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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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フリモリウム魔法学院

指名依頼=フリモリウム魔法学院=

作者: 爽夏=sayaka=
掲載日:2026/06/22

月明かりの下、対岸が見えぬくらい広い湖のこちらで佇んでいた。

今宵は満月。真暗い夜空に煌々と輝く月が水面に映り揺れる。

湖畔には美しい女の姿があった。黄金色に輝く長い髪は湖面に広がり、その長い髪の合間から月明かりを受けて煌めく白い羽が見えた。女のゆらゆらと色を変える虹色の瞳が、楽し気な光を宿して輝く。

女の紅い唇が開き、美しい高音の調べが湖の上を滑るように広がる。揺らめくような音の流れは聞くものを夢心地にさせるのだろう。

『意味を考えるより先に理解できるならね』

少年は複雑に指を絡めて術を編み込む。指の流れが鈍い光を残し、光の網が女の周囲を囲んでいた。

怪訝そうな表情を浮かべた女は、声を張り上げて歌うも、美しい声が広がるばかりで、少年の表情を変えることは出来なかった。


『我願う……』


少年の様子に女は自身の不利を悟ったのであろう。ばさりと羽を広げて空へと舞い上がった女だったが、光の網に阻まれる。

少年の足元にいた真白い犬が唸り声をあげ、足を折り、頭を低く構える。いつでも飛び出せるよう、足に力が漲っていた。


『魂を縛りて、其の身より引き離し給え』


少年の静かな言葉が放たれると、光の網が音もなく狭まる。女は逃げようとするも、狭まるスピードに敵わず、羽に光が絡んだ。空を飛ぶ女の身体がビクリと震え、女の口から断末魔の叫びが(ほとばし)る。羽は固まったように動かなくなり、そのまま力を無くす。

そして、クタリと力を無くした女の身体は重力に従い、湖へと落ちて行った。

犬は走る。獲物を捕まえる為、躊躇なく湖へ飛び込んだ。

女の死角に忍んでいた狐は、周囲に浮かべた狐火を消すことなく辺りを窺う。

少年は、岩陰に潜む幼い子供の姿を見た。

『子連れだったんだ……』

犬は湖の中を泳いで、ぐったりとした女の顔を持つ鳥を咥える。犬と同じくらいの大きさの鳥だが、器用に咥えると、犬は足で水を掻いて岸へと泳いでいた。

狐はジッと動かず、子供の潜む岩を見つめていた。

「あなたたちの歌は……」

少年の口から零れた言葉は、女の歌と同じ言語だった。

「言葉の意味を頭で考える前に理解できないと無理です」

子供が岩陰の向こうにいることは分かっている。説明して理解してもらえるかは、分からない。理解され、対処されてしまうと困るのは自分だと少年は分かっている。

「僕は、この国の言葉が不自由です」

そこで言葉を切り、疲れたように故郷の言葉で呟いた。

『母国語じゃないってどういうんだろうね』

「ぽきょー」

呆れたような狸の鳴き声に、少年は苦い笑みを浮かべて言葉を探す。

「僕の国の言葉で歌ってください」

犬が岸に女の頭をした大きな鳥を咥え上げ、身体をブルブルと震わせ、毛皮の水気を払う。

「そうすれば……魅了の歌は通用します」

岩陰に向って静かに告げる。言い切った所で興味を失ったようにフイと視線を逸らした。逸らした先には犬がブンブンと尻尾を振って、鼻先で女の顔をした鳥を押し出す。

少年は犬と同じ大きさの鳥に近付き、その体を検分する。

「セイレーン」

対象物の名前を呟くと、ポケットから術符を取り出して、女の額に貼り付けた。

『外傷無し。魔核にも声帯にも傷がない。状態は良好。先生に満足してもらえそうだね』

「ぽきょー!」

後ろで狸の鳴き声がして、小さな水音がした。遠ざかる気配を感じ、狐火が消える。

「ぽきょー」

狸の声に合わせて狐がのそりと物陰から姿を現した。

「くぅん……」

心配そうに犬が少年の顔を仰ぎ見た。

『大丈夫だよ……』

少年は片手で鳥を抱えると、こちらを見つめる犬の頭を撫でる。

『国までは十日以上、海の上で過ごさなきゃならないんだ……そんな遠い異国の歌を、魔物が覚えられるはずがない』

犬がぺろりと少年の手を舐める。優雅に歩いてきた狐の尻尾が少年の足を撫でた。

「ぽきょー!」

狸は頭上の木からぽとりと落ちた果実を咥えると、少年の方をチラリと見て、(おもむろ)にモグモグと食い始めた。

少年はクスリと笑う。

『さぁ、帰ろう……歩いてもらうことは出来ないからね。抱えて行かないと……』

朝日が昇る前に学院に着ければいいと思いながら、魔物の死体を抱えて歩き出す。

「わふっ」

犬が少年の足元を歩く。

「……」

狐はジッと少年を見つめ、軽く首を振って歩み出す。

狸は慌てて果実を口の中に頬張ると、モグモグと口を動かしながら、後に続いた。

湖面には冷たい月が映っていた。



* * *



東の空が群青から薄紫へと変わり、次第に赤みを帯びる頃。日頃活気を見せる街は、徐々に目覚め始めていた。キリリと引き絞ったような空気が緩み始め、街の生活感が目覚める、そんな時間帯。

マディアス教授の研究室にたどり着いた少年は、いつものように実験室へ入ると、魔物の死体を納品する。

「見事なものだね……傷一つない完璧な検体だ」

細部まで確認した老年の男性は満足げな笑みを零す。

「ジョージ、キミは完璧だよ」

少年はぺこりと頭を下げると、窓の外を眺めた。

「学術都市に入る前に袋を被せて運びましたが、門番の方に不審がられてしまいました」

「あぁ……新人が入ったか……」

髭を撫で、しばし考えるように目を伏せると「どうにかしておこう」と答える。

「……申し訳ありません」

「構わない。新鮮なうちに済ませておきたい実験がある。キミの配達に間違いが起こると困るのは私だ……対処しない理由はない」

台の上に横たわるセイレーンを検分し終えたマディアスは「ジョージ」と少年に声をかけた。

「助手にならないかね?」

「僕の手が必要な実験ですか?」

少年が尋ねると、男は苦い笑みを浮かべて「そうだね」と呟く。

「老眼が酷くてね……セイレーンの魔核を傷つけずに切り離すのに苦労する。手伝ってくれるとありがたい」

「畏まりました」

ジョージは慣れた様子で、実験室の棚から魔核の取り出しに必要な器具を取り出し始めた。

その手慣れた様子をマディアスは苦いものを噛み締めながら見つめる。

自分の中に宿る思いが、故郷を亡くした少年への情なのか、過去の自分の所業からの罪悪感なのかは、既に分からなくなっていた。

唯一つだけ言えるのは……

「ジョージ、キミは……」

「なんでしょうか?」


(今、幸せかい?)


「いや、何でもない……実験を始めようか」

マディアスは、振り返ったジョージに好々爺の笑みを向ける。

「キミの腕が鈍ってないか見てあげよう」

「お手柔らかにお願いします」

いつの間にか窓から柔らかな日差しが差し込んでいた。空の青がとても眩しかった。


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