第52話ー業(ごう)ー
リーンリーン、
チロチロチロチロ、
ジーッジーッジーッ、
秋の虫が心地よい音色を奏でる中、縁たちは見張りをしている。今は前半のヤオとユエ、アオイ、白曜の番である。
「ユエ、気配探知の方はどうだ?」
ヤオが焚き火に薪をくべながらいう。
「変化なし。モンスターが活発化する夜は動かないかも。」
ユエは額に手を当てながら言った。
「それにしても、今日は…なんというか後味が悪い日だったな。」
ヤオは星を見上げていう。ほっそりとした月が控えめに輝いている。
「まぁ、人を殺したのは初めてだったわね。でも話が通じる相手を殺すのは、魔族とあまり変わらない感じね。何度も体験したいことでは無いけど。」
ユエは頬杖を着いて言った。
「同感だな…。業というのは本当に背負っているのだな。あれは正直もう見たくない…。」
ヤオは眉間を揉みながら言った。
「主様の背後も見られては?」
アオイが会話に割り込む。
「「えっ…?…。」」
突然のアオイの声に、2人は硬直した。
「何をおっしゃいますか、アオイ様!そんなこと…そんなことなど…。」
ヤオが言葉をつげなくなる。
「なんの得があるって言うのよ!師匠は軍属だったんでしょ?!そんなの…」
ユエが激しく抗議しようとして、尻すぼみになる。
「まぁ冗談ですよ。お二人とも、我が主と会ったその日に師弟関係を結ばれた。『戦いにはその人の人柄が出るから』と。その言葉に二言は無いと、我ら式神は信じておりますから。」
ヤオとユエは言葉を失う。
ー師匠の背後。師匠の業。ー
ふたりは考える。
「アオイ様、私は師匠は今の師匠しか知りません。私はそれでいいと思っています。師匠は軍属だった。それだけで何を意味するか、平和な世の私でも分かりますとも。師匠の背に大きな業があるならば、私も一緒に背負います。」
ヤオは決死の面持ちでアオイに言った。
「私だってそうよ。人は今の姿しか分からない。師匠がどんな業を背負っていようと、関係ないわ!だって私たちの師匠なんだもの。私が認めたの。師匠だって。どんなに大勢の恨み辛みをかっていようと、私もその業を背負うわ!」
ユエは毅然として言った。アオイは悠然とそれを聞いている。
「その言葉、二言はないな。我ら式神一同、主を傷つけるものを許しはせん。それを主が許したとしても…。決して心では許さぬ。お前たち、心に刻んでおけ。」
どっしりと座っていた白曜が、突如立ち上がって言った。
「「わかった。」」
ヤオとユエはゆっくりと答えた。
アオイと白曜はお互いに目を合わせ、ゆっくりと頷いた。
夜は更ける。
夜半すぎ、テントで仮眠をとっていた縁たちにユエが声をかける。
「交代です!師匠!眠れましたか?」
「あぁ。冒険者は短時間でも睡眠が取れなくちゃならないからな。」
縁がテントから顔を出す。
「それは…軍隊でも?」
ユエが恐る恐る聞いた。
「??そうだぞ。ま、軍隊では3日寝ないぐらいじゃないと死ぬけどな。ははは!」
縁は笑って言った。
「そう、ですか。」
ユエは力なく笑った。
「あまり気にするな、ユエ。」
何を悟っているのか、縁はユエの肩を叩いた。
「っつ!じゃあ私も仮眠とりますね。おやすみなさい。」
ユエは自分のテントに入っていった。ヤオもこちらを気にしつつ、テントに入っていた。
「アオイ、白曜、何も無かったか?」
縁は珍しく髪を下ろした状態だ。美しい黒髪が、焚き火の火を写して、黒く輝いている。
「何もございませんでしたわ。主様。」
アオイが優雅に答える。
「同じく。」
白曜が短く応じる。縁は椅子替わりの丸太に腰掛け、髪をポニーテールに束ねる。
「そうか。ならいい。」
短く答えた。
「お前たちも休め。ありがとうな。」
縁は下僕たちに声をかけた。そして、髪に深紅の血赤珊瑚の簪を刺した。
「師匠!遅れましたか??」
ヤンガが焚き火のそばにやってきた。
「いや、私も今準備したところだ。私の気配探知によると、連中は20キロ地点から動いていない。モンスターに注意しながら警戒だ。」
縁の影からウスハと黒曜が現れる。
「よろしくお願いします、ウスハ様、黒曜様。」
ヤンガは2匹に丁寧に頭を下げた。
「ヤンガ、肩の力をぬけ。周りにも敵性反応はない。」
