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炎の出逢い 03

「転移呪符?」


「………………」


 呆気にとられる左之助と、こくりと頷く一。残された黒装束を相手取りながら、歳三がため息交じりに呟いた。


「恐らく本拠地へとそのまま転移したのだろう。いくらお前たちでもたった二人でこんな奴らがいる場所に転移させられたらただでは済まない」


 転移呪符。転移の魔法を込めた呪符であり、魔法師ならば魔力を込めるだけで、魔力を持たない者でもその血液を呪符に付着させるだけで転移魔法を発動させることができる。


 この類の呪符魔法は大和の国では貴重な技術であり、黒装束の所属する組織の脅威を分かりやすく示していた。


「……面目ない。結局逃がしてしまった」


「なあに、構わんさ。とりあえず一人は残っている。こいつを捕えれば問題ない」


 逃がしてしまったのは手痛い失態だが、仲間の命を危険に晒すよりははるかにマシだ。


「………………」


「加勢は?」


「必要ない。というより、巻き添えにしない自信がない」


 加勢を申し出る左之助に、歳三が余裕のない表情で答える。誇張でも意地でもなく、本当に自分が攻撃して守るだけで手いっぱいなのだ。下手に近接戦闘で第三者に介入されると、巻き添えにしない保証はないのだ。

 

 それほどに黒装束と歳三の実力は拮抗していた。


「………………」


 一が何か言いたそうに歳三の方を見るが、あえて何も言わずに一歩下がった。警戒態勢は解かないまま、勝負の行方を歳三に任せた。


 そんな一を見て歳三は安心させるように笑いかけた。


「心配いらない。私はこんなところで負けるつもりはない」


 両手で刀を構えて、黒装束を見据える。


「果たすべき約束も、残っていることだしな」


 そう言って歳三は右手の親指を剣に滑らせて血を滴らせた。


「土方さん、まさかこんなところで……」


「………………」


「住民の避難は終えている。目撃者が出る心配はない」


 歳三は親指から流れる血をそのまま自分の首筋に塗りつけた。


 どくんっ!


 歳三の体が一瞬だけ赤く光り、震えた。


 普段は髪の毛で隠されている右の首筋には、紅い石が埋め込まれている。


 天牙の民としての能力を封じ込めている、核石。  


 その石の輝きとともに、歳三の体が若干変化した。


 頭部からは狼の耳がぴんと生えた。羽織に隠されて半分ほどしか見えないが、臀部からもふさふさの尻尾が生えている。


 元から紅かった瞳は、より紅く光を放っている。


 人狼。


 そう呼ぶに相応しい姿だった。


 人間ではなく、天牙の民としての本来の姿。


 人間ではなく狼を起源とする種族であり、それゆえに普通の人間よりも優れた身体能力を持つ天牙の民。人間に交じって生活するため、普段は封じてある狼としての能力を、解放したのが今の歳三の姿だった。


「さてと。では一気に片を付けさせてもらおう。あまり長時間この姿でいると、色々と不味いのでね」


 そう言って黒装束に攻め込んだ歳三は、さっきまでとは別人だった。


 スピードも、膂力も、あきらかに人間の範疇を超えていた。


「…………」


 短刀一本では防ぎきれないと瞬時に判断したのか、黒装束は腰から二本目の短刀を取り出した。黒装束の本来の戦闘スタイルは二刀流ということだ。


「……っ!!」


 しかし先ほどまでとは段違いの歳三の剣戟を、黒装束は二本の短刀を交差させて全力で地面に踏ん張っても防ぎきれず、そのまま燃え盛る炎の中に吹っ飛ばされる。歳三もそのまま炎の中に飛び込んだ。今の歳三は身体に強い魔力を帯びているので、多少の炎はダメージにならない。


「はあっ!」


 炎と煙で視界が塞がれている中、気配のみを頼りに刀を振り下ろした。


 ガギィン!


