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世界の秘密は卵で喩えろ!

「まったく……」


 勇が去った後、歳三は大きく溜め息をついた。


「あ、そう言えば局長からこれ預かってたんだった。ほい」


 斑鳩は勇から預かった容保公からの密書を歳三に手渡す。


「容保公からの密書だってさ」


「………………」


 歳三は密書を受け取る時に眉を顰めた。


 どうやら歓迎できる内容ではないと予想しているらしい。


「俺が見たらマズいものだったら一旦出ていくけど?」


「……いや。部屋にいてくれて構わない。別に斑鳩に知られて困る様なことは書いていないだろうからな」


「密書だろ……?」


「ああ。容保公直轄の響都隠密衆に調査を依頼していた内容だ。ウチの烝だけでは調べるにも限界があるからな」


「調査って何の?」


「お前が前にいた組織についてだ」


「………………」


「あの響都火災が初めての活動ではないと睨んでいたが、やはり色々とやらかしているらしい。目撃情報を総合すれば、奴らの目的もおおよそ見えてきた」


「目的……?」


「多分……だが。この地に大きな歪みを作り出すことが目的だと思う」


「歪み……」


「この響都は『歪門いもん』を抱えているからな」


「つーか、『いもん』って何?」


「………………」


 歳三は歪門について斑鳩に説明するかどうか迷った。


 歪門については容保公や天牙の民の一部、そして上位の魔法師しか知りえない事実だ。


 この世界そのものに関する秘密。


 それを、今の斑鳩に話していいものか。


「……いや。すまん。話しにくいことならいいや」


「…………世界について、考えたことはあるか?」


「は?」


 だけど、知るべきだと思う。


 自分がやってきたこと。


 これから自分がどうするべきか。


 斑鳩にはちゃんと考えて欲しい。


 そう思った。


 そして斑鳩なら間違った決断はしないだろうと信じることにした。


「世界は元々、一つではない。この世界の他にも、様々な世界があって、様々な世界が折り重なって、次元の海に漂っている」


「……えっと?」


 いきなり難しい話になってきて首を傾げる斑鳩。


「分かりやすく言うと『異世界』だ」


「はあ……異世界……」


「斑鳩だって自分が認識している世界が全てだとは思っていないだろう?」


「そりゃまあ。俺の知る世界なんてかなり小さいってことくらいは自覚してるぜ」


「ああ。その自覚はとても正しい。だから新しい世界があることも受け入れるべきだ。大和の国が世界にとっての一国であり、響都という街が大和の国にとっての一街であるように、この世界そのものも、次元の海にとっての一つにすぎないんだ」


「えっと、まあ、なんだ? 世界は一つじゃないって理解でいいか?」


「それでいい。話を続けるが、世界はその世界のみで完結している。外側への逸脱はあり得ない。他に世界はあっても、交流することはないんだ」


「何で?」


「世界の外側へ行くには今いる世界の一部を歪めなければならないからだ。卵の殻を一部分だけ壊す、と言えば想像がつきやすいかな。もちろん、世界そのものの殻を破るのだから、どんな災厄が引き起こされるか分かったものではない。地震や津波で済めばまだマシな方だが、下手をすれば世界そのものが崩壊する恐れがある」


「な、なんかいきなりスケールがでかくなったなぁ」


「そして響都は元々世界の歪みが大きいんだ。外側へと不安定に繋がっている。例えるなら卵のヒビのようなものだな」


「……いや、その喩えは一気にスケールが小さくなるから止めた方が……」


「…………まあ、なんだ。その……噛み砕いて言うとあの組織は世界の外側へと行こうとしているかもしれないということだ。そしてその為に響都にある歪門への封印を壊したり、歪みを増幅するために住民の命を奪ったりしているということだな」


