坂本龍馬ぜよ!
「初めましてぜよ! ワシは坂本龍馬言うぜよ!」
「は、はあ……どうも……斑鳩です……」
敬助に誘われて総司とともに昼食を一緒に摂ることになった斑鳩だが、そこにいたのは敬助だけではなかった。
斑鳩が総司と一緒に来ていたように、敬助にも連れがいたのだ。
彼の名前は坂本龍馬。
敬助とは違い服の手入れも髪の手入れもいまいちずぼらな感じのする中年男性だった。
ウェーブのかかった黒髪を軽く後ろで縛っているだけで、どうにもぼろぼろな印象を受ける。
しかしそんなことはお構いなしに快活に笑う姿は、どこか力強いものも感じるのだった。
龍馬に差し出された手を握り返しながら、斑鳩は半笑いで答えた。
どうにも龍馬のテンションについていけていないらしい。
「えーっと、そちらのお嬢さんは……」
龍馬が総司の方を向く。
「沖田総司だよっ!」
総司は持ち前の素直さで明るく名乗りを上げた。
すると龍馬は一瞬だけ固まった後大きく口を開けた。
「へ!? 新撰組の一番組長じゃないがぜよ!?」
「そうだよ~」
驚く龍馬に軽い調子で頷く総司。
龍馬の反応もわかる。
普通は驚く。
響都では知らぬ者のいない新撰組の一番組長が、まさかこんな子供だといったい誰が思うだろう。
「……おっどろいたにゃあ! まさかあの有名な天才剣士がこんっな可愛らしい女の子じゃったとは!」
龍馬は総司をまじまじと見つめながらそう言った。
「ふふふ。総司は新撰組でも一・二を争う剣の腕を持っていますからね。将来的にはかなり期待できる逸材ですよ」
その横から敬助がお茶をすすりながら補足する。
「けいちゃんひどい! ぼくは今だってちょー逸材だもん!」
しかし総司にとってその評価は不満だったらしい。
どこか子ども扱いされているのが気に食わなかったのだろう。
「そうでした。あとはバーサーカー化を完全に制御できるようになれば一人前なんですけれどね」
「あう~。それを言われると痛いなぁ~」
敬助の指摘にうなだれる総司。
確かに総司が自分の力を完全に制御できるようになれば無敵に近いだろう。
「?」
注文したにしんそばをすすりながら、自分に向けられた視線に気づく斑鳩。
「あの、俺の顔に何かついてます……?」
自分の顔をじっと眺めている龍馬の視線を感じた斑鳩は、居心地が悪そうに肩を竦めた。
「目と鼻と口がついてるぜよ!」
「………………」
ついていなかったら大変なパーツだった。
「そういえば苗字を訊いてなかったぜよ」
「………………」
「? もしかして言いにくい苗字だったりするがぜよ?」
「えっと……俺は元々孤児なんで自分の名字は知らないんですよ」
斑鳩はちょっと困ったようにそう答えた。
芹沢という名前は敬助や総司の前で出すべきではなかったからだ。
「あっちゃ~。そりゃあ悪いことを訊いたぜよ」
「いえ。気にしてないんで大丈夫ですよ」
申し訳なさそうに謝る龍馬を見て、斑鳩の方が若干罪悪感を覚える。
「それにしても孤児とは。まっこと奇遇ぜよ!」
「へ?」
次の瞬間には明るい笑顔を取り戻した龍馬を見て、呆気にとられる斑鳩。
「ワシもな、今は行き場をなくした子供たちの面倒を見ているぜよ」
「孤児の面倒を? 孤児院か何かでも経営してるんですか?」
「いんや。いくらなんでも子供たちにただ飯食わせちゃれるほどワシも裕福じゃない。居場所を与えて、仕事を与えて、なんとかやってるぜよ。孤児院っちゅうよりは共同体みたいな感じぜよ」
「共同体。なるほど、なかなかに合理的ですね」
「にゃ~。色々と苦労も多いけんど、ワシもあの子らも目標っちゅうもんがあるけんの。今はそれにまっしぐらぜよ!」
「目標?」