 だが、その剣も交差させた短刀二本で受け止められてしまった。今度は吹っ飛ばされない。しっかりと地面に踏ん張っている。


「……?」


 歳三は違和感を覚えた。炎の中で、雷のような弾かれる魔力を感じたのだ。


 バチバチ……


「……何だ、お前は」


 歳三の刀を受け止めつつ、紫電を纏っている黒装束。魔力を開放しようとしているのだろうか。だが先ほど仲間に転移呪符を投げつけた時には、魔力を込めた気配はなかった。血液を付着させたのみだ。それなのに、今は強い魔力を感じる。


「ぐっ……」


 黒装束が辛そうに呻いた。歳三の攻撃に対してではなく、自ら纏っている紫電に対して苦しんでいるように見える。


「…………」


 歳三は黒装束を包む紫電の魔力を注意深く観察する。それは黒装束自身から発している魔力ではなく、黒装束自身を封じている魔力の綻びだった。


「お前……」


 この黒装束には強力な魔法がかけられているらしい。しかも本人の意志や力を封じるような、極めて悪質なものが。


「…………」


 歳三は自分がどう行動するべきか考える。


 意志を封じているのならば、目の前の人間はただの操り人形だ。大きな組織に利用されているだけに過ぎない。術を解いて助ければ、うまく情報を手に入れられるかもしれない。


 だがもしも自身を押さえつけている魔法が解けても、黒装束の敵意が自分に向いたままだったら。その時は完全開放された、驚異的な力が襲い掛かってくることになる。


 どうする……?


 第一、歳三は魔法に精通していない。魔力は持っていても、それは簡単な衝撃波として放つか、自らの肉体強化に利用する程度だ。なので解呪しようとするならば、力任せの魔力を目の前の黒装束にぶつけるしかないのだ。強力な魔法ならそれでも解けない可能性もあるし、解けたとしても黒装束には重傷を負わせることになる。


「あ……ァ……」


 黒装束の纏う紫電は力を増している。どうやら本格的に解けかかっているらしい。


 歳三は攻撃をやめて、成り行きを見守ることにした。


 炎の中で、紫電が走る。


 やがて強力な魔力によって黒装束の衣服が破裂した。損傷が激しいのは頭部の布で、初めて黒装束の素顔があらわになる。


「なっ……!?」


 精悍な顔つき。琥珀色の瞳。


 天牙の民の証である、能力解放時の耳と尻尾。


 そして何より、忘れようのない面影。


「か、かも……?」


 歳三の口から洩れる、大切な友人の名前。


 芹沢鴨せりざわかも


 いや、違う。


 彼女は死んだ。


 他でもない、歳三たちを守るために。


 彼女は……いや、目の前の彼は……


「い、斑鳩いかる……?」


 託された願い。


 果たすべき約束が、目の前にあった。


「い……か……る……?」


 鴨とよく似た青年、斑鳩はかすれた声で首をかしげた。


 斑鳩という名前が自分を示していると分からないのだ。


「いか……る…………?」


 再び名前を口にする。


 確かめる様に。


 辿る様に。


 そして……


「………………」


 倒れた。


「斑鳩!」


 歳三は慌てて倒れた斑鳩に駆け寄る。まだわずかに意識を残しているらしい斑鳩を抱き上げ、そして深手を負っていないかなどを確認する。


 魔力の反発による擦過傷や歳三に吹っ飛ばされた時に木の破片で抉れた傷はあるが、それ以外は致命傷となる様な傷は負っていない。


 その事を確認して、歳三はホッと息をついた。


「鴨……約束は果たすよ。貴女の半身は、私が守る」


 腕の中で意識を失った斑鳩を見つめて、歳三は今は亡き大切な友人への誓いを口にした。


「斑鳩」


 歳三はもう一度、斑鳩の名前を口にした。


 彼自身も知らない、彼の半身がつけた名前。



 そして意識を失ったままの斑鳩を担いで炎の海から抜け出した歳三が最初に聞いたのは、


 ぐぎゅるるるるるる………………


「………………」


 飢えた狼の様な、斑鳩の腹の虫の主張だった。


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