天牙の真実
「そもそもどうしてこの世界に天牙の民っちゅうもんが生まれたのか、考えたことはあるか?」
「………………」
天牙の民がこの世界に生まれた理由。
世界にとっては異端でしかないはずの存在が、どうして生まれることを許されたのか。
「この世界は安定しているように見えて実のところ酷い歪みを抱えているぜよ。この世界だけがそうなのか、それとも次元世界すべてが同じ歪みを抱えているのか、それはワシにも分からんぜよ。ただ一つ言えることは、天牙の民も高杉晋作も、世界の歪みが人の形になった存在っちゅうことぜよ」
「なん……だと……?」
「歪みっちゅうもんは蓄積しすぎると概念から物質へと転化するぜよ。歪みそのものが物質化して命を得たのがおんしら天牙の民と高杉晋作ぜよ」
「……ちょっと待て、高杉晋作もって、えぇっ?」
「ああ。勘違いする前に言っておくと晋作は天牙の民じゃないぜよ。天牙の民とは違う生まれ方をした歪みの化身ぜよ。異端中の異端っちゅう意味では天牙の民以上ぜよ。なんせああ見えて六百年以上生きとるらしいからの」
「六百っ!?」
歳三は晋作に直接会ったことはないものの、その特徴だけは烝の報告で聞いている。
見た目は十二歳くらいの子供にしか見えなかったらしい。
それが、六百歳以上……
そこまで行くと化け物なんてレベルでは済まされない気がする。
「……ん? ちょっと待て。確か高杉晋作の自己申告では今年で六十とか言ってなかったか?」
確か烝からそう聞いている。
赤いちゃんちゃんこに並々ならぬこだわりを持った自称還暦老人だったと。
……いや。それもどうかと思うが。
「ああ。あれは自称精神年齢ぜよ。赤いちゃんちゃんこが気に入ったからといって本人は精神年齢を六十と定めとるらしい。まあ飽きればまた変わるだろうが」
「………………」
……適当過ぎる。そして悲しすぎる。
そんな理由で実年齢を数百年レベルで偽っているなんて……
会ったことはないが、歳三の中で高杉晋作というのは『かなりイタイ老人』という位置づけになってしまっていた。
「こっちの事はまあいいとして。今はおんしらのことぜよ」
「い……いいのか……? あんまりよくない気もするんだが……」
放置してはいけない謎から目を逸らしてしまっているような感覚に見舞われながら、歳三は無理やりに納得しようとした。
龍馬がそう言っている以上、高杉晋作についての質問はするだけ無駄なのだろう。
もしかしたら龍馬自身もよく知らないのかもしれない。
……ついでに言うならこれ以上イタイ感じのエピソードを聞くのも微妙な罪悪感がある。
「不確定概念としての歪みが確定存在として世界に在る。これは世界そのものの防衛本能ぜよ」
「どういう意味だ?」
「分からんか? つまりどうにかしたくても触れる事すらできないものが、手に届く存在として目の前にあるっちゅうことぜよ」
「っ!! まさか……!」
「理解できたみたいだにゃあ。おんしの考えてる通りぜよ。つまり『歪みを破壊すればその分だけ安定を得られる』っちゅうことぜよ」
「そんな……」
歳三はその言葉が意味するところを理解して愕然とする。
歪みそのものが形になった命。
世界に対する害悪でしかない存在。
それが、天牙の民の存在理由……!
滅びる事こそが世界の為になるという、救いのない存在こそが自分たちなのだと。
「本来は長い時間をかけて歪みそのものを緩和していくのが天牙の民の役割ぜよ。その核石は世代を重ねるごとにその力を弱めているはずぜよ」
「………………」
その通りだった。
天牙の民の核石は次世代に受け継がれるごとにその力を弱めている。
今の歳三達が持っている力は、始祖達の半分以下なのだという話も聞いている。
時の流れとともに世界と相容れない力が劣化しているのだと思っていたのだが、何のことはない。
ただ在るべき姿に還りつつあるだけなのだ。
「それを教えたのか……あの男に……?」
「教えた。ワシがそうする理由は、おんしにはよく分かるはずぜよ」
「…………っ!!」
歳三は立ち上がって龍馬の胸ぐらを掴み上げる。
どうしようもない怒りに震えながら、それでも声を張り上げる。
「分かるさ! あんたはそれだけ芹沢鶫を愛していたんだろう!? だが天牙の民には鴨もいたんだぞ! それなのに……!!」
「……それはよう分かっちょった」
「だったら何で……!!」
「舐めてもらっては困るぜよ。ワシと鶫の子供がその程度でどうにかなるわけがないぜよ」
「……!!」
龍馬の返答はあまりに静かで、それゆえに底なしの冷たさを感じさせた。
「鶫の仇を討ったその上で、鴨を天牙の民から解放する。あれはそういうつもりで図ったことぜよ。……失敗したけどにゃあ」
「………………」
「まさかおんし達が容保とああいう取引をするとは思わなかったぜよ。しかも鴨がそれに協力することも予想外じゃった」
龍馬は目を伏せたままため息をつく。
自分の行動が裏目に出た過去の失敗について何か思うところがあるのかもしれない。
「……鴨は、少なくとも若い世代を恨んではいなかった。守ろうとしてくれたんだ……だから……」
だから、何なのだろう。
復讐に生きるこの男に対して、間に合わなかった過去に対して、一体何が言えるのだろう。
歳三は必死で言葉を探すがどうしても出てこない。
何かを言わないといけない気がしているのに、何を言えばいいのかが分からないままなのだ。
「それは違うぜよ」
しかしそんな歳三を龍馬が遮る。
胸ぐらを掴んだままの腕を逆に掴んで、力ずくで引きはがす。
「っ!」
そしてそのまま歳三を畳へと押し倒した。
「鴨が本当に守りたかったのはおんしただ一人ぜよ、土方歳三」
「く……っ!」
ただの人間相手に力で押さえつけられていることに歯噛みする歳三。
龍馬は確かに鍛えているようだが、それでも押さえつけてくる力そのものは人間の範疇を超えていない。
歳三が万全の状態なら押し返せるはずなのだ。
しかし消耗が激しい今は抵抗もままならない。
真上に迫った龍馬の顔を睨むことくらいしか、今の歳三に出来ることはない。
「本当はずっと前から気づいていたはずぜよ。あの子が心から大切に思っている存在はこの世にたった二人しかいないのだと」
「………………」
「ワシは天牙の民が憎い。じゃがそれ以上におんしが憎いぜよ、土方さん。おんしさえいなければ全部うまくいってた筈の事が、おんしがいた所為で全部裏目に出た」
「……だから殺すのか? 私を」
龍馬は歳三を押し倒した状態で殺気を放っている。
その両手は歳三の細い首に添えられて、今にも絞めてきそうな気配である。
今の歳三はそれに抗する術を持たない。
ここで殺されるのなら、それを運命として受け入れるだろう。
「いや。これは取引ぜよ」
「取引?」
その両手を歳三の首に添えたまま、龍馬は続ける。
「土方さん。ワシと一緒に来る気はないか?」




