彼女の真意
「説明の続きは私が引き継ぎましょう」
境内の裏から黒装束が姿を現す。
「………………」
斑鳩がかつて所属していた組織の黒装束だ。
「誰だ、お前」
斑鳩は二本の短刀を構えて黒装束に対峙する。
「その様子だと組織に戻るつもりはないようですね。紅牙」
「………………」
女性の声だった。
あの組織には女性も存在していたが、斑鳩はその声に聞き覚えがない。
「ああ。それよりも説明が先ですね。山崎烝が説明していたように、世界の歪みは人間には感じ取れません。上位の魔法師が感覚を研ぎ澄ましてようやく、というのが通常ですね。ですがあなた達天牙の民ならば本来の感覚を取り戻すだけで感じ取れるでしょう」
誰だ、という斑鳩の質問には答えず、最初の宣言通り烝の説明を引き継いだ。
「天牙の民は世界の歪みが生み出した存在ですから。歪みそのものと同調しているのですよ。だから天牙の民の感覚でここの世界を感じれば、その異常が感じ取れます」
「………………」
言われて、斑鳩はその通りにしてみる。
歳三に言われた通りに、己の血液を脇腹の核石に付着させ、天牙の民としての力を開放する。
耳と尻尾が生え、今まで使われていなかった力が解放される。
「………………」
その様子を見て、黒装束の女性は息を呑む。
その瞳には焦がれるような光があった。
求めていたものに出会えたような、そんな光が。
「では視力以外のもので世界を視てください。見るではなく視るのです。分かりますよね?」
それでも彼女は自分の欲求よりも斑鳩への宣言を守ろうとする。
彼女は斑鳩に対して嘘はつかないと決めているのだ。
「ああ……」
視力以外のもので視る。
それは物心ついたころから積んできた訓練のひとつだ。
気配を感じ取り、対応すること。
目に見える風景はこの際邪魔になると判断し、斑鳩は目を閉じた。
閉ざされた視界の中で、世界を感じ取るように。
「あ……っ……くっ……」
視界が反転する。
本当の姿。
本来の世界。
脈打つ鼓動のように揺れる大気。
空を覆う紅いひび割れ。
その向こうに広がるのは、果てのない次元の海。
「これが……」
世界の本当の姿。
こんなにも脆くて壊れやすいモノが、世界。
自分たちはこれほど危うい場所で生きているのだと実感する。
怖い。
このひび割れの向こうはきっと、人が生きていける世界ではない。
人はこの脆くて壊れやすい世界で生きていくしかない。
「そのままこの場所を意識してください。そうすれば封印の在り方が見えてくるはずです」
「封印の……在り方……」
星冥神社。
社に祭られているのは、一枚の鏡。
その鏡を守るように幾重もの結界が張られている。
そして鏡そのものは土地と同調して歪みを安定させる役割を果たしている。
世界に打ち込まれた楔のように。
歪みと楔がせめぎ合って、バランスを保っている。
「これが……封印……」
「そう。そしてこれが世界」
黒装束の彼女が、隠された布の下で笑う。
「お前の目的はなんだ? 俺に世界の在り方を理解させて、何を望む?」
「さしあたっては組織への復帰ですね。心配しなくともあなたを罰したりはしませんよ。盟主はそういう事を好む性格ではありません」
「盟主……ね……」
会ったこともない元上司のことを考えようとして、斑鳩は首を振った。
今となってはどうでもいいことだ。
斑鳩が彼女に返す言葉は一つだけ。
「俺は、戻らない。盟主にはそう伝えろ」
「新撰組に留まるのですか? それが何を意味するのか、分かって言っているのですか」
「……ああ」
それが何を意味するのか。
それは敵対。
盟主とかつての仲間への反逆。
そして目の前の彼女に対する宣戦布告。
「あなたにとって天牙の民は、本来憎むべき敵のはずですよ」
彼女は動じない。
ただ事実のみを斑鳩に突き付ける。
「憎むほどの理由なんて最初からないさ。記憶にないんだから。俺は俺のやりたいようにやってるだけだ」
「……どうしても、戻る気はないと?」
彼女の気配が穏やかなものから殺伐としたものへと変わる。
それに反応して斑鳩は短刀を構え直す。
「ない」
彼女の敵意に満ちた視線を受けてなお、斑鳩は即答した。
「……理由は土方歳三、ですか?」
「それもある。だけどそれだけじゃない」
「………………」
歳三がここに居て欲しいと示してくれたから。
初めて望まれた居場所が出来た気がした。
……表向きは脅迫だったのはさておくとして。
斑鳩はもう、ここにいたいと思うようになった。
正確には、彼女の傍にいたいと思うようになった。
「ならば仕方ありませんね」
彼女は大きくため息をついてから殺気を収めた。
「?」
さっきは収まっているが構えは解いていない。
斑鳩も警戒を解かないまま彼女を見据える。
「だけど一つだけ私からも忠告を。あなたが私たちのところへ戻らないというのなら、私たちは可能であるすべての手段を用いて新撰組を潰しにかかります」
「っ!」
そう言ったと同時に、彼女は倒れたままの烝へと襲い掛かる。
「あ……!」
烝は咄嗟にその場を離れようとするが、彼女はそれよりも早く烝の顎を蹴り上げた。
「っ!!」
さらに後方へと倒された烝は飛びそうになる意識を必死で繋ぎ止めようとする。しかし保たれた意識が捉えたものは、
「まずは貴女からです。山崎烝」
「!!」
剣を構えて自らの首を落とそうとする彼女の姿だった。




