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選ぶべきは……

 烝は死を覚悟して目を閉じるが、


「烝!」


 その前に斑鳩の短刀が彼女の剣を止めていた。


「あ……」


 烝は自らを守る背中を凝視しながら、その向こうから感じる凶悪なまでに膨れ上がった殺気に声を漏らしてしまう。


「く……!」


 狂気としか思えないほどの意志。


 それを正面から受け止める斑鳩。


「……どうして」


 つぶやきは彼女のもの。


 狂気とともに洩れる声。


「どうして……わたしを……」


「……?」


 それは戸惑い。


 自分が何故斑鳩に刃を向けられているのかが本気で理解できない。


 そういう声だった。


 かつての仲間だから?


 敵対したくないから?


 それだけでここまでの動揺をするだろうか?


 斑鳩と同じ訓練を受けた暗殺者が。


「お前……一体なんだ?」


 そこで斑鳩は初めて彼女に問いかけた。


 彼女は斑鳩自身も最近まで知らなかった天牙の民のことも、新撰組のこともよく知っている。


 組織の中で自分だけ知らなかったわけではないはずだ。


 だからきっと、彼女は組織の中でも特別な位置にいるはずだと斑鳩は推測する。


 特別な位置にいるかもしれない彼女が、斑鳩に対して、斑鳩が向けた刃に対してここまでの動揺を見せている。


 それの意味するところは――――


「わたしは――芹沢斑鳩の為に存在する者……」


「え……?」


「ちょっと……なんでその名前を……!」


 彼女の呟くような声に斑鳩は唖然とし、烝は動揺を露わにする。


 斑鳩という名前だけなら新撰組の中でも呼ばれている名前なので知っていても不思議ではない。


 組織の諜報能力がそこそこ優れていれば掴める情報だ。


 しかし『芹沢斑鳩』という名前だけは別だ。


 彼が芹沢の血縁者であることは、彼の妹である今は亡き芹沢鴨と、そしてその友人である土方歳三。天井裏で盗み聞きしていた山崎烝しか知らないはずの事だ。


 それをどうして外部の人間が知っているのか。


「………………山崎烝を助けたいのですか?」


 今度は消え入りそうな声で、彼女は言う。


「ああ。俺は友達を見捨てるような男になるつもりはない」


「とも……だち……」


 彼女はそうつぶやいて、斑鳩から剣を引いた。


「?」


「あなたが……それを望むなら……」


 そのまま剣を鞘に戻してから、彼女は斑鳩に近づく。


「え……ちょっ……!?」


 彼女はそのまま斑鳩の首に手を回し、抱きついた。


「…………?」


 斑鳩は抱きつかれたまま、彼女を拒めなかった。


 彼女の体が震えていたからだ。


 耐え難い苦痛に耐えるように。


 そこのない空虚を埋めようとするように。


 彼女は斑鳩を求めていた。


 その思いを感じ取った斑鳩は、彼女を拒むことが出来ずにいた。


 彼女が斑鳩に抱きついていた時間は十秒にも満たなかった。


「………………」


 彼女はすぐに斑鳩から離れ、そのままうつむいた。


「ごめんなさい」


「………………」


 そして斑鳩だけに聞こえる声で、


「また、逢いましょう……    ……」


 ありえないことを呟いた。


「っ!」


 斑鳩は咄嗟に彼女を振り返るが、その時にはもう彼女の姿はなかった。


 転移呪符を使って空間転移を行ったらしい。


「………………」


 彼女の消えた場所を凝視しながら、斑鳩は拳を握りしめた。


「斑鳩さん……? 一体何を言われたんですか?」


 ダメージから回復した烝が顎を押さえながら立ち上がる。


「……いや。大したことじゃない」


「言いたくないなら無理には聞きませんけど」


「ああ。悪いな」


「いいですよぅ。あー。それよりもあの人マジで強いですね。いきなりボクのいる場所を見抜いて衝撃波打ち込んでくるし。襲い掛かってきたときも全然反応できなかったし。はっきりいって一対一での戦闘は避けたい相手ですぅ」


「やっぱりあてずっぽうじゃなくて見抜いてたのか」


「見抜いてましたよぉ。そうでもなきゃ衝撃波の威力を凝縮してボクの急所に放つなんて芸当出来るわけないです」


「………………」


「斑鳩さんもあのままやりあってたらただじゃすまなかったと思いますよぉ」


「だろうな。でもまあ、俺は大丈夫だろ」


「何ですかそれ。自信過剰じゃないですか?」


「いや。そういう意味じゃなくて。多分あいつは、俺を殺せない。そんな気がする」


「…………やっぱりさっき言われたこと気になるんですけどぉ」


「教えない」


「………………」


 言う訳にはいかなかった。


 少なくとも新撰組のメンバーには絶対に言えない。



 また逢いましょう……兄さん・・・……



 彼女が、芹沢鴨が生きているかもしれない。


 それもよりにもよって敵として。


 その事実は新撰組にとって、歳三にとってあまりに残酷だ。


 彼女が本物であれ偽物であれ、知られるわけにはいかない。


 それにもしも彼女が本物だとすれば、斑鳩は妹を敵に回すことになるかもしれないのだ。


 いつか、選ばなければならない時が来る。


 新しい居場所か。


 それともたった一人の家族か。


「きっと、選ばなかった方を殺すことになる……」


 斑鳩は秘密を抱えたまま、辛そうに目を伏せた。


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