第6話ーめんどくさいことは朝食の後でー
遅れてすみません!!
シンプルに寝過ごしました。
メシウマ回です!
縁は夢を見ていた。
"夢だな。"
明晰夢だ。過去の夢。おぞましく、懐かしく、どこか恋しい人々の顔。コツコツという軍靴の音。何千何万と聞いた発砲音。軍服を着た上官に対して、敬礼をとる自分。今と違って随分と真面目そうな、特に話しても何も面白いことを言わなさそうな顔をしている。俗に言う無表情。無感動。でも…。
"起きよう…"
縁は後ろ髪を引かれる思いで、夢を断ち切る。
すっと目を開けると、テントの天井が目に入った。
ー時間は…ー
デバイスを見ると5033年9月10日5:54と出ていた。少し早いが起きることにする。手早く髪をまとめ、簪をさす。腰にベルトを巻き、太刀と小太刀を差す。まだ眠っている稲ちゃんは、管に入ったまま懐に入れる。
「アオイ、おはよう。見張りご苦労。」
縁はテントからでて、宙を舞うアオイに声をかけた。
「主様、おはようございます。まだあの長虫共はグーグーと寝ておりまする。叩き起しますか?」
アオイは縁の指に止まって言う。
「寝かしてやれよ〜。疲れてんだから。アオイも休息に入っていいぞ。私が朝ごはんを作りながら見張るから。」
思わず苦笑し、縁はアオイをたしなめた。
ーうちの使い魔たちは、歴戦の猛者揃い。せいぜい500歳程の蛟は小童同然か…怖いねぇ〜ー
なんて思っていたりもする。
アオイはそんな主の心中を知ってか知らずか、じーっと見つめ、
「では、私めも休息に入らせていただきます。おやすみなさいませ。」
と、おしとやかに影に潜んで行った。
縁は川の水で顔をすすいだ。冷たいのが心地よい。タオルで顔を拭き、
「さて、朝ごはんはピータン粥が確かストックにあったはず。揚げパンもあるし!いりこ出汁のだし巻き卵とかもいいが、卵かぶりはねぇ〜。ああ!塩出汁につけたトマトときゅうりがあった!それにしよう。後は焚き火で焼きナスでもするかぁ〜。」
ぶつぶつと独り言を言いながら、献立を決める。縁にとって、食とはとても、そう、とても大切な事だった。単に食べることが好きだからだけではない。食べることは生きることだと、過去に教えてくれた人がいたから。
縁はコーヒーメーカーで、コーヒーを入れた。深煎りのお気に入りのブレンドをブラックで飲んでいる。使役獣達が維持していてくれた焚き火に、空間魔術から大振りなナスを6本ほど、アルミホイルに包んで並べた。強すぎず、弱すぎずの火で丸焼きにしていく。
「「主殿、おはようございます。」」
白曜と黒曜が声をかける。
「2人とも、野営の見張りご苦労だった。夜食はあれで足りたか?」
縁は薪をくべながら2匹を撫でる。
「お気遣い感謝致します。十分でございました。ウスハ殿は今は眠っておられます。」
白曜が答えた。
「そうか。じゃあ2人は先に朝ごはん食べてるといいよ。重くないものがいいよね〜シンプルにジャイアントダックにしとく??焼く?焼かない?」
縁は淡白だが滋味深いモンスターの肉を提案した。
「…その、出来れば塩焼きで。」
黒曜が主に手間をかけさせて申し訳ない、といったふうにおずおずと答えた。
「あはははは!いいよ!全然大丈夫!ナスはすぐに焼けるからちょっと待っててくれる?せっかくだから、中にスパイスをかけたじゃが芋を入れて焼こう!」
縁は料理が好きだ。料理をして、争いなど生まれはしない。そりゃ味の好き嫌いや、不味いやら好みの問題はあるが…。だから縁は、みなが喜ぶ料理をするのが、とても幸せだった。
じゃが芋は皮のついたまま、1口大に切る。
「おはようございます~主様。寝坊した私めもお手伝いいたします。」
懐から稲ちゃんが顔を出す。
