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副長と小姓の押し問答 01

 その夜。


 斑鳩は与えられた私室で大の字になって天井を見上げていた。


 考えなければならないことがあり過ぎて、何から考えればいいか分からなくなっていた。


 元々頭を使うのが得意ではない斑鳩は、一人で秘密を抱え込むのには向いていない。


 あれこれ考えているとこんがらがってきて叫びだしたい気分になってくる。


「うが……」


 ちょうど、そんな感じで唸ろうとしていると、足音が近づいてくるのに気付いた。


「斑鳩。いるか?」


 歳三の声だった。


「ああ。入ってきて構わないぜ」


 斑鳩が答えると同時に襖が開いた。


 斑鳩は畳の上に寝転がったままだったが、歳三は構わず部屋に入った。そしてそのまま斑鳩の横に腰を下ろす。


「どうした? 仕事はもう終わったのか?」


 寝転がったまま、首だけを歳三の方に向けて問いかける。


「ああ。あとはもう休むだけだ」


「そうか。なら早く休んだ方がいい。トシはただでさえ忙しいんだから休めるときには休んでおかないと」


「もちろんそうする。だがこっちも重要だ」


「こっち?」


「斑鳩。お前、昼間に会った奴に心当たりがあるんじゃないのか?」


「………………」


 いきなり聞かれたくない核心から切り出されて、斑鳩は言葉に詰まった。


「……烝から聞いたのか?」


「ああ。烝を助けてくれたことは感謝する。だが話は聞かせてもらいたい」


「……言いたくない。確信もまだないし」


「それを調べるのが私たちの仕事だ。そのためには情報が必要だ」


「知らねえよ。あの女顔隠してやがったし」


「声だけで判断がつかないのか? お前は長い事あの組織に身を置いてたんだろう?」


「初めて聴く声だった」


「………………」


 嘘はついていないと分かったのだろう。歳三はそれに対して追及はしなかった。


 代わりに別の質問を投げかける。


「女だったのか」


「ああ」


「その組織には女もいるのか?」


「そりゃあいるさ。諜報活動における女の使い道はそれこそ無限大だろ?」


「………………」


 その言葉の意味するところを悟ったのか、歳三は不快そうに顔をしかめた。


「ま、その話は置いておくとしても。とにかく俺は下っ端だったから組織についてそこまで詳しくはないんだ。仲間の名前もあんまり憶えてない」


「随分と冷たいんだな」


 敵の組織とはいえ、物心ついたころから共に過ごしてきた仲間たちの顔も名前もろくに憶えていない斑鳩に対して、歳三は若干呆れる。


「冷たくもなるさ。俺はすぐに死ぬ奴の名前なんて憶えたくない。仲良くなってもどうせすぐ死んじまうんだ。辛いだけだろ、そんなの」


「………………」


 どうやらその組織の死亡率はかなり高いらしい。


 死ぬ奴の名前は憶えたくない。


 それは当然の感情だろう。


 誰だって辛くなるだけの記憶は重ねたくない。


「だから俺にはあの女が何者かなんてことは分からない。同じ組織にいたことは確かかもしれないが、そもそも俺は仲間の顔なんて憶えてないんだから」


「それは分かった。だがその上で、お前は何かを知っているんじゃないのか?」


「………………」


「お前が憶えていなくとも、その女がお前にその正体を感づかせるようなことを言ったんじゃないのか?」


「………………」


「……図星か」


 斑鳩の反応が思った以上に分かりやすかったのか、歳三は肩を竦めた。


「頼むから教えてくれ。烝に聞いた話だけでは情報が足りない。その女は今後必ず私たちの脅威になる」


「……あいつの目的は、多分俺だ。だからその脅威は俺が引き受ける。それでいいだろ」


「いいわけあるか。お前を手に入れるために新撰組を潰すんだろう? そいつは」


「それは……」


 可能であるすべての手段を用いて、新撰組を潰す。


 彼女はそう言った。


 それは斑鳩を手に入れるため。


 それが組織のためなのか、それとも彼女自身のためなのかは分からない。


 だけど一つだけ言えるのは、彼女は本気だという事だ。


「……駄目だ。やっぱり言えない」


 それで新撰組が、歳三が不利になると分かっていても。


 それでも言えなかった。


 芹沢鴨が生きている。


 それも多分、最悪の敵として。


 その事実を歳三に告げることがどれだけ酷い事か、斑鳩にだって分かっている。


 だからこそ自分の胸の内だけにしまっておくことを決意したのだ。


「言え」


「断る」


 即答する斑鳩に歳三は忌々しげに舌打ちしてから、寝転がったままの斑鳩の胸ぐらを乱暴につかみあげる。そのまま壁に押し付けてから怒鳴りつけた。


「言え!」


「……っ! 絶対に、言わねえ!」


 一瞬だけ呼吸を封じられて苦しそうに呻きながらも、斑鳩はそう返す。


「………………」


「………………」


 お互いに睨み合いが続く。


 どちらも譲る気がないので睨み合いも終わらない。


「……だったら」


 その均衡を破ったのは斑鳩の方だった。


「俺がここを出ていく」


「なっ!」


「あいつの目的は俺だ。俺がここから出ていけば、俺が原因で新撰組が狙われることはなくなる」


「それは……」


「もちろんそれでも新撰組との衝突はあるだろう。だがそれは響都守護職として負うべきリスクの範囲内だ」


「………………」


「トシ。仲間の安全を考慮するなら、あんたはこの提案を受け入れるべきだと思う」


「………………」


 胸ぐらを掴む歳三の手に、さらに力が入る。


「私は……」


 歳三は答えを出せない。


 仲間の安全。


 友人との約束。


 歳三個人の願い。


 そのすべてが叶えられる道はない。


 何かを諦めなければならない。


 その葛藤が、苦しみが、斑鳩には痛かった。


 歳三自身が縛られている約束は、もう意味のないモノなのかもしれないのだ。


 それを告げることができない。


 斑鳩に言えるのはただ一つ。


「妹との約束なら気にするな。あんたは最初の時点で俺を助けてくれただろ。その後も面倒を見てくれた。もう十分だよ」


「黙れ!」


「………………」


 同じだ、と斑鳩は思った。


 あの時の彼女と。


 何かを繋ぎ止めるような、儚い絆にすがるような、そんな弱々しい震え方。


 伝わってくるその震えが、斑鳩には痛かった。


 望まれているのに、拒まなければならないことが辛かった。


「……もういい」


「トシ?」


「その件はもういい。斑鳩が言わないというのなら、私が調べる」


「………………」


「だから出ていく必要はない」


「でも……」


「必要はない」


「………………」

  

 有無を言わせない強い物言い。


 歳三は時々こういう物言いをする。


 斑鳩はそれが苦手だった。


 そうすることで一番辛くなるのは歳三だと分かってしまうから。


 歳三を傷つけたいわけじゃないのに。


「俺は多分、ここに居ない方がいい。それはトシも分かってるだろ」


「分からない」


「………………」


「分かるつもりもない」


「………………」


 いきなり駄々っ子になった。


 鬼の副長が駄々っ子になった。


 ものすごいレアな状況なのは分かっているのだが、被害を受けるのが自分となると素直に喜べない複雑な斑鳩だった。


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