だからお前は駄目なんだ
クラスメイトの増田が、進路指導室から退出してきた。
「どうだった?」
増田に耳打ちのようにオレは尋ねると彼はわかりやすく眉を顰め、右腕をおおきく振りかぶって親指を廊下に打ち付けるように指した。
教室の中から「次、宮尾」と、担当教諭である池下が叫ぶ。
オレはバッドをしていた手をほどいた増田に、「さんきゅ」と軽く手を挙げる。
増田は口角を軽く上げ、同様の挨拶。
かなり不服そうな態度の増田に、ニヤケてしまっている口元を引き締めるためにオレは唇に力を入れ真一文字に結んだ。
教室の扉をノックした。
「はい」と言う池下の返事に、「失礼いたします」と大げさに答えたオレ。
呼びつけておいて池下はここへ座れとばかりに、自分の目の前の席を顎でしゃくる。
茶番だなぁ。会釈をして席に着いた。
池下は開口一番「やれやれ」とばかりに首を横に振る。
昨日提出した進路希望の用紙を机の上に置き、右手で持っていたボールペンでトントンとした。
「これさ」と言いながらペンのトントンが、リズミカルにそして音は強くなっていく。
コイツ、マジで気抜き過ぎなんだよな。
オレの前で空いてる左腕、机に肘つけてんじゃん。
しかも顎まで乗せちゃって。
いやー、頬杖就きたい気分なのはオレっすよ。
「やれば出来るのに」
なんて今どき熱血教師ですら口にしなさそうな台詞を、堂々と恥ずかしげもなく吐く池下。
ずっとなんか言っているから、とりあえず面談予定の15分良い感じに相槌打っておけばオッケーでしょ。
横にある時計見たいけ、見たらなキレられるかな。なんて考えていると池下の左手小指に気付いた。
こいつ小指の爪だけ伸ばしているタイプか。
うわ、しかも爪の先っぽ汚れてんじゃん。
うっかりと爪に夢中になっていたらしい。
相槌が無くなったせいか、リズミカルな音を立てていたボールペンの音がやんだ。
彼はボールペンを置き、肘をついていた腕も鷹揚に動かし机の上で両手の指を三角に組みこう重々しく言い放つ。
「だからお前のは駄目なんだ。いつもそんな態度ばかりとって。先生は以前から改めなおすように口を酸っぱくして言っていただろうがっ」
良かったなこの高校バカしかいなくて。
生徒に対して「お前」なんて言おうものなら世間のPTAのマダムたち黙ってないぞ。
と、塩らしく下を向く。
歯が見えちゃまずいと、口を真一文字に結んで。
あれ?この高校にPTAってあるのかな。
それ以前にオレ、コイツに「改めろ」なんて言われたっけ?
なーんて考え事をしていた俺の前に座っている池下は、スーツをまくり腕時計を見た。
いやー、やっぱ先生もオレと居るの嫌なんすね。
これぞ、解釈一致!!気になっていた時間、アンタのお陰で見なくて済んだよ。
「まぁ、とくかく」と、咳払いでもし始めそうな雰囲気で、まとめっぽいことを言い始めた池下。
そういや、ずっと唾飛ばしてたな今も。こんなに近くに座っているのに。
唾、飛ばすの授業中だけじゃなかったのか。
終わったらしいのでオレはそそくさと、進路指導室を出るために席を立ち扉に向かう。
「おい」と呼び止められ、お礼を当然のごとく強要された。
仕方ねぇな。
池下をまじまじと見つめる。
「進路を担当して下さる池下先生さまさま。ご指導ご鞭撻のほど、まっこと感謝いたしております」
何か言おうとしたまま、ポカンと一瞬だけした先生様の表情は見る間に険しくなっていく。
やべぇ。
執事がしそうな、片腕を体の前にだしてお辞儀するアレをして、逃げるようにオレは扉を開けた。
扉を閉めると「宮尾っ!!」と叫ぶ声が聞こえる。
オレの後に教室に入っていく和久井が、池下の声を聞き中指をオレに突き立てた。
顔はヘラヘラしてるから、いつもの事だと理解してくれているっぽい。
あははは。
和久井には悪いと思うよ。
事実、教室だらだらと向かう姿は猫背だ。あ、和久井っていつも猫背だったわ。
口元が緩んでいるオレは首をポキポキ鳴らす様に首を曲げ気付いたんだわ。
そんな風にいつも唾飛ばしている様な男。
だから池下。少なくともオレはお前の話を聞かないんだよ。




