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とっしーって呼んでもいい?

 見回りに戻っていく総司と一を見送ってから斑鳩が、


「つーか、『とっしー』とか呼ばれてるんだ」


 と、にやにやしながら言った。


「……まあ、総司はああいう奴だからな。色々あきらめている」


「ふーん。俺もとっしーって呼ぼうかな~」


 ばきっ!


 歳三の持っていた箸が折れた。


 さすがに他の客もいる店の中で短刀を飛ばすほど非常識ではないらしいが、怒っていることは十分に伝わってくる。というか、びっしびっしと伝わってくる。


「……あ、あははは……じょ、冗談冗談……そんなに怒るなよ。な?」


 冗談一つも命がけな上司だった。


「お前の立場は色々と複雑だからな。あまり幹部連中とは深く関わらない方がいい。特に一と左之にはあの日の戦いを見られているからな。あまりいい感情は持たれていないだろう」


「ふうん。なんか、大変そうだな。歳三も」


「まあ、避けろとまでは言わんさ。深入りするなと言いたいだけだ。相手に深入りしなければ、お前が深入りされることもないだろうからな」


「……分かった」


 斑鳩は少しだけ寂しそうに頷いた。


 歳三の言わんとするところを正しく理解したからだろう。


 深入りせず、深入りさせない。


 立ち入らない代わりに、立ち入らせない。


 つまり、誰にも心を許すなということだ。


 元の居場所に帰らず、ここに残った斑鳩に対して、心許せる友を作るなと言っているのだ。


 そんな斑鳩の様子に気づいた歳三は、困った顔で斑鳩を慰めようとする。


「その、なんだ。烝とならまあ、仲良くしてくれて構わない。あの子は事情を知っているだろうからな。むしろ信頼関係を深めてくれた方が私としても都合がいいというか……」


「あー……それはあいつの趣味に同調しろという意味も含めて言ってるのか……?」


 斑鳩が苦りきった顔で歳三にそう言う。


「いや……アレはいい。アレは無視していいから……」


「ならまあ。仲良くできそうだな。同盟の件もあるし」


「『同盟』?」


「うあっ! いや! 何でもない何でもない! 忘れていいから!」


『同盟』という言葉に不審の眼差しを向けてくる歳三に対して、あわてて両手を振る斑鳩。


 烝との間に密かに結ばれている『再び尻尾に触って可愛い反応を引き出してやるぜ同盟』のことは、もちろん内緒だ。というよりも、バレたら間違いなくシメられてしまう。多分二人そろって。


「それにしても意外だな」


「何が?」


「いや。暗殺組織で育った割には、感情が豊かというか……なんというか……。まさか寂しがられるとは思わなかった」


「………………」


 人を殺すことを強要してくるような組織では、まず感情を殺すことを叩き込まれると思っていた。


 少なくとも歳三は、まっとうな感情を持ったまま人を殺すことは容易ではないと思っている。


 歳三自身も人を殺すために捨てたものがたくさんある。


 それでも普通の人間のように喜怒哀楽を保っていられるのは、守るべき仲間がいて、果たすべき約束があるかあら。


 自分自身の思いと、託された思いがあるからこそ、心をなくさずにいられると、歳三自身は思っている。


 しかし斑鳩にはそういうものがあるように見えない。


 そういうものがあるのなら、あっさりと歳三の提案に乗ったりはしないはずだ。

 

「多分、そんなに難しい理由じゃないと思うんだ。そうしたいって思うことをしてるだけだから」


「………………」


「一人よりも二人がいいし、冷たいよりはあったかい方がいだろ?」


「それは、まあ……」


「だから、そういうもんなんじゃねえの?」


「………………」


 捨ててきたもの。


 乗り越えてきたもの。


 守るべきもの。


 託されたもの。


 そんなことお構いなしで、ただそうしたいと思うこと。


 それはなんて、純粋で、まっすぐで、強い意志なんだろう。


 きっと彼は何者にも穢されず、何物にも曲げられないのだろう。


 歳三は、そんな斑鳩を眩しいものを見るような目で見た。


「簡単なものこそ、本当は一番難しいという事か……」


 理詰めでしか前に進めない自分に対して少しだけ自嘲しながら、歳三は苦笑した。


「お前はすごいよ、斑鳩」


 心から、そう思った。


「……いや……そんな素直に褒められると照れるっつーか……それよりもさ、歳三は駄目なのか?」


「?」


「だから、烝もだけど、歳三とは仲良くしちゃ駄目なのか? 歳三だって俺の事知ってるじゃんか」


「う……それは、まあ……」


 そうなのだが……


 しかしこんな正面から仲良くしたい、と言われるのはいささか以上に照れるらしい。


 歳三はらしくもなく言葉が尻すぼみになっていた。


 顔はもちろん真っ赤だ。


「歳三は俺に深入りしたり深入りされたりするのは嫌か?」


「い、嫌という訳では、ないが……」


「じゃあ仲良くしよう! 俺は歳三だからここにいるんだ。だから歳三と仲良くなりたい!」


「あ……う…………」


 歳三の顔は既にゆでだこ状態だった。


 斑鳩としては、初めて『ここに居てもらいたい』と言ってもらえた相手だからというつもりなのだが、歳三にはもっと別の意味に聞こえてしまったらしい。


「あ、そうだ! 烝みたいに『トシ』って呼んでいいか?」


 斑鳩は烝がそう呼んでいたのを思い出して、提案してみる。


 なんとなくだが『歳三』よりも『トシ』の方が親しみのある呼び方のような気がしたのだ。


「それはまあ、構わないが。そう呼ぶ奴も結構いるしな」


「そっかそっか。じゃあトシ。これから仲良くしようぜ!」


 改めて宣言しながら、斑鳩は右手を歳三に差し出す。


「……ああ。私でいいなら……まあ、よろしく……?」


 その手に対してぎこちなく右手を差し出す歳三。


 人の上に立つこと。人を率いること。部下を使うこと。


 そういうことならば慣れたものなのだが、素朴な人間関係に関しては驚くほど不器用な新撰組副長だった。


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