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決定的な崩壊 02

「っ!?」


 まず最初に襲ってきたのは強烈な匂い。


 そして炎のような熱。


「強いだろう?」


「……さすがに、これはきつい……」


 歳三もそれなりに酒を嗜む方だが、ここまで強烈な酒は初めて呑んだ。


 いや。これは酒というよりも暴力だ。


 肉体に及ぼす前後不覚は、毒よりもよほどタチが悪い。


 たった一口呑んだだけにもかかわらず、立ち上がることすら難しい状態になっている。


「どうした? せっかく振る舞った酒だ。せめて半分は呑んでもらわないと勿体ないだろう?」


「う……」


 倒れそうになる身体を必死で支えながら、再び瓶を手に取ろうとする歳三だが、そのまま畳の上に倒れ込んでしまう。


「あ…………」


 倒れた歳三の上には、容保が覆い被さっている。


「毒は平気でも酒は効くようだな」


「………………」


 見下ろす視線には侮蔑と優越感の色があった。


 毒ならば身体が拒否する。


 しかし酒は別だった。


 日常的に嗜んでいる酒は、身体の方が毒と認識しないのだ。


「なあ土方。三年前、何故余はお前たちを滅ぼそうとしたか、分かるか?」


「……考えるまでもない。化け物と人間は決して相容れない、そういう事だろう」


 歳三の返答に容保が満足そうに微笑む。


 それは正解という意味ではなく、予想通りという意味での笑い方だ。


「多くの人間にとってはそうかもしれないが、余にはもう一つの理由があった」


「?」


「憎悪でも恐れでもない、この世界に生きる存在として、余には天牙の民を滅ぼす正当な理由があるのだよ、土方」


「……一体、何の話をしている?」


 くらくらする頭で、それでも思考を巡らせる歳三。


 気持ち悪くて吐きそうになるのを必死で堪えている。


「この世界の話さ。天牙の民は世界のために滅びなければならない」


「………………」


「まあ、言っても分からないだろうな。肝心なのはここからだ。余はどうしてお前たちを完全に滅ぼさなかったと思う?」


「……それは、私たちとの取引に応じたからだろう」


 響都守護職・新撰組。


 街とそこに住む人間の安全と引き替えに、自分たちの命を守っている。


 それが土方歳三と近藤勇、そしてかつて芹沢鴨が松平容保に持ちかけた取引だった。


 容保がそれに応じたからこそ、今の歳三達がある。


「ふん。そんなものは外部から兵を集めればいいだけの話だろう。お前たちをわざわざ生かしてやるだけの理由にはならない」


「………………」


「お前がいたからだよ、土方」


 容保は歳三の頬を撫でながらそう言った。


「……?」


「初めてお前を見た時、余は何を考えたと思う?」


「っ!」


 その手が服の中に入った時、歳三はびくりと身体を仰け反らせた。


「壊したい、だよ」


「やめ……ろ……!」


 これから自分が何をされるのかを理解した土方は、抵抗するように身を捩らせる。


 しかし容保はそれを許さなかった。


 手に取った酒を口移しで歳三に飲ませる。


「ん……、うぅっ……!」


 身体に巡った酒の効果で、歳三の身体が自らの意志とは関係なく火照っていく。


 もう立ち上がることも出来なくなった歳三を、容保が遠慮容赦無しに蹂躙していく。


「お前は自分のためには生きられない奴だよ、土方。そのくせ真っ直ぐな信念と簡単には折れない心を持っている」


「私……は……そんなんじゃ、ない…………」


 嫌悪感に耐えながら、それでも歳三は反論する。


 自分のために生きられない。


 そうではないことは、歳三自身が知っている。


 それは斑鳩と出会ってからの自分を知っているから。


 斑鳩を守りたかったのは鴨との約束があったから。


 だけど今歳三自身が斑鳩の側にいたいと思っている。


 それは歳三が自分自身に望んだこと。


 自分のための願いだ。


 かつての歳三なら容保の言った通りだったかもしれない・。


 しかし今の歳三は、少なくとも仲間のためだけでなく自分のために生きている。


「そういう歪な真っ直ぐさを目にするとな、壊してやりたくなるんだよ。この手で痛めつけて、壊したくなる」


「………………」


「だから余はあの時に決めた。余がお前を壊すその時まで、天牙の民は生かしておくと」


「そん……な…………」


 その為だけに、天牙の民は生かされているというのか。


 仲間全ての運命が歳三にかかっているというのか。


 天牙の民を守りたいのなら、仲間の命を救いたいのなら、歳三が一人で耐えるしかない。


 何をされようとも、どんな目に遭わされようとも。


 たった一人で耐え抜くしかない。


 そしてどれだけ耐えたとしても、歳三が壊れてしまえばそれまでなのだ。


 自分が終わる時、全てが終わる。


 歳三は自分の心がそれほど強くないことを知っている。


 硬い殻で守っている剥き出しの心は、きっと些細なことで揺らいでしまう。


「どちらにしてもお前にだけは未来がないんだよ、土方。どれだけ仲間を救おうとしても、お前だけは未来永劫救われることはない」


「………………」


「それでも、お前は仲間を守りたいと願えるか? 自分の人生全てを犠牲にしてでも守りたいと思えるか? お前にとって天牙の民とはそれほどまでに大きな存在なのか?」


「………………」


 自失しそうになる己を必死で留めながら、歳三は容保を睨みつける。


「全てはお前次第だ、土方歳三。天牙の民のためにたった一人で耐え続けるか、それとも仲間を見捨てて一人逃げ出すか。どちらでも構わないぞ。どちらにしても余は楽しめる。何なら余を殺してもいい」


 本来ならば時間をかけて、じわじわと苦しめるつもりだった。


 しかし容保がこのような行動に出たのは、斑鳩への嫉妬からだ。


 もちろん、愛情からのものではない。


 己が壊すと決めたものを揺らがせた存在が気に食わなかったのだ。


 今日の歳三は容保の知らない表情をしていた。


 その原因が斑鳩にあると思うと、どす黒い感情が湧き上がってくる。


 これは自分の所有物なのだ。


 その心も身体も、他の人間が侵すことは許さない。


 容保は歳三に惚れているわけではないが、それでも彼女との駆け引きに命を賭けてもいいと思える程度の執着はあった。


 歳三を壊すのが先か、自分が殺されるのが先か。


 松平容保にとって、これは己の人生を賭けた娯楽なのだ。


 だから今夜はこの女が自分の所有物だということを証明したかった。


 自分にも、歳三にも。


「この……くされ外道……!」


「ははは! その調子ならまだまだ保ちそうじゃないか。安心したよ、土方」


 屈辱に顔を歪める歳三を、容保はこの上なく愉しそうに見下ろす。


 華奢な身体を侵し続けながら、容保は確信していた。


 この瞬間、土方歳三の中にある決定的なものを壊したのだと。


 その崩壊を見届けるために、自分はこの女を生かしていたのだと。



 もう少しで、時が満ちる――


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