第75話ー縁の独白 前ー
縁たちはギルドで今回の大規模討伐の報酬の話を受けたあと、ギルドマスターである梓乐に呼ばれた。
「今回のリザードマン討伐で一番手柄をあげたのは、お前たちだ。よってランク申請もヤオとユエがBランク、ヤンガもCランクとして認めよう。賞金の方も多少色を付ける。何しろジェネラルやキングを圧倒しているからな。」
梓乐は書類仕事に追われながら、一気に話した。
「わかった。お金には困ってないから、後で取りに来る。また瑠璃の小箱亭に使いを出してくれ。」
と縁はそう告げると、3人を引き連れて執務室を後にした。
昼食は、前に屋台で情報収集しておいた店に向かった。4人とも健啖家ぶりを発揮した。縁はパッタイとカオマンガイをおかわりし、ヤオとユエは魯肉飯をおかわりしまくった。ヤンガは回鍋肉と白米のローテーションで調理場を戦かせた。
食後、4人は満足した面持ちでお茶を飲んでいた。
「で、いつ話してくれるんですか?」
と、唐突にユエが口火を切った。
「その話か。なら、店を変えよう。長居しても嫌がられない、ゆっくり茶でも飲める店にな。」
と縁は答えた。
カランカラン。
ドアのベルがなる。そこは落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。中洋折衷、落ち着いた色調、とても居心地が良さそうな店だ。店員に、
「奥の席、構わないか?」
と縁は聞いた。白いシャツに臙脂色のリボンタイ、黒いエプロンをつけたウェイターが、
「もちろんかまいません。後ほどお飲み物をお伺いに参ります。」
と話した。ゆったりした席に、縁を1番奥にした形で席につく。
「私はミルクティー、アイスかな。」
とユエはメニューも見ずに決めた。
「僕もカフェラテ、アイスかな。」
とヤンガが続く。
「俺はカフェモカ、アイスにする。」
とヤオ。縁は、
「私はアイスコーヒーにするよ。」
とメニューに記載されている、コーヒー豆のブレンドを確認して言う。ウェイターを呼ぶと縁はそれぞれの注文をしたのだった。
「お前たち、わざわざアイスにしたのは、私の話が長くなると察してか?」
縁が尋ねる。
「ま、そうね。ヤオもヤンガも同じだと思うわ。」
とユエが答える。頷くヤオとヤンガ。
「だって、今わかってるだけでも、人工生命体であるってこと、婆様より長く生きているってこともそうだし。長い話になりそうじゃないですか。」
とヤオ。縁は溜息をつきながら、
「あぁ。これは確かに長い話になる。退屈で胸糞の悪い、つまらない話さ。」
と右指で目頭を押しながら上を向いた。
「そう、私が覚えている記憶の始まりは、大勢の防護服を身につけた大人に囲まれた空間だった。無機質で、何もない大きな部屋に、"私たち"は白い服を着て過ごしていた。」
縁がアイスコーヒーを一口含み、香りを確かめてから話し出す。
「時おり、誰かが口から血を吹き出して倒れたりした。また、身体中に斑点が現れて倒れたやつもいた。あとは忘れた…。そいつらは防護服の大人に連れていかれた。『失敗作だ』と誰かが言っていた。部屋の人数が4分の1になった頃、私は10歳になっていた。」
ごくん…誰かが唾を飲む音がした。
「10歳になると、大人が『お前たちは第1試験を突破した』と言った。意味はわからなかったが、大人に逆らうことはタブーだったから、"そうなのか。"としか感じなかった。」
縁はカラカラに乾いた口を潤すため、コーヒーを口に含んだ。
「第1試験はなんだったと思う?」
縁のコーヒーの氷が、音を立てる。
沈黙ーーー。誰も答えない。
代わりに縁のコップの氷がカランとなった。
「どうした?続きを聞きたいんだろう?」
3人は意を決して頷いた。
「あとから聞いた話だが、あの場所はありとあらゆる有害な鉱物や病原菌、ウイルス、そんなものが充満した空間の中だった。幼児の時からふるいをかけられていたのさ。」
しばしの無音。
「しかし、まぁ、そのふるいは産まれる前から始まっていた。私は試験管で培養された試験管ベビーだ。」
「もちろん、遺伝子も操作されている。いわゆるデザインベビーってわけだな。最高の精子と最高の卵子を掛け合わせる。試験管の段階で何体脱落したのかは想像がつかないが、私は何のイタズラか生き残った。」
カラン。誰かのコップから氷の溶ける音がする。
「1次試験を突破したあとは、あらゆる分野の知識を身につけ、ありとあらゆる殺人の技術を身につけた。」
「銃器、体術に剣術、ヘリコプターや戦闘機の操縦。殺人の授業ではもちろん本物の武器だった。」
「誰かがシュミレーション通りに動かず、事故で死ぬことはよくある事だった。」
縁は淡々と述べる。
「そ、そんなことが許されていいんですかっ?!そんな鬼畜の所業です!反乱は起きなかったんですか?!」
目を赤くしながら、思わずヤンガが口走る。
「そんなことはできないさ。何しろ子供の時から番号で扱われ、徹底的にモノとして扱われていたからな。」
「"イエス"だけがあり、"ノー"は存在しなかった。彼らは、731部隊は、私たちを徹底して『生きる兵器』として扱った。」
と縁は言葉を継いだ。
「私は実験フェーズ2の実験体。」
「通し番号では、No.5(ナンバーフィフス)と呼ばれた。」
縁はストローでコーヒーをそっとかき混ぜる。
「初期完成体の改良個体だった。」
「SSSランカーはナンバーズと呼ばれる。お察しの通り、そのナンバーズは731部隊の作り出した、私たち殺人兵器のことだ。」
「その、それはいつの出来事なんですか?」
ユエが怒りに震えた声で尋ねる。
「混沌の夜明け(ダウンオブカオス)以前になる。統合歴にすらなってない。」
「そう。4000年以上昔の話、西暦の時代。」
「何しろ世界は第三次世界大戦でトチ狂ってたからな。」
「私たちナンバーズは世界各地の戦争地帯で活動した。」
遠い目をして縁は言う。
弟子たちはそれぞれ場面を思い浮かべる。子供達が、来る日も来る日も殺人の訓練をしている様を。自分たちには到底受け入れられない現実に、冷たい空気が流れる。
しかし、縁の告白は続いた。その悪夢のような生涯に、弟子たちは言葉を失うことになるのだった。




