思い込んでいる限界の先。その突破方法は実のところとても簡単ぜよ」
「……?」
「教えて欲しいか?」
「………………」
知りたい、と言いたいところだが、敵である龍馬が素直に本当のことを教えてくれるとは思えない。
……いや、そうではない。
龍馬は嘘をつくような性格ではない。
だからこれは歳三自身のプライドの問題なのだろう。
「教えてもいいが、一つだけ約束して欲しいぜよ」
「約束……?」
「たった一回でいい。斑鳩に本当のおんしで向き合って欲しいぜよ」
「本当の……私……」
「新撰組副長としてでもなく、天牙の民を守るべき盾としてでもなく、ありのままの土方歳三として、斑鳩に向き合って欲しいぜよ。一生で一度、最初で最後の本当の気持ちをあの子に伝えて欲しい」
「……どうして、私にそれを?」
その手段を歳三が実行したのなら、人間の軍勢も龍馬の軍勢も、全てを蹴散らすことが出来るかもしれない。
少なくとも龍馬にとっては目的の邪魔になる可能性が高い。
それを分かっていて、どうして龍馬は歳三の手助けをしようとするのか。
「その答えは簡単ぜよ。父親が子供の幸せを願うのはごく当たり前のことぜよ」
「………………」
「今の斑鳩にとってはおんしが全てやか。ワシはな。おんしやのうて斑鳩に幸せになって欲しいぜよ。そしてそれが可能ながは土方歳三、おんしだけぜよ」
「私は……」
歳三の中で様々な感情が渦巻いている。
自分だけの幸せ。
自らの破滅。
その二つを同時に受け入れることは、果たして可能なのだろうか。
破滅を覚悟の上で、たった一度の幸せを掴む。
残された斑鳩のことも、置いていく自分のことも、すべてを呑み込んで。
「私は……何一つ捨てられない。それが私の弱さだということは分かってる。だけど弱いままの私が出来ることは全部やるって、決めたんだ」
たった一度。
それだけでいいのなら、自分を裏切ろう。
仲間は裏切れなくても、自分は裏切れる。
その痛みも後悔も、未練も悲しみも、背負うのは全て自分なのだから。
「私にできる最後の悪足掻きとその方法を教えて欲しい。坂本龍馬」
歳三は龍馬を正面から見据えてそう言った。
龍馬はそんな歳三を見て頷いた。
「それがおんしの選んだ答えなら、ワシは尊重するぜよ」
そして示されたのは破滅への道標。
希望と絶望、灯火と暗闇。
歳三はその二つを同時に受け入れる覚悟を決めた。




