どうでもいい、ただそれだけ
東の「遅かったね」と無神経な言葉が頭に刺さる。「このフロア、15時までに終わらせて。」2時間でやれと、無理な話だ。フロアの数は8部屋が次のチャックインのための清掃だ。
「お客様が戻ってくるから」
工藤はうんざりしてくる。そんなこと言って、早く終わせろと言わんばかりで、やる気など出るわけもない。タオルを入れ替えて、デスクからベット、バスルームへと掃除を行っていく。無心で続ける。外から、原子力発電所の反対運動の声が少し開けた窓から流れくる。大音量のマイクで騒いでいる。太鼓の音まで聞こえてくる。
『原発反対』『今すぐ止めろ』『今すぐやめろ』『原発ゼロ』
何分にも渡って、繰り返されている。反対運動する時間があるなら働けと思ってしまう。同じことを繰り返し言っている。電気を生み出す原子力発電の代わりになるで発電の話など、何1つ提案こともなく、ただ反対の声だけを叫んでいる。何がしたのだろう。それに電気料金のこともそうだが、困る人も世の中にたくさんいるのに、自惚れしているように、反対運動の声が客室に響いてくる。反対は誰のためにしているのだろう。
掃除機をかけた部屋は元通りの位置にして、騒音のデモの声を遮るように、窓を閉めた。客室の扉を閉めて、その扉に『チェックお願いします』のマグネット札を貼りつけた。
15時が近づいてくる。後はこの部屋で、すべての掃除が完了する。ただ、反対運動の声はしつこく鳴りやむことはなった。
「終わりそう」
東が客室の様子を確認しに来た。
「はい」
「じゃあ、終わったら、タイムカードを押して、帰っていいから」
「分かりました。お疲れ様です。」
「ああ、それと明日から責任者代わるから、じゃあ、あとはよろしく」
東はこれ以上は何も聞かれたくないのか、工藤が掃除した客室のチェックのため、部屋へと入っていたいった。工藤は、東が客室へと入るのは見て、事務所へと戻った。
タイムカードを押しに、事務所に降りると、立川さんがいた。20年以上ホテル清掃をしているベテランだ。
「お疲れ様です。」
「ああ、工藤ちゃんお疲れ」
立川は、シャンプーなどの補充をしていた。
「立川さんは帰んないんですか?」
「うん、これ終わったらね。あと、引継ぎもあるから」
「東さんからですか?」
「そうそう、責任者が変わるからね。」
「東さんって、ここを辞めるんですか?」
「辞めるみたいね。タイムカード押しなさい。また東に怒られるわよ」
工藤は慌てて、タイムカードを押した。
「中田ちゃん、分るでしょう」
「ああ、発達障害の受け入れ対象の人ですよね」
たしか、高校卒業して就職した人だ。
「そう、その子が清掃不要の部屋を掃除して、お客様からクレームが来てね。これも初めてではないからな。だからね。」
立川が言葉を詰まらせた。
「本部から、通達が合ったってことですか?」
「東はお客様の対応もして、中田ちゃんのフォローをしようとしたけど、あと今回は他に少し問題もあってね。」
「何があったんですか?」
「外で原発反対の運動してるでしょう」
工藤はうなずいた。清掃中、ずっとうるさかった人たちのことだ。
「その中の人が、中田ちゃんが入った客室に泊まっていた客だったらしくて、不法侵入と盗難を疑われてるみたいなのよ」
それって大変ではないのか。ホテルの信用すら失っているのではないのか。
「大丈夫なんですか?」
「まあ、何も盗まれていなかったから大丈夫だったわよ。清掃の仕事って一応会社の派遣でしょう。責任を取る上で、中田ちゃんの解雇と、東の停職が決まったのよ。東も優しく丁寧に対応してしまったからね。それが裏目に出た結果なんだろう。まあ、明日から新しい責任者くるから、頑張りなしゃい。」
工藤は「頑張ります。お疲れ様です。」と言って、更衣室で着替えて帰ることにした。
東が中田に丁寧に対応していたのはよく分かっている。声色を変えて、優しく教えていたことは知っている。工藤の場合、少しのミスでも『ちゃんと確認したの』とか冷たく強く当たられていた。それに比べて中田の時は、次頑張ろうとか言っていた。それを見ていた時は、不快さはあった。工藤がワンフロアを任せれ、中田はその半分の客室を清掃をすればよかった。同じ給料貰っていたとしたら、働く気力を奪われていたが、結果的に指導の仕方に問題はあったのだろうが、東にとっては最悪な結果になったのだろう。
更衣室を出ると、事務所から中田の声がした。「いや、いや、いやー、辞めたくない」と聞こえてきた。どこか清々する障害者だからといって、なんでも許される世の中でなかったことに、ほっとした。