縁は冷静に伝えた。
「母の産婆の手伝いをする時も徹夜とかあったんですけど、また全然違った緊張があります…。」
ヤンガは笑顔で応じるが、どこか痛々しい。
「そうだな…」
縁はつぶやくように答えた。
リーンリーン、ジジジジ。
秋の虫が沈黙を彩る。
「ヤンガ、今までお前は命を助ける側だった。昨日は初めて裁く側にまわり、命を殺めた。」
縁は静かに言った。
「っつ、それは、そうですね。今まで子供を取り上げたことは何度かありましたけど、初めて人を殺めました。あいつらは死んでも仕方ない、そう思えた。けど…。」
ヤンガは言い淀む。
「死んでも仕方ない。けど?どうした。」
縁は珍しく詰める。
「僕が裁いていいのか、最後まで悩みました。でも奴らの背後の霊たちの気持ちが痛いほどわかって…気がつけば魔法を放っていました。血の噴水を浴びて初めて、自分が殺した…感触がして…怖かった。本当に。」
ヤンガは我が身を抱きしめる。
「もう一度お前、ああいうことができるか?」
縁は非情とも取れる質問をした。
「旅に出れば、今回のように盗賊に合うこともある。相手によれば今回のように始末せなければならない。その時に、手が止まるようじゃあ話にならない。お前に殺人ができるか?」
縁の言葉に容赦はない。
「それは…わ、わかりません。で、できると思います。」
ヤンガは俯き、しどろもどろで目を合わせようとしない。
「ヤンガ、私の背後を狐の目でみてみろ。」
縁は命じる。
「…え?」
ヤンガは唐突に命じられた指令に戸惑う。
「ヤンガ殿、やりなさい。」
ウスハがいつの間にか隣にいた。ヤンガの身体が意図せず動いていく。
「え?なに?なに?!!」
ウスハがヤンガの体を操り、狐の目を縁に向けて構えさせる。
「ヤンガ、お前に見えるはずだ。私の背後にまとわりつく数え切れないほどの業が。それを見て考えろ。自分は何を基準に、人の生死を分けたのかを。」
ヤンガの目には、縁の肩に手を置く身体が両断された男、首のない女、ヘルメットを被った数限りない兵隊の首、首、首。数限りない亡霊が見えていた。
「っつ!!!」
ヤンガは知識として知ってはいた。縁がかつて軍属であったこと。貴族として要職に着いていることも、そしてそれに伴う責任も理解していたつもりだった。ただ、衝撃が多すぎて声が出なかった。
「ーーうぅぅう!」
ヤンガはウスハの術を無理やり破る。
「僕は!弱い!よくわかった!弱いんだ!だけど…今必死に生きている人を殺めることはしない!過去の業を背負う人を軽蔑しない!それだけは…わかってください。師匠。僕は師匠の味方です。」
ヤンガはまとまらない言葉をそのままにまくし立てた。
「ヤンガ…。」
縁は思わぬ告白に目を見開く。
「お前は…、お前が思っているよりずっと強い。私の味方か、いいな…。ふふ。お前はいい子だな。」
縁は優しく微笑んだ。肩で息をするヤンガは、目に涙を滲ませる。
「すみません。僕…。ヤオやユエとは、やっぱり違います。あんなに強くなれない。この旅に…僕は相応しくない…。」
力なく俯く。
「ヤンガ。言ったろ?お前はお前が思っているより強い。私の弟子にぴったりさ。よくできた子だよ。」
縁は立って、立ちすくんでいるヤンガを抱きしめる。
「よしよし、いい子だ。泣くんじゃない。私の味方でいるなら、笑顔でいておくれ。」
縁は耳もとで囁いた。
「うううぅ。うううううううああああ!」
堰を切ったようにヤンガは泣き出した。縁はヤンガの首越しに、ウスハに結界を張るように指示をだす。縁の肩で、ヤンガが思う存分泣けるように。
「ヤンガ、落ち着いたか?」
縁はヤンガの背中を擦りながら言う。
「すまない、爪先立ちがきつい。」
縁は正直に言った。
「あああぁ!すいません!師匠。もう大丈夫です。」
ヤンガは我に返って縁を離した。
「もう大丈夫だな?」
縁は肩を叩く。
「はい!なんだかスッキリしました。ありがとうございます。」
ヤンガは照れくさそうに頭を下げた。
秋の夜は長い。ヤンガと縁は焚き火に当たりながら、夜を明かす。それは、傷つきながら高い壁を乗り越えた弟子によりそう、師匠の姿であった。
黒曜とウスハはそれをただ黙って見つめていた。