「お、稲ちゃん、おはよう。いいところに起きた。鎌鼬でこれを1口大に切ってくれ。」
助っ人をありがたく使う。じゃが芋が全部切れたら、パプリカパウダー、岩塩、粗挽き胡椒、ニンニク、オリーブオイルを加えて満遍なく混ぜる。下処理された3羽のジャイアントダックを空間魔術からだし、空洞になっているお腹に、ローリエと共にじゃがいもを詰めるだけ詰め込んで、綿の糸で出口を縛る。全体には岩塩を強めにまぶす。後はそれを太めの串に刺し、焚き火にかけてしっかりと焼く。
周囲に良い匂いがたちこめ始めた。もうひとつ焚き火を作るのが面倒だった縁は、カセットコンロでピータン粥を温めている。同時進行で、ボールに氷魔術で作った氷を浮かべ、ナスの皮を剥いている。
「あつつっ!あち!」
焼きたてのナスは熱いが、熱くないと皮が上手く向けない。昔習ったコツだ。
「ふええぇ〜。なんかいい匂いがする〜。おはよう〜師匠〜。」
声がした方を見ると、綺麗な黒髪がピンピンと跳ねたユエが目をこすっている。デバイスを確認すると7:15になっている。
「おはよう。ユエ。てっきりヤオの方が早く起きてくると思っていたんだが…食い物につられたか??」
縁は笑みを浮かべて言った。
「ヤオはね、朝は低血圧で起きるのダメなんだよね〜。500年も封印されてたんだから、てっきり治ってると思ったのに。さすがに笑うわ。」
ユエはやれやれと言った様子で、ヤオのテントに向かっていった。
「戦時じゃないんだから、無理に起こさなくてもいいからな~。」
と縁は声をかけてやる。
ーいやー、朝低血圧で起きられない蛟とか、世界中どこにもいないよ…。ー
なんて呆れながら。もちろん、ピータン粥が焦げ付いていないかのチェックも忘れない。ナスの皮が剥き終わったので、氷水でしっかりと冷やす。後は器に盛り付けて、鰹節をかけ、自家製ポン酢をかけたら出来上がりだ。もちろん塩出汁につけたトマトときゅうりも出しておく。
「師匠…。おはようございます…。」
テンション激シブのヤオの声がする。
「無理するな、まだ少し寝ててもいいんだぞ??」
縁はかなり気をつかって言った。
「大丈夫です。ただでさえ魔族が我らを狙っているのです。早く朝の低血圧を治さなければ…。」
ヤオは鬼気迫る顔で言った。
ーうん。イケメンだし、言ってることもまぁまぁかっこいいけど、朝低血圧で起きられないのはカッコ悪すぎるね…。ー
縁は気の毒に思いながら、
「じゃあ2人とも、顔を洗っておいで。ヤオ、川の水は冷たいから少しは楽になるさ。あと、朝はコーヒー?それとも紅茶?ミルクも蜂蜜もあるよ。」
と声をかけた。
「「カフェオレ、蜂蜜入りで!」」
ヤオとユエの声が揃った。縁は微笑んで準備をする。もちろん、何度も言うが調理中のもののことも忘れてはいけない。料理は戦闘と同じく、マルチタスクが大切なのだ。
ジャイアントダックの脂が、ジュージューと垂れている。皮目はパリッと、肉はジューシーに仕上がり、肉汁を吸ったじゃが芋はほくほくとしているはずだ。ピータン粥は熱々で、パリパリの揚げパンもしっかり出してある。パクチーは好き嫌いがあるのでお好みで。ちなみに縁はあの香りが好きである。
「黒曜、お待たせ。ただの塩焼きじゃないけど、ジャイアントダックの丸焼きだ。白曜もな。」
縁は綿の糸を取り除いて、大きな木製の皿に乗せ、それぞれの前に置いた。
「2人とも、先に食べててくれ。」
縁は2匹に許可を出す。
「「いただきます。」」
白曜と黒曜は美味そうに食べ始める。皮目がパリッと音を立てて、脂が滴っている。縁は満足そうにそれを眺めながら、コーヒーメーカーに魔力を注ぐ。
「サッパリしました。コーヒーの良い匂いがしますね。」
幾分顔色がマシになったヤオが声をかけてくる。
「ああ。私の好みで悪いが、深煎りだよ。少し待っててくれ。」
