決定的な崩壊 01
ここから先はちょっとダークで重たい展開です。
コメディよりも絶望風味の展開なので苦手な方は無理しないでくださいね。
斑鳩の前から立ち去った歳三は一人、響都城へと向かっていた。
街全体を隈無く見渡せるように響都の中心へと建てられた城は、隣の領地との境に立っていても視認できるほどに高く聳え立っていた。
城門の前まで来ると、衛兵の一人に声を掛けられる。
「また殿からの呼び出しか、土方」
「……ああ」
すっかり顔なじみになっているので気軽に話しかけてくるのだが、歳三の様子がいつもより暗いことに気が付いた。
「何かあったのか?」
「……別に、大したことじゃない」
「ならいいけど。あんまり無理すんなよ」
「ああ」
歳三は生返事のまま城の中へと入っていった。
容保と顔を合わせるのはこれで何度目になるか、歳三はすでに数えるのを止めていた。
ただ、呼び出しをくらう度に気分が沈んでしまうので、出来るだけ少ない方がいいのにと思う程度だ。
通常なら城主との謁見は衛兵付きの大広間で行われるのだが、歳三と会う時だけは容保の私室になっている。
護衛も何もない、ただの和室。
歳三がその気になれば、いつでも容保を殺すことが出来る。
容保はそれが解っていて、敢えて歳三を私室へと招いている。
机の上に載せられた豪勢な料理と酒。
それを挟んで容保と歳三は座っている。
「どうした? 食べないのか?」
上座に座っている容保が酒を口に含みながら言う。
「別に。腹は減っていない」
無表情で答える歳三。
城主に対する態度ではないが、容保がそれを容認しているので問題はない。
「ふん。相変わらず可愛げのない女だな、お前は」
そんな歳三に機嫌を損ねるわけでもなく、容保は更に酒を煽る。
「今日は一体何の用だ? 報告することも特にない筈だが」
自分が呼び出された理由が分からず、つい問いかけてしまう歳三。
「別に。ただ土方と酒を飲みたかっただけだ」
「………………」
「……なんだその嫌そうな顔は」
「…………嫌な気分なんだから嫌そうな顔になるのは当然だ」
無表情から嫌悪感丸出しの表情へと変わった歳三は、そのまま立ち上がった。
「酒が飲みたいのなら腐るほどいる臣下でも誘えばいいだろう。それだけの理由なら私は帰らせてもらう」
「斑鳩、とか言ったか? お前が囲っている男の名前は」
部屋を出ようとする歳三に、容保が語りかける。
「………………」
「あの響都火災の下手人の一人なんだろう? そいつは。本来ならば余に差し出すのが筋ではないのか?」
「………………どうやって調べた? 少なくとも隠密方に漏れるようなヘマはしていないはずだが」
容保の言葉を無視するわけにはいかない歳三は、仕方なく席へ戻る。
「安心しろ。知っているのは余一人だけだ。隠密方の情報ではない」
「………………」
ならば公的な立場ではない、容保個人の情報網にひっかかってしまったのだろう。
予想外の情報漏洩に忌々しく舌打ちする歳三。
「今更あいつを突き出せと言うのなら断る」
「ふん? 随分と大事にしているじゃないか。まさかそういう関係なのか?」
容保が口元を歪めながら歳三を見据える。
その目はちっとも笑ってはいなかった。
「馬鹿を言うな。あれでも役に立つ男だから殺されるのは困ると言っているんだ」
「そうだろうな。化け物が人間に惚れるなんて、タチの悪い冗談だよなぁ?」
「………………」
「だけど土方。その顔はいただけないな。その男に危険が及ぶのならば余を殺してでも守る、という覚悟を秘めた顔だ」
「………………」
今は護衛もなく、容保と歳三の二人きり。
刀は持ち込んでいないが、あくまで人間でしかない容保一人程度なら素手でも充分に殺せる。
もちろん、容保はそれが解って言っているのだ。
歳三にはそれが不可解だった。
なぜ、殺される覚悟で歳三を挑発するのか。
護衛を固めて、自らの安全を確保した上で挑発しないのか。
「お前にそこまでさせるその男の正体、気にならないと言ったら嘘になるが、まあいいだろう」
容保は赤い瓶を手に取って歳三へと差し出す。
「こいつを呑め」
「?」
「今はまだ見逃してやる。その代わりにこいつを呑めと言っているんだ」
「………………」
差し出された瓶を手に取って、怪訝そうに首を傾げる歳三。
「そんな顔をするな。別に毒が入っているわけじゃない。そもそも通常の毒など、お前たちには効かないだろう?」
通常の毒は人間を毒するための物質であり、天牙の血を毒することは出来ない。
一時的に毒されることはあっても、すぐに回復してしまう。
「ただの酒だよ。華秦から取り寄せたものだ」
華秦とは西の海を隔てた大国。
国土面積は大和の国の約二十五倍。
大和の国との貿易も盛んなので、時折響都の街で華秦の品物を見かけることもあるらしい。
「何故私に?」
「呑んでみれば分かる」
「………………」
拒否できる状況でもなかったので、歳三は仕方なくその酒を口に含んだ。




