最終話 ログアウト
待ち合わせの場所に、彼はもう来ていた。
スマホを片手に、
人の流れをぼんやり眺めている。
画面を覗くと、
フレンド欄は——オフライン。
分かっている。
今は、誰もログインしていない。
それでも、
この表示を見ると、少しだけ不思議な気分になる。
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「久しぶり」
「うん。久しぶり」
声を聞いた瞬間、
昨日までのVCが、
一気に現実へと引き戻された。
ヘッドセット越しの声。
画面の向こうの声。
でも今は、
風の音と、街のざわめきに混じる、
生の声。
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「不思議だよね」
歩きながら、彼が言った。
「声で分かったのに、
それでも、ちゃんと会うまで
実感なかった」
私は、少し考えてから頷く。
「ログインしてない時間の方が、
考えてた気がする」
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カフェに入る。
向かい合って座ると、
自然と、笑ってしまった。
最悪な出会いだったはずなのに。
野良で喧嘩して、
言葉をぶつけ合って、
無言で終わった夜。
そこから、
ここまで来るなんて。
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「ね」
彼が、少しだけ照れたように言う。
「最初、
お互いオフラインだったよね」
その言葉に、
胸の奥が、静かに温かくなる。
「うん。
だから、良かったのかも」
「どういう意味?」
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「オンラインだと、
どうしても急いじゃうから」
勝ちたい。
分かってほしい。
伝えたい。
「オフラインだったから、
ちゃんと、順番を守れた気がする」
彼は、少し考えてから、笑った。
⸻
「じゃあさ」
テーブルの上に、
彼がスマホを置く。
フレンド欄を開く。
——オフライン。
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「これからは?」
その問いに、
私は、迷わなかった。
「一緒に、ログインしよう」
彼は、少し驚いてから、
ゆっくり頷いた。
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帰り道。
並んで歩きながら、
思う。
オフラインだった時間があったから、
オンラインになれた。
繋がらない時間があったから、
ちゃんと、繋がれた。
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スマホが震える。
フレンドがオンラインになりました
隣を見ると、
彼が、少し照れたように画面を見ている。
私は、笑った。
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——オフライン。
それは、
孤独の表示じゃない。
誰かと出会うために、
一度、立ち止まる場所。
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私の一日は、
ログインから始まる。
でも今は、
ログアウトの時間も、
大切にできる気がした。
⸻
完
この物語では、
「オフライン」という言葉を、
ただの状態表示としてではなく、
人と人との距離として描いてきました。
すぐに繋がれる時代だからこそ、
あえて繋がらない時間や、
声を聞かない選択にも、
意味があるのかもしれません。
二人が選んだ「オフライン」は、
遠ざかるためではなく、
大切に近づくための距離でした。
この物語をどんなふうに受け取ったかは、
読んでくれたあなた次第です。
最後まで読み進めてくださり、
本当にありがとうございました。




