新撰組誕生秘話 01
結果……
「……はぁ~~~~~……もうダメ……疲れた……ついでに腹減った……」
「………………」
地面に大の字になって倒れている左之助と、さすがにへとへとになって座り込んでいる斑鳩の姿がそこにあった。
二人に打撲等の怪我はない。
お互いに腕の立つ者同士、うまく防いだのだろうが、それ以上に斑鳩が怪我をさせないように加減したというのもある。
左之助ほどの腕前に対して怪我をさせないようにするというのは些か以上に骨の折れる作業だったが。
「やっぱり君は強いな! 久しぶりにいい訓練が出来たよ。ありがと」
「どういたしまして。原田さんもなかなかだ」
「左之でいいよ」
「?」
「みんなそう呼ぶからさ」
「分かった。じゃあ左之で」
「ああ」
夕日の見える河原で殴り合った後のような爽やかさは、もちろんない。
しかしある種の達成感のようなものが二人の間には存在していた。
「なあ、斑鳩。またこうやって、たまに相手してくれるか?」
「まあ、たまにならな」
しょっちゅうこんなことをさせられてはさすがにたまらない。
「それにしても本当に驚きだ。まさか普通の人間があたし達と互角に戦えるなんて。それも土方さんとまで」
「………………」
天牙の民としての驚異的な力。人間をはるかに上回る身体能力。
完全開放ではないとはいえ、それでも普通の人間では手も足も出ないはずなのだ。
それを、斑鳩は踏み越えている。
普通の人間だと思われている斑鳩が。
真実は全く違うのだけれど。
それを隠し通さなければならないことに対する罪悪感。
仕方がないことだと分かっていても、やはり気分はよくない。
「俺は物心ついたころから戦闘訓練を重ねてきたからな。云わば戦闘だけに特化した戦士だ。だからそこまで気にする必要はないよ」
なので当たり障りのない発言で誤魔化してみた。嘘は付いていないけれど、真実も明かしていない。
「いや。気にしてるわけじゃないんだ。ただただ感心してるだけさ」
「ふうん」
「あれ? そう言えば斑鳩は知ってるんだっけ、あたし達のこと」
「……まあ、それなりに」
「だよなあ。知っててもおかしくないよなあ。土方さんのあの姿を見てるんだから」
「………………」
あの姿を思い出して、思わず顔がにやけそうになるのを必死で我慢する斑鳩。
尻尾触りたい願望は斑鳩と烝だけの秘密だ。
「怖くないか? あたしたちのこと」
「別に。ケモノ耳と尻尾なんて普通に可愛いじゃん。むしろ萌えるっつーか?」
「………………」
素直と言えばこの上なく素直な斑鳩の発言に、左之助は目を見開いて固まった。
唖然としてしまった、とも言う。
そして数秒後、
「あははははははははははっ!! 可愛いのか! しかも萌えるのか! あはははははははっ! なるほどなるほど! そういう見方もあるんだな! あははははははははっ!」
「? そんなにおかしなこと言ったか俺」
「あははははは! おかしいというか、うれしいことを言ってくれたって感じだな!」
「………………」
「いやいや。うん。君は大物だ。それは間違いない!」
「……なんか、あまり褒められてる気がしないんだが」
「褒めてる褒めてる! この上なく褒めてるってば!」
ばんばんばんばん、と斑鳩の背中を叩く。
「……痛い」
悪気がないので大人しくされるがままになっているが、地味に痛い。
「うん。君の人格はなんとなく掴めてきたぞ! とりあえず安心した」
「……みんな似たようなこと言うなあ」
勇からも似たようなことを言われた斑鳩としては、ちょっと複雑な心境だった。
自分はそこまで信用がないのだろうか。
……よく考えたら当然だった。
元敵対者。正体を明かせない不審者。
そりゃあ怪しいに決まっている。
「気分を害したか?」
「いや。仕方ないことだとは思ってるし」
「そりゃよかった。でもまあ勘弁してほしい。あたし達はあの人が大事なんだ」
「うん。トシはみんなに慕われてるんだな」
「そりゃもちろん。今のあたし達があるのは土方さんのおかげだからな」
「そうなのか?」
「まあな。この仕事はそれなりに不本意だけど、それでも自分たちを守るためには仕方がないって分かってる。土方さんと容保公との取引がなければ、あたし達天牙の民はとっくに潰されていたんだ」
「化け物扱い……か……」
「……そんなところだ。違うものは排除される。当然と言えば当然の理なんだけどな。特にあたし達天牙の民は人間よりも遥かに高い戦闘能力を持っている。人間達にとってはそりゃあ脅威だろう」
左之助は自嘲気味に笑う。
人間を見下しているのか、それとも自分たちの境遇を嘆いているのか。斑鳩には判断が付かなかった。
「新撰組が出来た経緯は知っているか?」
「いや……」
「知りたいか?」
「どうしてもって程じゃない。言いたくないなら言わなくてもいい」
「じゃあ知って欲しいから言う」
「なら聞こう」
本当はそこまで深い話をするつもりではなかった左之助だったが、斑鳩の発言を聞いて気が変わった。
あの姿を見ていると言った左之助だが、それは斑鳩を試した発言だった。
響都火災の件が記憶にないのなら、あの姿も記憶にないはずなのだ。
しかし斑鳩は歳三の本来の姿を知っていた。
それは即ち、あの後に歳三が自ら斑鳩に正体を明かしたという事だ。
土方歳三が信頼を寄せたという事だ。
だから自分も信用してみようと思った。
左之助は地面に大の字になったまま、斑鳩を見ないまま空を眺めながら続けた。
「あたし達は元々狼奉山という神域で暮らしていた。昔は人間と共に暮らしていたらしいけど、気が付いたら人間達から迫害を受けて山籠もり状態だ」
それでも自分たちの種の故郷である狼奉山は、天牙の民にとってそれなりに居心地のいい場所だった。
人間の街のような便利さはなくとも、争いもなく平穏に、日々の暮らしを送っていけたのだから。
しかし、そんな平穏も永遠には続かなかった。
響都の街は、もともと争いを呼び込みやすい歪みを抱えている。
戦争と言うほど大規模なものではないが、それでも小競り合いは絶えない。
それでも響都という街は繁栄を続けている。
それは何故か。
『歪門』の所為だ。
街が抱える歪みの元凶。
世界を滅ぼしかねない因果律。
響都を守るためには、響都に力を集めるしかない。
街の力、人の力、そして魔法の力。
あらゆる力を整え、扱い、街を守る。
結果として、街は繁栄する。
真実を知っているのは一部の人間のみ。
多くの住民は、華やかな街に惹かれて響都へとやってくる。
結果として、大和の国の中でも随一の人口と面積を誇る街へと成長してしまった。
政治の中心ではなくとも、経済の中心と言われるほどに。
そんな街のすぐ近くに化け物が住んでいたらどうなるだろう。
天牙の民などと呼ばれているが、人間から見れば人狼の化け物と大差ない。
彼らは山から降りてこない。
狼奉山の中だけで世界が完結している。
しかしいつまでそれが続くか分からない。
人間達は恐れた。
天牙の民が人間に牙を剥く時が来ることを。
そして決意した。
災いの種を排除することを。