縁は笑顔で答えた。
「あーピータン粥だ!私大好きなんだよね。パクチーもある、揚げパンもある!なんかデカい鳥の丸焼きもある!超豪華じゃん!」
ユエは早くもハイテンションだ。
「ねぇ〜師匠、なんで日本人なのにこんなに世界中の料理ができるの??冒険者じゃなくて料理人なの??」
ユエは茶化しながら、盛り付けてあった焼きナスと野菜を運んでくれている。
「あぁ〜少なくとも料理人ではないぞ。料理は好きだがな。冒険者でもあるが、私の立場はいささか、というかだいぶ複雑でな。また後で話そう。」
空間魔術からマグカップと牛乳を出しながら縁は言った。
楽しい朝餉が始まった。親しみのある中華の味に、しみじみとしているヤオとユエ。
「この冷えたトマト。出汁が染みてて美味しい…。」
ユエがトマトを箸でつまんで言う。縁はと言うと、一応1羽余分に作っておいたジャイアントダックの丸焼きが、どうしても食べたくなり、解体している。一口食べて、
ーうん、美味い…シンプルだが力強い岩塩の味付け、味の染みたじゃが芋、素晴らしいハーモニーだ。ー
なんて、大袈裟に天を仰いでいる。
「師匠、その、我らの分もありますか?そのデカイ鳥は。」
低血圧からはみかえったヤオが、目を輝かせて言う。縁は皿に腿の部分と胸の部分、じゃが芋を取り分けて、ヤオとユエに渡した。
「これは保存用にと思ってたんだが、冒険者たるものタンパク質はどうしても…。」
と最もらしい言い訳を添えて。
結局、普通の野営のクオリティから遥かに外れた朝食を取り、3人は全員カフェオレで一服する。
「さて、今日の行動予定だが、悠淵の里へ向かうことには変わりは無い。ヤオ、ユエは、気配探知を疲れきれない程度で鍛錬してくれ。ペース配分が分からないだろうが、そこは慣れだ。私の見立てだが、魔族側は当分襲撃はしてこない。偵察が殺されていることは近日中にはわかるだろうが、我らの目的が分からない以上時間がかかるはずだ。その間に、悠淵の里で儀式を済ます。それによってより陰陽の力を制御する、という手筈だ。」
縁は説明する。
「師匠。我らが目覚めた以上、生まれ故郷に行くことは不自然ではないですが、なぜこだわるのですか?」
ヤオがカフェオレを啜りながら尋ねる。
「産土神は知っているか?」
縁は尋ねかえす。
「「うぶすながみ?」」
ヤオとユエの声が揃う。
「産土神を知らんのか。」
背後から白曜の声がする。
「知らないよ。日本の神様でしょ?」
ムッとしたようにユエが答える。
「産土神とは、土地神の1種です。漢字では産まれる土の神と書きます。日本の神の信仰形態ですが、産まれた土地を守護する神であるからして、中国大陸にもいるでしょう。要するに主様は、産土神の力を借りてあなた方の陰陽の力を制御するおつもりなのです。」
黒曜が丁寧に答える。
「そうだ。人間だけでなく、生き物はその土地から影響を受けて生まれ、育つ。陰陽の化身たる2人が生まれた産土神ならば、何か手助けになるやもしれん。色々考えてみたが、他に思いつかん。」
縁はこめかみに手を当てて言った。
「確証は無いのですか?」
ヤオが不安げに問う。
「術式は仕上げている。ただ産土神がどれだけの力を貸してくれるかが、未知数だ。兎にも角にも悠淵に行かなければ埒が明かない。今は私を信じて欲しい、それしか言うことは出来ない。」
縁は2人を見据えて言った。
「ま、大丈夫でしょ。目の前の事をコツコツやるだけだよ。ここでうんうん唸ってもダメなものはダメ!」
ユエはカフェオレを一気飲みして言った。ヤオも頷いた。
「よし、じゃあ一息ついたら、野営の後を完璧に隠蔽して出発するから、各々準備するように!」
縁は自分のカフェオレを飲み干して言った。