 分かりやすく言おうとしただけなのに容赦のないツッコミを食らった歳三は、歯切れ悪くそう言った。


「詳しい調査はまだ続けるが、多分、私の予想は合っていると思う。この先新撰組の任務は響都守護よりも封印の守護の方が優先されるだろう」


「ちょっと待てよ。そんな大ごとになりかけてるのに、局長は全然そんなそぶり見せてなかったじゃないか。あれはどういうことだ?」


 さっきまでの悪ノリ全開で猫馬鹿全開の勇の様子を思い出して、斑鳩が訝しむ。しかし歳三は肩を竦めるだけだった。


「勇はあれでいいんだ。別に事を軽んじている訳じゃない。何があっても平常通りでいられるのが勇の強みだからな。無責任に見えるかもしれないが、あれはあれで頼もしい」


「……はあ。なるほどね」


 どんな事があっても取り乱さない、というのは確かに一種の強さだろう。端からどう見えるかは別問題として。


「取りあえずは烝を動員するか。調査の方向性も見えてきたし」


「あのさ、トシ」


「?」


「その調査、俺も参加していいかな?」


「何だと?」


「烝とは別行動で、俺なりに調べてみたい。駄目か?」


「………………」


 歳三は斑鳩を厳しい目で見据えながら黙り込む。


「それがどういう事か、分かっているのか?」


「分かってるつもりだ」


「かつての仲間と争うことになるんだぞ? 守ってきた仲間から刃を向けられるかもしれないし、向ける事になるかもしれない。それでもか?」


「ちゃんと、分かってるさ。だけど俺は知りたいんだ。自分が今まで何をやってきたのか。その過程と、結果を」


「………………」


「うん。自分でもちょっとびっくりしてる。でもさ、俺はここに来て、トシや烝と関わるようになってから、なんだか生きてるって感じがするんだ。色んな事を感じて、経験して、ここで生きてる。今まではただ生きているだけだった。でも今は、生きてるって自覚しながら生きてる」


「斑鳩……」


「だから、ちゃんと生きたいんだ。自分で考えて、自分で決めて、そして動きたい。そうしなければいけない気がするんだ」


 出会った頃は人形のようだった斑鳩が、今は確かな意志と覚悟を持って歳三と向き合っている。


 その事が少しだけ、ほんの少しだけ嬉しいと思ってしまった。


 斑鳩を変える切っ掛けになれたのが、少しだけ誇らしかった。


「…………人の成長というのは、時に驚くほど早いな。ついこの前まで子供のようだったのに、もう一人前並の思考をするようになっている」


「む……子供扱いするなよ! 俺はこれでも……あれ? 俺って今いくつだっけ……?」


「………………」


 自分の年齢も把握していない斑鳩だった。


「鴨が生きていたら二十一になるはずだ」


「そ、そうか。俺って二十一歳だったのか」


「………………」


「ちなみにトシはいくつなんだ?」


「……二十歳」


「えぇっ!? 俺より年下!?」


「…………精神年齢はお前より上のつもりだ」


「そっかー。トシって俺より年下だったのか~。そう思うと可愛く見えるな~」


「……今も可愛く見えるか?」


 殺気と共に刀に手をかける歳三。


「うう……。褒めてるのにどうしてキレるかな……」


「そういうのは褒めてるとは言わない。ただからかっているだけだ」


「トシはもう少し会話を楽しむ努力をするべきだと思う」


「大きなお世話だ」


 肩を竦める斑鳩に対して、むすっとしたままそっぽ向く歳三。


 何だかんだで上手くやっている二人だった。


「まあ、好きに動くといい。調査に必要な資料は後でまとめておいてやる」


「いいのか?」


「自分で考えて動く。そう決めたんだろう?」


 実のところ、最初から反対する気はなかった。ただ覚悟を試していただけだ。


「いや。確かにそうなんだけどさ。よく考えるとこれってトシの迷惑になったりしないかな~って……」


「迷惑になったと判断したらすぐに打ち切らせるから安心しろ」


「怖えなオイ」


「精々役立つ情報を掴んできてくれ」


「…………もしも役に立つ情報を持ち帰ったら、ご褒美くれよ」


「は……?」


「だからご褒美。いいだろ?」


「…………本当に役立つ情報を持って帰ったなら、考えておいてやる」


「マジか!? じゃあ尻尾触らせて!」


「っっっ!!!」


 予想外の提案にびくっとなる歳三。


 そして拒否する間を与えずに畳みかける斑鳩。


「よし! 決まり! じゃあ俺メシ食ってくるから!」


「お、おい待て! 私はまだ触らせてやるとは言ってないぞ!」


 駿足で遠ざかっていく斑鳩を呆然と見送ってから、歳三は本気で頭を抱えたくなった。


 情報は欲しい。


 でも尻尾は触られたくない。


「………………烝に期待しよう」


 情けないことに、尻尾の運命は他力本願になってしまうのだった。


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