局長参上! 02
「にゃ~ん」
唐突に、猫の鳴き声が聞こえた。
勇の頭の上あたりから。
「うにゃ!」
「っ!?」
今度の『うにゃ!』は勇の口から発せられた。
響都守護職・新撰組局長近藤勇が『うにゃっ!』と!
「にゃ~ん」
鳴き声の主は勇の頭の上にいた。
トラ猫だった。しかも絶妙な可愛さを誇る子猫だ。
「にゃーんにゃーんにゃーん!!!」
「………………」
頭の上の猫を優しく抱きかかえてから至福の表情で頬ずりしている勇。
「ねこー! ねこー! うあー! 可愛い! 猫可愛い! 今日も可愛い! 猫最高! 猫万歳! 猫猫ねーこー!!」
すりすりすりすりすり!
「………………」
猫馬鹿がいる。
強度の猫馬鹿がいる……。もとい狂度の猫馬鹿が……
さっきまで斑鳩に抱きついていたのにもうどうでもいいらしく、ひたすら猫猫フィーバーである。
「大丈夫か?」
「あ、おかえりトシ」
「ああ」
いつの間にか歳三が背後に立っていた。どうやらついさっき戻ってきたらしい。
「で、アレ何?」
「……ただの猫馬鹿だ」
「いや、それは分かるんだけどさ」
「ちなみにあの猫はこの寺に住み着いている野良だ。ああやって勇がかまいまくって餌を与えてるからすっかり餌場として認識しているんだろうな。他にも黒ぶちや三毛猫が住み着いている。そのうち見る機会もあるんじゃないか?」
「……それにしたってアレは隊士に見せていい光景じゃないと思うんだが」
「すでに手遅れだ。勇の猫馬鹿は新撰組の暗黙の了解として認識されている」
「…………狼のくせに猫好きってどうよ?」
「………………」
何気ない斑鳩の呟きに、勇が反応した。
「狼……?」
さっきまで陽気に振舞っていたのに、その眼が油断のないものへと変貌する。
その気配を敏感に感じ取ったのか、勇に抱かれていた猫はひょいっと腕から逃げてしまう。
「トシ……まさか教えたのか? 外部の人間に?」
天牙の民の秘密。
それを人間側に漏らすことは、新撰組の崩壊に繋がる危険性がある。
化け物同然の異形の種族。
人間側は果たしてそんな奴らに守られたいと思うだろうか。
知られれば間違いなく排除されるだろう。
守ってきた人間達の手によって。
「斑鳩はあの日、解放状態の私と戦っている。最初から正体はバレているんだ。だったらきちんと説明しておいた方がいいだろうと判断したんだ」
歳三は冷静な表情のまま嘘をついた。
炎の海の中で斑鳩と歳三が戦ったのは事実だが、その時の斑鳩は精神制御魔法の支配下にあり、その時の記憶は残っていない。解放状態の歳三の姿など覚えていないのだ。
歳三が天牙の民について斑鳩に話したのは、あくまでも芹沢鴨のことがあったからだ。
しかしその件を隠し通したまま不自然のないように勇を丸め込むには、多少の事実歪曲は不可抗力だった。
「むう……それならまあ、仕方ないが……」
それでも勇は納得がいかなさそうに斑鳩を見る。
「いかるん。君はそれを聞いて、我々に対して何も思うところはないのか? その……化け物とか、色々と……」
「………………」
きっと、今まで沢山そういうことを言われてきたのだろう。
人ではないというだけで、いわれなき迫害を受けてきたのだろう。
それに慣れすぎて、真実を知られることに臆病になっている。
しかし、と斑鳩は思う。
それは馬鹿馬鹿しい思い込みだ。
少なくとも斑鳩にとっては取るに足らない被害妄想でしかない。
何故ならば、
「人間じゃないかどうかなんてどうだっていい! 問題は如何にしてあの尻尾にもう一度触るかなんだ!」
斑鳩にとっての最優先事項は、もう一度歳三の尻尾を思う存分触り倒すことだからだ。
「……………………」(勇)
「…………………………」(歳三)
二人の沈黙は、唖然と呆れの二通りの感情の表れだった。
どちらが呆れかはもちろん言うまでもないだろう。
「尻尾って……触ったことあるのかい? トシのを?」
信じられない、という目で斑鳩を見る勇。
尻尾を触るとどうなるかというのを知っているらしい。
それはそうだろう。同じものを勇も持っているのだから。
つまり勇は今、斑鳩に尻尾をなでまわされて色っぽい状態になっている新撰組副長の姿を想像しているのだ。
普段のクールビューティーな鬼副長のあられもない姿を!
「あれは可愛かった……」
何を思い出しているのか、斑鳩はぽわ~んとした表情でそう呟く。
「か、可愛いって……トシが!? ぐ、具体的にはどんな風に!?」
勇は勇でものすごい食いつきっぷりだ。
しかしそれも長くは続かない。
「貴様ら……斬りきざまれたくなければその辺りにしておけよ……」
刀に手を添えた歳三が青筋を立てながら地を這うような声でそう言ったからだ。
しかも殺気全開で。
「「ひいっ!?」」
二人揃って震え上がる。
「す、すみませんすみません! 調子に乗りすぎましたー!」
このままだと本気で斬りかかってくるのは今までの経験で学習済みだ。
なので本気で謝り倒す斑鳩だった。
「………………」
そんな歳三と斑鳩の様子を見て、勇はほっとしたように口元を緩めた。
実は新しく迎えた小姓についていろいろ心配していたのかもしれない。
しかし二人の様子を見る限りは、かなり気の置けない関係を築けているようだ。
あの土方歳三がこんなにも感情豊かになっているのを見たのは、勇ですら初めてかもしれない。
「うん。ちょっと安心した」
それで満足したのか、勇は部屋から出ていこうとする。
「じゃあいかるん。トシのことを頼んだよ」
「いかるんはいい加減やめてください」
「またトシの尻尾の件についてじっくり話し合おう! 本人のいないところで!」
「それは是非!」
「………………」
再び殺気を放つ歳三。
「では殺されないうちに退散するとしよう! あでゅー!」
「あでゅ~?」
こうして、新撰組局長近藤勇は嵐のように去って行った。




