ちゃんちゃんこ似合ってます!
「龍馬ぁぁぁぁ!!」
入ってきたのは総司よりも小さい、十二歳くらいの男の子だった。
金色の髪に赤い瞳。
華奢な体つきに反して、その顔つきだけはどこか大人びている、不思議な雰囲気を持つ子供だった。
そしてなぜか赤いちゃんちゃんこを着ている。
子供なのに。
「おお晋作。どおいた?」
「どうしたじゃねえ! このくそ忙しい時期に何油売ってやがる!」
「まあまあ、落ち着きいや。晋作」
「………………」
端から見ていると癇癪を起こした子供を大人が宥めているようにしか見えないのだが、どうにも会話の内容が微妙だった。
働かない大人を仕方なく子供が責めている、みたいな。
「すまんにゃあ。だけどほれ。こっちはこっちでいろいろと面白いことになってるがぜよ、晋作」
龍馬はニヤリと笑って斑鳩達の方に視線を向ける。
「………………」
晋作は驚いたように斑鳩と総司を見た。
「?」
「??」
自分よりも年下の子供に値踏みするような視線を向けられて戸惑う斑鳩達。
「ふん。なるほどのぅ」
やはりそのしゃべり方も態度も、子供らしくない。
まるで精神だけ老人のようだ。
「あ、あの……その子はいったい……」
晋作の視線に耐えかねた斑鳩が助けを求めるように龍馬に問いかけた。
「ああ。紹介が遅れてすまんのう。こいつは高杉晋作。ワシの友達ぜよ」
龍馬は晋作を膝に抱き上げてから紹介する。
「……はあ。随分と歳の離れた友達ですね……」
友達というよりも親子と言った方が自然な二人だった。
龍馬が面倒を見ている子供の一人だろうか、などと推察するが、
「確かに歳は離れてるにゃあ。でも友情に年齢は関係ないぜよ」
「そりゃあ確かに」
とりあえず正論なので頷く斑鳩だが、それでも龍馬の膝の上にちょこんと納まっている晋作を友達として見るのは無理があった。
「……龍馬。こいつら絶対勘違いしとるぞ」
「へ?」
斑鳩達の視線を受けて不快そうに眉をしかめた晋作は口を尖らせてそう言った。
「言っておくが儂は今年で六十じゃぞ」
「……は!?」
「ほえ?」
サラサラの金髪。
大きな赤い瞳。
華奢な体つき。
皺一つないみずみずしい肌。
そのどれもが老人の、還暦を迎えた老人のそれではなかった。
「普通はそういう反応でしょうね」
あんぐりと口を開いたまま固まってしまった斑鳩達とは対照的に、敬助だけは落ち着き払ってお茶を飲んでいた。
どうやら知っていたらしい。
「ろ、ろくじゅう……?」
「そうじゃ」
龍馬の膝の上でえっへんと胸を張る晋作。
やっぱりその様子は子供のそれにしか見えない。
しかしそれならば先ほどまでの子供らしくない顔つきや物言いにも説明がついてしまう。
「すっごーい。しんちゃんってとっても若作りが上手なんだね!」
総司だけがはしゃいだようにそんなことを言う。
しかもいつの間にか『しんちゃん』呼ばわりだ。
「誰が若作りじゃ!」
「え? 褒めたつもりだよ?」
しかし晋作は総司の言葉が不服だったようで怒りだしてしまった。
「褒めとらんわ! 見ろこの赤いちゃんちゃんこの見事な着こなしを!」
「………………」
赤いちゃんちゃんこを着ていたのはそういう意味だったのか……などと斑鳩が納得したような痛々しい見てしまったような、生温かい視線になってしまっていた。
「晋作。言っちゃあ悪いがあんまり似合ってないぜよ、それ」
「なっ……!」
晋作を膝に乗せた龍馬が追い打ちをかける。
「じゃけんど晋作は優秀な魔法師がぜよ。ただちょっと優秀すぎて肉体年齢まで止まってしまったっちゅうか、なあ?」
「む……確かに儂は優秀じゃ。お主と違ってな」
