インテリ眼鏡総長との出会い
それから数日後。
斑鳩はいつものように歳三から言いつけられた仕事をこなした後、一息入れようと台所へとお茶の用意をするべく移動していた。
ついでだから歳三の分も淹れてやるか、なんて考えながら板張りの廊下を歩く。
すると背後の方から元気のいい足音が聞こえてきた。
小走りで斑鳩の方へと近づいてくる足音。
その足音の種類は、斑鳩にとってはもうすっかり馴染んでしまったパターンだった。
「………………」
斑鳩はじっと気配を探りながらタイミングを測っていた。
「とおっ!」
「む!」
自分に飛びついてくる気配を感じて、すっと体をずらす斑鳩。
「ふぎゃっ!」
すべしっ、と無様に転倒する少女が一人。
総司だった。
「うにゅ~……いっきー酷い……何も避けなくてもいいじゃんか~……」
うつぶせで唸りながら涙目で斑鳩を見上げる総司。
「無茶言うなよ、総司。いつもいつも背後から人の首めがけて飛びついてこられてたまるか。つーか最初は死ぬかと思ったぞ、首が締まって」
「だって首が一番腕をまわしやすいんだもん!」
「だもん、じゃねえよ……」
そのたびに全体重を載せて首を絞められたらたまったものではない。
もちろん総司に悪気はない。
悪戯心くらいはあるかもしれないが、これは単純に懐いているだけなのだ。
総司の訓練に付き合うようになってから、とにかく暇さえあれば総司は斑鳩にくっついている。
ここまで誰かに懐かれるのは初めての経験なので、斑鳩としても邪険にできないでいるのだ。
「いっき~! 今ヒマ?」
起き上がった総司がそう訊いてくる。
「ん? 暇そうに見えるか?」
これでもようやく暇になったところなので訓練だけは勘弁してもらいたい斑鳩だった。
「いっき~。そんな嫌そうな顔されるとぼくも傷つくんだけど……」
「ああ……悪い悪い。でもさ、やっと仕事が終わったところで、できれば一休みしたいんだよ、俺としては」
「うん、つまりはヒマなんだね!」
キラキラの笑顔で断言する総司。
「……うん、つまりは俺の意志を考慮する気は全くないわけだな……」
がっくりと肩を落とした斑鳩はお茶を用意することを早々に諦めた。
「えへへ! だからいっきー大好き!」
「………………」
まあ、年下の少女にこんな風に懐かれるのは悪い気はしないのでまあいいかとも思う。
……決してロリコン的な意味ではなく、純粋になごむ的な意味で。
訓練だけは勘弁してほしい、と思った斑鳩だったが、その心配は無用に終わった。
二人が向かった先は居酒屋だった。
総司の方も今日の仕事はすべて終わっているらしく、お腹が空いたので誰か一緒に昼食を食べてくれる人を探していたらしい。
「あら、総ちゃんいらっしゃい」
「こんにちは~、砂雪さん」
居酒屋に入ると赤い髪の女性が迎えてくれた。
総司と仲良く話しているところを見ると、どうやら馴染みの店らしい。
「あら、こちらの方は?」
砂雪が斑鳩の方に視線を向ける。
不思議そうに首をかしげる姿は、なんだか小動物を連想させる。
「いっきーだよ!」
総司が綽名の方で紹介する。
「いっきー? 変わった名前ねぇ」
「……いや、本名じゃねえから、それ」
いっきーさん、とか呼ばれてはたまらないのできちんと『斑鳩』という名前を教えてやる。
「なるほど。いっきーさんですね」
「………………」
いっきーさんで確定してしまった。
ちょっぴり切なくなる斑鳩だった。
砂雪に案内されたのは二階の個室だった。
もちろん完全な個室という訳ではなく、廊下側から格子越しに中をのぞけるようになっている。
「奥の部屋でいい?」
「いいよ~」
個室の並ぶ二階の廊下を通り過ぎながら、砂雪と総司の後ろからついていく斑鳩。
まだ昼間だからか、二階の方はそこまでにぎわってはいないようだ。
十ほどの個室は三つほどしか埋まっていない。
「総司」
目的の部屋へと入る寸前、手前の部屋にいる客から声をかけられた。
「ふえ?」
声をかけられた総司はその声に振り返る。
とても落ち着き払った、頭のよさそうな女性の声だった。
「奇遇ですね、総司。こんなところで会うとは」
その女性は薄手の眼鏡を指で軽く上げながら、総司に笑いかけた。
黒い髪にわずかに赤い瞳。
天牙の民の特徴が色濃く出ている。
肩までくらいの髪を後ろで束ねて、髪留めで上げている姿は、どことなく上品だった。
「けいちゃん!」
「???」
「ああ、君はトシさんのところの小姓ですね。確か、名前は斑鳩くん、でしたか」
「え、ああ、はい」
「初めまして。私は山南敬助といいます。一応、新撰組の総長をやらせてもらっています」
「山南さん……ですか……」
山南敬助。
天牙の民の中でも人間への敵意が特に強い女性。
左之助から聞いていた印象とはだいぶ違っていて、若干戸惑う斑鳩だった。
「よかったら、私たちとご一緒しませんか?」
敬助は屈託のない笑顔でそう提案してきた。