「……ま、それは秘密ぜよ。斑鳩君が土方さんの小姓をやめてワシのところに来てくれるっちゅうなら教えてもいいけんどのっ!」
「はあ……というか、よく知ってますね、そんなこと」
新撰組の中でも斑鳩の事を知っているのは幹部くらいのものなのに、どうして外部の人間である龍馬がそんなことまで知っているのか。
斑鳩は若干龍馬に対する警戒を強めた。
「にゃあ。そんな警戒せんでほしいぜよ。そのあたりの話は山南さんから訊いただけじゃけん」
斑鳩の警戒を感じ取ったのか、龍馬は眉をハの字にして頭を掻いた。
「山南さんから?」
斑鳩が敬助の方を見る。
「ええ、まあ。新撰組の中でも珍しい話題だったのでつい……」
斑鳩に責めるような視線を向けられて、困ったように言いわけする敬助。
「とくにトシさんにも口止めはされてませんでしたしね」
「ま、まあ……それはそうですけど……」
「それとも斑鳩君には知られて困るようなことがあるのですか?」
「………………」
穏やかな口調だが、探るような視線を向けてくる敬助。
なるほどこれは確かに油断ならない相手だ、と斑鳩は生唾を呑みこむ。
元々敵であったことも、芹沢の血筋であることもまだ敬助は知らないはずだ。
ここでボロを出すわけにはいかない。
事実を隠したまま保護してくれている歳三のためにも、そして斑鳩自身のためにも。
「ないとは言えませんね。誰だって後ろ暗いことの一つや二つくらい、抱えているものですから。それは山南さんも同じではないですか?」
斑鳩は歳三とのやりとりを思い出しながら言葉を選んだ。
何もないと言うのは簡単だが、それでは相手に隙を見せるようなものだ。
あからさまに怪しいことを抱えている立場なのだから、ここは相手を牽制しつつ詮索を拒む言い方をするのが正しい。
駆け引き、腹の探り合い、言葉の応酬。
斑鳩は性格的にそういう事には向いていない。
しかし歳三の傍で彼女を支える立場である以上、そんなことは言っていられないのだ。
自分に出来る事ならなんでもやる。
出来ないことなら努力して出来るようになる。
歳三の傍にいて、歳三の姿から学んで、斑鳩は色々な意味での成長を見せていた。
「……なるほど。確かにその通りです。いやはや。トシさんの気まぐれかと思いましたが、なかなかどうして君は面白い」
斑鳩の答えが気に入ったのか、敬助は凄味のある笑みを見せた。
元々整った顔をしているので、そういう笑い方をすると迫力がある。
「ねぇいっきー。さっきから難しい話してる? ぼくにはよく分かんないんだけど……」
斑鳩の正体を知っている総司だが、そんなことをおくびにもださずにただ子供らしく首をかしげる。
総司も敬助の怖さを知っているのだろう。
子供であるゆえに無知を装うしたたかさを彼女は持っている。
そんな総司に感謝しつつ、その歳でそんな風にならざるをえなかった総司が少しだけ痛ましかった。
「大人の話だよ。総司は気にせず飯でも食ってな」
「むー! また子ども扱いする! 」
総司がほほを膨らませて斑鳩を睨む。
半分くらいは本気で拗ねているのかもしれない。
なので少しだけサービスしてやることにした。
「悪い悪い。あんみつおごってやるから機嫌直せ」
「ほんと!?」
「ああ。そいつを食い終わったら注文していいからさ」
「わーい!」
総司は大喜びで天丼をかっこみ始めた。
このあたりは子供らしい素直さを残しているので斑鳩としても微笑ましい気分になる。
「ふうん。なるほどなるほど。なかなか面白い光景ぜよ」
そんな芝居じみたやり取りを眺めていた龍馬が、興味深そうに斑鳩と総司、そして敬助を眺めていた。
しかしそんな龍馬ののんびりさを打ち払うように、どたどたと荒々しい足音が近づいてきた。
そして足音の主は斑鳩達のいる個室の戸を乱暴に開けた。




