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約束と脅迫 01

「んあ……?」


 次の日、斑鳩はやけに広い和室で目を醒ましていた。


「ここは……どこだ……?」


 自分が知っている場所ではない。


 深い森の中でもなく、暮らし慣れた部屋の中でもない。


 寝かされていた布団も、今まで与えられたことのない上等なものだ。


 辺りを見渡して自分が今居る場所を確認しようとする前に、部屋へと近づいてくる足音が耳に届いた。


「………………」


 障子が開かれる。


「何だ、もう目を醒ましたのか。あれだけの魔法を破った後なのだからかなり消耗しているはずなのにな。大した回復力だ」


 障子の向こうには、食事を盆に載せた歳三が立っていた。


「………………」


 斑鳩は歳三自身よりもその手に持っている食事の方に目が釘付けになった。


 ぐぎゅるるるるるるるる……


「………………」


「………………」


 言葉よりもよほど雄弁に自らの欲求を主張する斑鳩の腹を見て、歳三はぷっと吹き出した。


「あはははっ! そう言えば腹が減っているんだったな。あの時も大層大きな音を鳴らしていた」


 歳三はクスクスと笑いながら、手に持っていた盆を斑鳩の前に差し出す。


「っ!」


 斑鳩は返事もせずに差し出された食事に手を付けた。


 がつがつがつがつがつがつがつがつ!!


「………………」


 豪快な食べっぷりに、歳三が呆気に取られる。しかしまたすぐに吹き出した。


「うん。それだけ食べられるのなら、体調の方も問題なさそうだな」


 斑鳩は数分も掛けずに食事を終えて、盆を歳三の方に返す。


「…………ところであんたは誰だ?」


「………………」


 状況確認よりも空腹を満たすことを優先させる辺り、頭の方はかなり弱そうだった。


「それはむしろこっちが聞きたいのだけどね。お前は一体何者だ? 何故響都の街にあんな真似をした?」


「あんな真似とは?」


「とぼけているのか? 先日響都に火を放ったのはお前たちだろう?」


「……ああ。あれはそういう任務だったのか」


「…………おい」


 まるで今初めて自分のやっていた事を知ったかのような物言いに、歳三が眉を顰める。


「まさかとは思うが、昨日のことを覚えていないのか?」


「覚えていない。いや、正確には認識できていない、と言うべきか。任務遂行中の俺は精神操作の魔法をかけられているからな。それに多分、魔法を補助する薬も盛られている」


「………………」


 まるで他人事の様に話す斑鳩。自分の心と体を他人の好きな様にされているというのに、まるで憤っている様子がない。そんな斑鳩の様子に、歳三は違和感を覚えた。


「だから昨日の俺とあんたとの間で何があったかは知らない。だからその件に関して俺から引き出せる情報はないと思ってくれ」


「……そうか」


「俺もあんたに聞きたいことが色々あるんだが、構わないか?」


「ああ。私に答えられることなら」


 つまりは答えられない質問に対しては無視するという意思表示だった。


「どうして俺を殺さないんだ?」


「………………」


「昨日の俺がどんな仕事をして、どんな状況になったのか、俺は知らない。でも自分がどんな役割を果たすために生かされているのか、という事くらいはちゃんと分かってる。そして俺は失敗したんだろう? 何故敵を生かす様な真似をするんだ? しかも拘束すらしないで」


「……お前が生かされている理由、果たすべき役割というのは?」


「……質問をしているのは俺なんだが」


「その質問に答えるための材料を集めているんだよ」


「………………」


「別に、言いたくないのなら無理に聞く気はない。だが少なくとも先ほど食べた食事分くらいの返礼はしてもらいたいものだな。感謝はしてくれるんだろう?」


「……あれはただじゃないのか?」


「喋らざる者食うべからず」


「……微妙に言い回しが違う様な気がするんだが」


「臨機応変だよ」


「………………」


 むむ、と唸る斑鳩。


「俺の仕事は多分、暗殺とか、裏工作とか、そういうのだと思う。俺の意識がある時に任務をこなしたことがないからはっきりしたことは言えないんだが。日常の仲間の様子を見ていれば、大体は想像が付く」


「……なるほど」


「そこで俺は紅牙こうがと呼ばれている。名前と言うよりは、認識名のようなものだけどな。他には白牙はくがとか黒爪こくそうとかとにかく名前らしくない呼び方ばかりされている奴らがいる」


斑鳩いかる


「?」


「斑鳩。それが、お前の本当の名前だよ」


「………………」


 斑鳩は先日と同じように首を傾げる。その名前が自分のものだと認識できていない反応だ。


「最初の質問に答えよう。私がお前を殺さなかったのは、大切な友人との約束を果たすためだよ」


「約束?」


「ああ。お前の妹と、約束したんだ」


「俺に妹がいるという話自体、初耳なんだが」


「正確には『いた』というのが正しい。彼女はもう、この世にはいない」


「………………」


 難しい表情で黙り込む斑鳩を見据えながら、歳三は天牙の民と芹沢家の関係、そして今は亡き友人との大切な約束を語り始めた。

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