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教育係は照れ屋隠密! 02

「………………」


「あううっ!」


 斑鳩と目が合った烝は、真っ赤になって落ちてきた天井板を盾にするように隠れた。


「………………」


 いや、そんな肉食獣を前にした兎のような目をしなくても……


 何もしていないのに自分がいじめっ子になってしまったような気がして、非常に居心地が悪い斑鳩だった。


「では頼んだぞ、烝」


 天井板に隠れたままの烝に斑鳩の教育を任せ、歳三はそのまま部屋から出ていこうとする。


「どこ行くんだよ」


「昼食だ」


「俺のは!?」


「後で届けさせる。今は烝と仲良くな」


「……仲良く、ねえ」


 斑鳩は困ったように天井板に隠れたままの烝に視線を移す。


 この状態で仲良くというのは、かなり無理があるような気がするのだが。


 しかしそんな斑鳩の困惑を知ってか知らずか、歳三はそのまま部屋から出て行ってしまった。



「………………」


「………………」


 部屋に取り残される斑鳩と烝。


 烝の方は相変わらず天井板に隠れている。


「えーっと……大変だな、横暴な上司を持つと……」


 ここ二日ほどで身に染みている斑鳩がそんな風に烝を慰めてみた。


 斑鳩に声をかけられた烝はびくっとなりながらも、顔を真っ赤にしたままぶんぶんと首を横に振った。


「た、確かにトシさまは強引なところもありますけど、でもでも、本当はとっても優しいんですぅ。ボクみたいな人前に出れないみそっかすにもちゃんとした仕事を与えてくれますし! それにそれに……」


「分かった分かった。あいつはいい奴なんだな」


 そのあまりに一生懸命な庇いっぷりに、歳三がどれだけ烝に慕われているかを感じ取れて、自然と笑みがこぼれた。


 それにしても気配もキャラも薄いとか言われた後でよくもまあ、そこまで相手を庇えるものだ。


 確かに歳三は優しいのかもしれないが、基本的にその精神性はドSだと斑鳩は確信している。


「それに……多分、トシさまはボクに斑鳩さんのことをちゃんと知って欲しかったんだと思います」


「え……?」


「ボク、あの時も天井裏に居ましたから……」


「………………」


「だから斑鳩さんのことも、知ってます。ボク達の仲間だってことも、鴨さまとの関係も……」


「そっか……」


 斑鳩の正体は新撰組の中でも秘密にするはずだった。知られれば斑鳩もただでは済まないからだ。


 だけど烝だけには知られている可能性がある。


 いつどこに気配をひそめて存在しているかを知ることが出来ない烝を相手に、隠し事を続けるのは不可能に近い。


 だからこそ不信感を持たせるよりも、お互いを知ることで信頼関係を築かせようとしているのだろう。


「あいつも色々考えてるんだな」


「トシさまは常に色々考えてますよぅ」


「分かった分かった。あいつは偉い偉い」


「敬意が足りません!」


「スミマセン……」


 慕っているというより信奉しているというレベルだなこれは……などと呆れながらも、とりあえずは烝に合わせておいた。


 秘密を色々知られているし、保身のためにも彼女の機嫌を損ねるのはよろしくない。


「トシさまの命令ですから、文字の読み書きはちゃんと教えます」


「それはどうも」


「でも、あまり近づかないでくださいね」


「……りょーかい」


 近づかないでどうやって教えるつもりなのだろう、という疑問はあったが、そこは烝が何とかするべき問題なので黙って従う。


「それから」


「?」


「次にトシさまにあんなことしたら、殺しますので」


「殺す!? ってなんかしたか俺!?」


 可愛い顔とゆるい声で黒い事を言われた斑鳩は一瞬身震いしてしまう。


「トシさまの尻尾です!」


「ああ、あれね……」


「ボクのトシさまによくもあんなことを……」


 視線だけで人を殺しそうな瞳で斑鳩を睨みつける烝。怨念溢れる眼光を受けて、わずかに後ずさる斑鳩。


「はは……はははは……あいつって烝のモノなのか? それは初耳だ……もしかしてそういう趣味?」


「はっ……! ボクはなんて身の程知らずなことを!」


 斑鳩のツッコミに我に返る烝。どうやら表に出してはいけない本音だったらしい。


「と、とにかく! あんなことはもう二度と許しませんから!」


「えっと、その……」


 二度としませんすみませんでした、と言ってやりたいところなのだが、斑鳩としては歳三のあの尻尾をもう二度と触れなくなるのはいささか以上に惜しかった。


 ふさふさの尻尾。


 そして触った時のとんでもなく可愛い歳三の反応。


 あれをもう二度と見れないなんて、そんなのはもったいなさすぎる。


「で、でもさ、あんな歳三が見れるのって多分、尻尾触ったときだけだぜ?」


「うぐっ! そ、それはそうですけど……」


 あの可愛い反応を思い出して、烝はぐっと詰まる。


「もう一回見たいと思わないか?」


「お、思い……ますけど……。はっ! で、でもでも! トシさまにあんな事!」


「いやいや。たまにはいいと思うんだよ。あいついつも気を張ってそうじゃんか? たまにはああいう素直な一面を表に出させてやった方がいいと思うんだよ」


 自分の欲求を叶えるためだけにもっともらしいことを並べる斑鳩。


 根が素直な烝はそのもっともらしい意見に『あうあうあう~~』と唸っている。


「で、でもでも! またあんなことしたらボクでなくともトシさま本人から殺されちゃいますよ!?」


 あの豪快な蹴りも烝は見ているのだった。


 しかし斑鳩はドンと胸をたたく。


「大丈夫だ! 俺が本気を出せば歳三とは多分互角くらいだからな! 本気で防げば何とか生き残れるさ!」


 本気の出しどころを致命的に間違えている斑鳩だった。


 こうして、歳三の知らないところで『再び尻尾に触って可愛い反応を引き出してやるぜ同盟!』みたいなものが結成されてしまっていた。 

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