左之助登場!
「あたしは新撰組十番組長・原田左之助だ」
斑鳩の部屋を訪ねた左之助は、自らをそう名乗った。
「はあ……原田さんですか……」
斑鳩は呆気にとられたまま、とりあえず生返事をする。
「む……本当に覚えてないんだな。あたしもあの場にいたんだぞ!」
「あの場……?」
「……いや。何でもない」
きょとんとなって首をかしげる斑鳩を前にして、正真正銘何も覚えていないことを悟った左之助は、がっくりとうなだれた。
記憶力が鳥レベルなのか、それとも記憶に残らない状態にされていたのか。
恐らくは後者だと当たりを付けて、左之助は改めて斑鳩に笑いかけた。
「いやさ、ちょっと暇を持て余してたから、件の小姓を見物しに来ただけなんだけどね」
「はあ……」
暇を持て余して、という辺り、組長というのはそんなに忙しくないのかもしれないと誤解しそうになるが、組長にだって休暇は存在するのである。
左之助は斑鳩をまじまじと見つめながら、なるほどね~と肩を竦めた。
誰かに似ているような気がするのはまあ置いておくとしても、斑鳩の雰囲気は純朴な青年そのものだという印象を受ける。
少なくとも歳三に対して何か害を与えるような感じではない。
あの時の敵対者を歳三がそのまま助けて小姓にしたという話を聞いた時は、おいおい大丈夫かと思ったものだが、なるほどこれなら納得だ。
多分、誰かの面影を重ねているのだろう。
などと、斑鳩の事情を知らない左之助はそんな風に推察する。
「それでさ、君も暇してるならちょっと付き合ってくれないかな?」
「? 暇と言えば暇ですが」
「……なんか堅苦しいな。あたしには普通のしゃべり方でいいぞ。なんかよそよそしくて気分がよくない」
「はあ……じゃあ遠慮なく。個人的な考え事をしていただけだから、まあ暇と言えなくもない。でも何に付き合えばいいんだ?」
「そりゃあもちろん!」
左之助は妙に生き生きした表情で長い棒を掲げた。部屋の外に置いていたらしい。
普段左之助が使用している長槍と同じくらいの長さだ。
「君、かなり強いだろ? あの土方さんと互角に渡り合えるなんて半端じゃない。だからちょっと練習相手になって欲しくてさ~」
「……練習相手? っていうかトシってそんなに強いのか。ここの組長達は実力にそこまでの開きはないって聞いていたんだが」
「そりゃああの人の謙遜だ。土方さんは自分自身にはあまり関心がないからな。はっきり言ってあの人はあたしの目標だ」
「………………」
それはどういう意味で目標にしているのだろう。
少なくとも性格面までリスペクトしているのなら将来が恐ろしい、と密かに震え上がる斑鳩だった。
「もっと実力をつけたいんだけど、さすがに相手がいなくてさ。土方さんに頼むわけにもいかないし。一や総司でもいいんだけど、あいつらも結構忙しいしな。だから君に白羽の矢を立てたわけだ」
「なるほど」
休暇中にまで訓練とは、まったくもって恐れ入る。
「まあ、俺でいいなら」
元々訓練は嫌いじゃないし、山にいた頃もそれなりに相手をさせられていたので結構慣れている。
そんな訳で斑鳩は軽い調子で了承した。
二人は西本巌寺の境内前に移動した。
隊士たちが訓練をしている中を堂々と横切る左之助と斑鳩。
少しばかり目立ち過ぎだ。
あまり目立つことをするなと釘を刺されている斑鳩としては、少々不安になる状況だった。
「あのさ。俺あまり目立つわけにはいかないっつーか。トシにそう言われてるんだよ。出来ればもうちょっと人の少ない場所にしないか?」
「ん? 何か目立つわけにはいかない事情でもあるのか?」
左之助は不思議そうに首をかしげる。
無邪気に見えなくもないが、その目は油断なく探るものになっている。
「そりゃあ元敵だし。いい気分はしない奴もいるだろ」
それを斑鳩は自然体で受け流した。
それを見て左之助は快活に笑う。
「心配しなくてもそれを知っているのは土方さんとあたしと一くらいのものだよ。少なくとも一般隊士には知られていない」
「いや、でも……」
「いいからいいから」
「うう……」
何かと押しの強い左之助に逆らえず、そのまま流されてしまう斑鳩。
困ったなあと思いながらも、仕方ないと諦めた。
「よし。ここにしよう」
それでも最低限の配慮はしてくれたらしく、隊士たちからかなり離れた壁際で左之助は足を止めた。
左之助は長槍に見立てた棒を。
斑鳩は短刀に見立てた棒を両手に持っている。
あくまで訓練、模擬戦なので非殺傷武器を使用する。
「よっし。じゃあいっちょ手合せ願おうか、斑鳩!」
「まあ俺でいいなら」
気合十分な左之助に対して、斑鳩はあくまで軽くゆるい調子を崩さない。
自然体こそが最強の構えだと分かっているのだ。
もっとも、それを使いこなすには相当の実力と経験が必要になるのだが。
「ふっ!」
最初から手加減抜き。
全力全開潰す気満々な勢いで斑鳩に向かっていく左之助。
斑鳩の喉元めがけて繰り出された棒を、斑鳩は状態をわずかに逸らすだけで避けた。
「っ!」
しかし左之助の攻撃はそれだけでは終わらない。
一撃必殺の攻撃から連撃に切り替える。
体の中心点から横に流れるような連続突き。
「うおっと!」
それを体を下に沈ませることで避ける。
「甘い!」
しかし棒術の特徴は間合いの長さだけではなく、円を描くものでもある。
突きから回転に切り替え、斑鳩がしゃがみこんだ下方へと振り下ろす。
「!」
それを、斑鳩は左手に持った棒だけで受け止めた。
「………………」
左之助が渾身の力を込めて打ち下ろした攻撃を、左手一本で止めた斑鳩。
それを見て左之助は、
「面白いっ!」
にんまりと口元を吊り上げた。
「あ……」
軽くて合わせをするつもりだったのが、どうやら火をつけてしまったらしい。
「あははははっ! もっとやろう!」
「うう……」
ノリノリになってしまった左之助は今まで以上に攻撃的で、遊び心満載で、しかも無尽蔵の体力で襲い掛かってきた。