「わかっちゅうわかっちゅう。だからあんまりカリカリせんでくれ、晋作。ワシはこん人達とは仲良うなりたいんじゃ」
「ふん。わかっとるわい。好きにせえ」
晋作は腕を組んだまま龍馬の胸板に寄り掛かっていた。どうやらそのまま寝るつもりらしい。
まさに人間椅子だった。
「すまんのう。晋作は見ての通り癇癪持ちでの」
「誰が癇癪持ちじゃ!」
寝入ろうとした晋作が再び龍馬に噛みついた。
その様子は癇癪持ちの子供そのものだ。
「あははは……魔法師ってことはやっぱりその若さも魔法によるものなんですか?」
変身魔法を使えば可能なことに気が付いた斑鳩はそんな質問をしてみるのだが、晋作はけっ、とつまらなそうに吐き捨てた。
「ふん。変身魔法などというちゃちなものと一緒にするでない。儂のこの姿は正真正銘本来のものじゃ。儂はな、この世界にとっては異端そのものなのじゃよ。じゃから当たり前のように老化していくことはない。この世界の法則に縛られない存在じゃからな」
「………………」
その話を聞いた斑鳩は、何かに似ていると思った。
異端。歪み。
それはどこか、天牙の民の在り方と似ているのではないだろうか。
「ふん。馬鹿なように見えて頭の回転は案外悪くないようじゃの。お主の思っている通りじゃよ。じゃがその話はここではやめておくべきじゃな。誰も好き好んで自らの身を破滅に追いやりとうはないじゃろう」
「……そうですね。ここではやめておいた方がいい」
子供とは思えない、底知れない笑みを見せる晋作に対して、慎重に答える斑鳩。
思考を読まれたのを確信した斑鳩は、ここでようやく晋作の恐ろしさを認めた。
今年で六十だというのも、おそらく真実だろう。
「龍馬。そろそろ満足じゃろう。顔見せも済んだし儂らはおいとませんか?」
「むう。もうちょっと斑鳩君たちと話していたかったのににゃあ」
「……私はおまけですか」
いつの間にか脇に追いやられている敬助が若干不快そうにつぶやいた。
本来は敬助と食事を摂るていた筈なのに。
「ん? ああ、すまんすまん。すっかり忘れとった」
「………………」
敬助の眉がぴくりと跳ね上がる。
ちょっとだけ可哀想になった斑鳩だった。
「まあ、いいですけどね。私たちは友人関係というわけではないので」
「分かってるならいちいちムカつかんでほしいぜよ」
「友人でなくとも最低限の気遣いはするべきだと言っているんです」
「無理ぜよ。ワシは空気の読めん男じゃからの~」
「……確かにそうでしたね」
「……いや、そこは開き直るところでもないような……」
ピリピリとした空気を感じ取った斑鳩が困ったように口を出す。
龍馬は晋作を抱えて立ち上がる。
座っている時には気付かなかったが、よく見ると随分と背の高い男だった。
「ワシはおまんが気に入ったぜよ、斑鳩君。また会った時にはぜひ声を掛けて欲しいぜよ」
「はい。俺も龍馬さんとはまた話をしたいと思っています。もちろん、晋作さんとも」
「ふん。儂はお前となんぞ話しとうないわい」
「晋作」
つっけんどんな態度を取る晋作に対して、龍馬が窘めるように額を叩く。
「ふん」
しかし晋作の方は態度を改める気はないらしく、そのままそっぽを向いてしまう。
「そのちゃんちゃんこ、よく似合ってますよ。晋作さん」
斑鳩は駄目元で晋作のちゃんちゃんこを褒めてみる。
今までの様子を見る限り、晋作はちゃんちゃんこにかなり拘っているようだ。
「………………」
ぴくり、と晋作の肩が揺れる。
「……本当に、そう思ってるか?」
「ええ。晋作さんの底知れなさを知った今はね。そのちゃんちゃんこは晋作さんにこそ相応しい!」
……我ながら苦しすぎる持ち上げ方だなあ! などと内心焦りながらも、なんとか言葉を続ける斑鳩。
