第三話 ボイスチャットは繋がない
その日は、最初から少し落ち着かなかった。
理由は分からない。
ただ、昨日までとは違う夜だった。
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パソコンの電源を入れる。
メイン垢でログインする。
フレンド欄を開くと、
彼の名前があった。
——オンライン。
それだけで、
胸の奥が、わずかに反応した。
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今からできる?
できるよ
短く返して、
キーボードに手を置く。
VCはなしでもいい?
送信してから、
一拍だけ、指が止まった。
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メイン垢では、基本的にボイスチャットは使わない。
それは、前から決めていることだ。
彼の前で見せている私と、
ゲームの中の私は、少し違う。
今日は、まだ重ねたくなかった。
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大丈夫
テキストでやろう
返事を見て、
小さく息を吐いた。
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デュオでのマッチ。
静かな試合だった。
A行く
カバーする
了解
必要な言葉だけが、
チャットに流れる。
それなのに、
不思議と、やりやすい。
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前に出る判断。
引くタイミング。
無理をしない立ち回り。
動きが、噛み合っている。
——あれ。
胸の奥に、
小さな引っかかりが残る。
でも、
すぐに首を振った。
考えすぎだ。
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勝利。
ナイス
ありがとう
短いやり取り。
でも、それで十分だった。
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二戦目。
三戦目。
負けた試合もあった。
次、気をつけよう
うん
責め合わない。
言葉が、荒れない。
それが、
少しだけ、嬉しかった。
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数試合して、
彼がログアウトした。
フレンド欄。
——オフライン。
さっきまで一緒に戦っていたのに、
画面の向こうには、もういない。
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オフライン。
ただの表示のはずなのに、
視線が、自然とそこに留まる。
一緒に戦った感覚だけが、
静かに残っていた。
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――彼視点
申請が届いたとき、
少しだけ驚いた。
昨日は、送ってこなかったからだ。
承認する。
フレンド欄に、
彼女の名前。
——オンライン。
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VCはなしでもいい?
その一文に、
変な安心感を覚えた。
俺も、
メイン垢では基本VCを使わない。
声を繋ぐと、
判断より感情が先に出る。
今日は、それでいいと思った。
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デュオは、静かだった。
でも、
驚くほど噛み合う。
前に出るとき。
引くとき。
判断の“間”が、似ている。
——似てる。
そう思って、
すぐに考えるのをやめた。
まだ、始まったばかりだ。
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数試合して、ログアウトする。
フレンド欄。
彼女は、まだオンライン。
少し迷って、
電源を落とした。
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しばらくして、
もう一度ログインする。
——オフライン。
それを見て、
なぜか、切れた感じがしなかった。
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同じ夜。
別々の部屋。
オンラインと、オフライン。
繋がっていない時間の方が、
相手を意識してしまう。
——オフライン。
この距離は、
まだ、悪くなかった。
第4話:同じミスは、偶然じゃない




