第59話ー密かな命(いのち)ー
縁は護衛部隊の詰所を後にする。
次なる目的地は商人ギルドである。暁東に会い、叔父の遺体を渡さなければならない。縁は瑠璃の小箱亭で事前に聞いておいた場所に歩を進める。
商人ギルドは荷馬車が何台も着き、だいぶ賑やかだ。縁は意を決して入っていった。
内部はほとんど冒険者ギルドと代わりがない。クエストを貼っている場所がないくらいである。入口で、賑やかな商人の声に、縁は静かに耳を澄ます。
ーいた…。ー
縁は入口から右側に曲がってそのまま奥に進んでいく。そうすると、
「縁様!来てくださったんですね!」
暁東が声をかける。
「あぁ。早くお前に叔父さんを返してやりたかったからな。それに、商人ギルドでどんな動きがあるかも気になってな…。」
縁が返事をする。そうすると声を潜めて、
「聞きましたよ。オークの牙のやつら、リーダーが青鳩商会の息子だったんですね!それで推薦が通ったのだとか。うちは今それで損害賠償を支払って貰う話をしているところです。」
暁東が言った。縁は、
「そうか。もうそこまで話が進んでいるのか。さすが商人だな。いくらぐらい払ってもらえそうなんだ?」
と聞く。
「そうですね、白金貨30枚は軽いでしょう。青鳩商会は商人ギルドにも、少なくない賠償金を払わないといけないでしょう。あと、葬式代も全額出してもらいます。」
と暁東は言った。
「そうか。暁東さん、叔父さんの遺体はどうしようか?失礼だが、葬式はいつだ?」
と縁は聞いた。
「明日予定していますので、これから受け渡しをお願いしたいです。お時間は構いませんか?」
暁東はおずおずと聞いた。
「かまわない。今日はそのつもりできたから、予定は済ませてある。」
縁は控えめな笑顔で言った。
「では、我が商会にご案内しますね。瑠華の商会と言います。」
暁東は道案内をし始めた。てくてくと商人ギルドを後にし、人混みの中を進んでいく。
数分後、見事な店構えの店に到着した。
「そういえば暁東、瑠華の商会というのは、瑠華鈴蘭を取り扱ってるのか?」
縁は尋ねる。暁東は、
「ええ!うちは代々瑠華鈴蘭を初めてとした薬を扱っている商会なんです。」
と言った。縁は、
「そうなのか!今、うちの弟子達は瑠華鈴蘭を採取するクエストに行かせているよ。まぁお試しってやつだな。」
と偶然に顔を綻ばせた。
「そうなんですね。採るのはなかなか難しいですが、あの3人でしたら問題ないでしょう。」
と暁東も笑顔で言った。
どうやら店の奥に家があるらしく、縁は店中を通り越して、裏の中庭に出た。ふと、線香の匂いが漂ってくる。
「あっちの部屋か?」
縁は暁東に聞く。
「はい、叔母の明明がずっと部屋にいます。」
暁東が言った。縁は、扉をノックする。
「明明さん。冒険者の縁だ。あなたの旦那さんをお連れした。入るぞ。」
明明から、
「どうぞ…。」
小さな声が聞こえる。縁はそっと扉を開けて入っていった。低い机のような台は空っぽで、線香と花だけがいけられている。明明はまだ若さの残る中年の女性だ。
「明明さん。これから、空間術式から旦那さんを出す。きっと衝撃を受ける。もう一度、覚悟をしてほしい。」
縁はそっと明明の手を握って言った。明明は涙目で頷く。
空間術式から明明の夫の死体を出す。まだ死んでまもない、今にも動き出しそうなその姿に、明明は思わず縋り付いた。
「ゔ、ゔあああああ!あなた!どうして!あなた、目を開けて。ううう。」
縁は明明の肩に手を置く。
「明明さん。あまりに悲嘆にくれると体に良くない。気づいているか?」
明明は目を真っ赤にして、
「え?何の事ですか?」
と、聞き返す。
「そうか、気づいていなかったか。明明、よく聞け。お前は今独りじゃない。お腹に手を当ててみろ。そこにもう1人分の命がある。お前と、お前の旦那の子供だ。」
縁はしゃがんで、明明の両肩に手を置いて言った。
「え…?結婚して何年も子供を授からなかったのに、今、いるんですか?ここに…あの人との子供が…。」
明明は呆然として言った。
「あぁ。まだ小さい小さい、か弱い命だ。だが、守ってやれるな?明明。」
縁は真っ直ぐと明明の目を見据えて言った。
「私に赤ちゃんが、あなた…あなたがいなくても私やっていけるかしら…。」
明明は心細げに言う。
「暁東がいる。家族がいるじゃないか。明明。母親になるのは大変なことだろう。でも、旦那さんから託された命を繋いでいけ。頑張るんだ。」
縁はそっと明明を抱きしめたのだった。
「……はい。私、やるわ。あなたに誇れる母親になるわ。」
縁の肩で明明は嗚咽をこぼしながら言ったのだった。
すすり泣く明明を後に、縁と暁東はそっと部屋を後にする。中庭で、
「改めて、ありがとうございました。縁様。あなたがいなかったら、全員が山野で野ざらしの死体になるところだった。しかも明明が妊娠しているとは…。」
と、暁東は小声で言った。
「気にしないで欲しい。いたずらに命を奪う奴ら、そいつらは常に"悪"だ。私はそういう者を許しはしない。明明はこれから大変だが、家族で支えてあげて欲しい。暁東も傷ついたんだ。今は心を癒せ。」
縁は暁東の手を握って言った。
「ありがとうございます。謝礼なのですが、白金貨8枚お渡ししても宜しいですか?」
暁東は涙をこらえて現実的な話を持ってくる。
「暁東さん、あんな安全地帯の1泊2日の護衛に白金貨8枚は出しすぎだ。弟子は冒険者ですらなかったんだぞ?」
縁は驚いて言った。
「縁様。私達は全員死ぬところだったんです。それを考えれば安いもの。縁様と縁故が結べたと思えば安いもの。縁様の知恵で今回の損害賠償も貰える。商人とは損得勘定で生きるものです。白金貨8枚は適当です。」
暁東は頑なに言った。
「………そこまで言うなら、貰っておこう。私も大きな薬問屋と繋がりができてよかった。」
縁は右手を差し出す。暁東はそれを両手で包んで握手をした。
縁は店頭で暁東から白金貨8枚を貰う。
「明日の葬式にも顔を出してやりたいが、私たちが出ると何かと面倒なことになる。後日また線香をあげに来るよ。」
縁は暁東の肩を叩いた。
「わざわざ…ありがとうございます。」
暁東は頭を下げた。
縁は背に乗った重しをやっと下ろせたことに、ほっとしているのであった。




