星空への誓い
その夜、斑鳩は屋根の上に寝転がって星を見ていた。
山の中にいた頃も、よくこうやって屋根の上に登って星を見上げていた。
斑鳩がそんな行動に出る時は、大抵が考え事をしたい時だ。
満天の星空を見上げて、自分の存在の小ささを自覚しながら、自分に何が出来るのか、何をしたいのかを考えるのだ。
「山南……敬助……」
人間に深い恨みを持つ新撰組総長。
龍馬達が去った後に、彼女は斑鳩に問いかけた。
『斑鳩君。世界のどこにも居場所が無い者は、どうすればいいと思いますか?』
眼鏡の向こうの冷静な瞳で斑鳩を見据えながら、敬助は問いかけたのだ。
『一つはそれでも居場所を探すこと。もう一つは新しい居場所を自分たちで作ること。そして最後の一つは、他の誰かの居場所を奪うこと』
『………………』
『貴方なら、どれを選びますか?』
敬助が斑鳩の正体に対してどこまで気付いているのかは定かではない。
しかし彼女の答えはきっと最後の一つだろう。
人間を殺し尽くして、天牙の民の居場所を手に入れる。
彼女の憎悪を昇華させる方法は、きっとそれだけなのだ。
では斑鳩の答えは?
斑鳩自身は、どれを選ぶのか。
「分かんねえ、なあ……」
存在しない居場所を探すことも、新しい居場所を作ることも、斑鳩には無理なように思える。
一番現実的なのはやはり、敬助のように他者の居場所を奪い尽くして自分たちの居場所を手に入れることだろう。
「だけどやっぱり、その為に多くの人間を殺すのは違う気がするんだ」
違う気がする。
気がするだけ。
斑鳩には天牙の民が人間達からどれだけの迫害を受けてきたのか、どんな扱いを受けてきたのかを知らない。
自分自身が天牙の民から切り捨てられた事実はあっても、それを恨もうという気持ちはない。
だから斑鳩に天牙の民の、敬助の憎悪を理解することは出来ないのだろう。
憎悪の感情を知らない斑鳩には、彼女たちの想いは理解できない。
止める資格も、説得する権利も、きっとないのだろう。
「だけどなぁ……俺は一体どうするんだろうな……」
その時が来たら、どうするのか。
敬助だけでなく歳三までもが同じ結論に至ったならば、斑鳩は止めるだろうか。
人間と天牙の民。
いや、人間と土方歳三。
この二つなら、斑鳩は間違いなく歳三を選ぶ。
だけど歳三が自分たちを守るために人間を殺すと決めたのならば、同じように斑鳩も人間を殺すことが出来るだろうか。
「……龍馬さん達なら、何て言うんだろうな」
考えがぐちゃぐちゃになりかけたところで、坂本龍馬と高杉晋作のことを思い出す。
不思議な雰囲気を持つ二人。
斑鳩は首飾りに加工した紫水晶をつまみあげる。
「……やっぱりどんな風に使うのか分かんねえな」
使い方は自分で考えろと言われたが、やはり分からない。
魔力はほとんど感じないので術式だけが込められているのだろう。
しかしどんな術式が込められているか分からない物を迂闊に使うことは出来ない。
術式によってはどんなことが起こるか分からないからだ。
危害を加えるつもりはないと言っていたが、それをそのまま鵜呑みにするほど素直な性格でもない。
斑鳩は魔法師ではないので術式の解析も出来ないし、結局のところは宝の持ち腐れに近い。
「居場所を与える……か……」
斑鳩は自分のことだけで手一杯なのに、龍馬達は居場所のなくなった子供達に居場所を与えて、仕事を与えているらしい。
共同体と言っていた。
「すごいなぁ……」
どんなことをしているかも分からないし、本当のことを言っているかも分からない。
だけど目標があるというのは本当だと思う。
龍馬と、晋作と、子供達が目指す目標。
それは一体どんなものなのだろう?
その目標を達成するためには、どれだけの犠牲が払われるのだろう。
「多分、少なくない人を殺してるんだよな、あの人も……」
斑鳩は気付いている。
龍馬と晋作に染みついていた血の匂いを。
長い間、何人も何人も殺してきた者だけが持つ、どうしようもない気配。
どれだけ親しげに話していても、どれだけ明るく振る舞っていても、戦闘を生業にしてきた斑鳩にはどうしてもそれを感じ取れてしまう。
彼らはきっと、選んでいる。
目的を果たすためにはどんな犠牲も厭わないことを。
それがどんなものなのかは分からないけれど、その覚悟だけは感じ取れた。
「……俺も、いつかそんな覚悟をする時が来るのかな」
どれだけ鍛えても、人を殺すことが出来なかった。
戦士としては出来損ないもいいところだ。
それでも誰かを、何かを守りたいと思っていた。
こんな自分でも守れるものがあると信じていた。
何を守りたいのかも、誰を守りたいのかも定かではなかったのに。
「だけど、今は」
はっきりと言える。
何を守りたいのか。誰を守りたいのか。
その為には、覚悟がいる。
自らが血に染まり、手を汚す覚悟。
斑鳩の守りたい者がいるのは、そういう世界なのだから。
「俺はきっと、お前の敵になる」
それは、小さな覚悟。
血を分けた妹への、敵対の誓い。
「鴨……俺は、あいつを守るよ」