しかしその努力は無駄にはならなかった。
「そーかそーか! やっぱり儂の威厳にはこのちゃんちゃんここそ相応しいか! はっはっはっ! お主中々見る目があるのう!」
「は、はあ……。ありがとうございます……」
ある意味子供らし過ぎる単純さだった。
高杉晋作を手懐けたければちゃんちゃんこを褒めればいいだけなのだった。
龍馬の腕から飛び降りて、斑鳩の肩をばんばんと叩く晋作。
「よしよし。そんなに言うならまた会うてやってもよいぞ。そうじゃ。お主にはこれをやろう」
晋作は懐から宝石を取り出した。
球形の紫水晶。
「……これは?」
紫水晶を受け取った斑鳩は晋作に問いかける。
「魔法具じゃよ。どんな効果があるかは次に会うた時に教えてやる。ま、お主に危害を加えるようなものではないから安心せい」
「はあ……。ありがとうございます。大事にします」
「大事にはせんでええ。所詮魔法具なんぞただの消耗品じゃからの。有効に使ってくれればそれでええ」
「有効に、ですか」
「どう使うかはお主が自分で考えればええ」
「はい」
斑鳩は紫水晶を懐にしまいこむ。
「いーなー! ぼくも何か欲しい~!」
それを見ていた総司が羨ましそうに晋作を見上げる。
「ふん。儂のことを若作りなどほざく小娘にやるものなんぞないわい」
……結構根に持つ性格のようだ。
「…………ちゃんちゃんこ、似合ってるよ!」
「………………」
二番煎じだった。
しかも何の捻りもなかった。
「ふん……」
しかしある意味単純だった晋作にはそれなりの効果があったらしい。
晋作は右手に魔力を集めて何か術式を構成する。
「??」
それを見て総司が首を傾げる。
そんな総司に構わず晋作は脇に置いてあった総司の刀にその術式を組み込んだ。
バシンッと電撃を弾かせながら刀が一瞬だけ光を帯びる。
「わあっ! ぼくの刀に何したの!?」
総司が慌てて自分の刀を手に取って確認する。
「慌てるな愚か者。ちいっと強化してやっただけじゃ。お主はどうも刀を壊しすぎるようじゃからな。これでちょっとはマシになるじゃろ」
「ほえ? 壊れにくくなったってこと?」
「そういう事じゃ。少なくとも一年は保つじゃろうよ」
「……つーか、総司。お前そんなに刀ぶっ壊してんのかよ……?」
斑鳩にとっては初耳な事実だった。
「あう……。わ、わざとじゃないもん!」
「総司は華奢に見えて馬鹿力ですからね。普通の刀では二ヶ月保たないんですよ。だからといって名刀を保たせてもやはり一年保たないので。総司にとっての刀は完全に消耗品扱いなんですよ」
「な、なるほどなぁ……」
「けいちゃんひどい! 人を壊し魔みたいに言わないでよ!」
「壊し魔でしょう」
「うん。壊し魔だな」
「いっきーまで!!」
その頻度で壊しているのなら間違いなく壊し魔だろう、と斑鳩は頷いた。
味方のいなくなった総司は刀を抱えてうなだれる。
「ふん。一年分は刀の費用を浮かせてやったんじゃ。感謝せい」
そんな総司にもお構いなしに偉そうにふんぞり返る晋作。
「うん。ありがとうおじいちゃん!」
「おじいちゃん言うでない! 儂はまだまだ現役じゃ!」
「………………」
子供扱いすれば怒り、ちゃんちゃんこを似合うと言えば喜び、おじいちゃんと言えば怒る。
難しいようで簡単なようで、やっぱり難しい男だった。
「ふん。もうええ。行くぞ、龍馬」
「ああ。じゃあまた会おうぜよ、斑鳩君。ついでに山南さんと沖田くんも」
「ええ。また会いましょう」
「私はついでですか……」
「ばいばーい!」
こうして、坂本龍馬と高杉晋作は去っていった。
この二人との出会いが、今後の斑鳩の運命を大きく変えることになる……かもしれない。




