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双蛇ノ縁ーソウダノエニシー  作者: 環林檎


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52/62

第52話ー業(ごう)ー

リーンリーン、

チロチロチロチロ、

ジーッジーッジーッ、

秋の虫が心地よい音色を奏でる中、縁たちは見張りをしている。今は前半のヤオとユエ、アオイ、白曜の番である。


「ユエ、気配探知の方はどうだ?」

ヤオが焚き火に薪をくべながらいう。

「変化なし。モンスターが活発化する夜は動かないかも。」

ユエは額に手を当てながら言った。

「それにしても、今日は…なんというか後味が悪い日だったな。」

ヤオは星を見上げていう。ほっそりとした月が控えめに輝いている。

「まぁ、人を殺したのは初めてだったわね。でも話が通じる相手を殺すのは、魔族とあまり変わらない感じね。何度も体験したいことでは無いけど。」

ユエは頬杖を着いて言った。

「同感だな…。業というのは本当に背負っているのだな。あれは正直もう見たくない…。」

ヤオは眉間を揉みながら言った。


「主様の背後も見られては?」

アオイが会話に割り込む。

「「えっ…?…。」」

突然のアオイの声に、2人は硬直した。

「何をおっしゃいますか、アオイ様!そんなこと…そんなことなど…。」

ヤオが言葉をつげなくなる。

「なんの得があるって言うのよ!師匠は軍属だったんでしょ?!そんなの…」

ユエが激しく抗議しようとして、尻すぼみになる。

「まぁ冗談ですよ。お二人とも、我が主と会ったその日に師弟関係を結ばれた。『戦いにはその人の人柄が出るから』と。その言葉に二言は無いと、我ら式神は信じておりますから。」

ヤオとユエは言葉を失う。

ー師匠の背後。師匠の業。ー

ふたりは考える。


「アオイ様、私は師匠は今の師匠しか知りません。私はそれでいいと思っています。師匠は軍属だった。それだけで何を意味するか、平和な世の私でも分かりますとも。師匠の背に大きな業があるならば、私も一緒に背負います。」

ヤオは決死の面持ちでアオイに言った。

「私だってそうよ。人は今の姿しか分からない。師匠がどんな業を背負っていようと、関係ないわ!だって私たちの師匠なんだもの。私が認めたの。師匠だって。どんなに大勢の恨み辛みをかっていようと、私もその業を背負うわ!」

ユエは毅然として言った。アオイは悠然とそれを聞いている。


「その言葉、二言はないな。我ら式神一同、主を傷つけるものを許しはせん。それを主が許したとしても…。決して心では許さぬ。お前たち、心に刻んでおけ。」

どっしりと座っていた白曜が、突如立ち上がって言った。

「「わかった。」」

ヤオとユエはゆっくりと答えた。

アオイと白曜はお互いに目を合わせ、ゆっくりと頷いた。


夜は更ける。


夜半すぎ、テントで仮眠をとっていた縁たちにユエが声をかける。

「交代です!師匠!眠れましたか?」

「あぁ。冒険者は短時間でも睡眠が取れなくちゃならないからな。」

縁がテントから顔を出す。

「それは…軍隊でも?」

ユエが恐る恐る聞いた。

「??そうだぞ。ま、軍隊では3日寝ないぐらいじゃないと死ぬけどな。ははは!」

縁は笑って言った。

「そう、ですか。」

ユエは力なく笑った。

「あまり気にするな、ユエ。」

何を悟っているのか、縁はユエの肩を叩いた。

「っつ!じゃあ私も仮眠とりますね。おやすみなさい。」

ユエは自分のテントに入っていった。ヤオもこちらを気にしつつ、テントに入っていた。


「アオイ、白曜、何も無かったか?」

縁は珍しく髪を下ろした状態だ。美しい黒髪が、焚き火の火を写して、黒く輝いている。

「何もございませんでしたわ。主様。」

アオイが優雅に答える。

「同じく。」

白曜が短く応じる。縁は椅子替わりの丸太に腰掛け、髪をポニーテールに束ねる。

「そうか。ならいい。」

短く答えた。

「お前たちも休め。ありがとうな。」

縁は下僕たちに声をかけた。そして、髪に深紅の血赤珊瑚の簪を刺した。


「師匠!遅れましたか??」

ヤンガが焚き火のそばにやってきた。

「いや、私も今準備したところだ。私の気配探知によると、連中は20キロ地点から動いていない。モンスターに注意しながら警戒だ。」

縁の影からウスハと黒曜が現れる。

「よろしくお願いします、ウスハ様、黒曜様。」

ヤンガは2匹に丁寧に頭を下げた。

「ヤンガ、肩の力をぬけ。周りにも敵性反応はない。」

縁は冷静に伝えた。

「母の産婆の手伝いをする時も徹夜とかあったんですけど、また全然違った緊張があります…。」

ヤンガは笑顔で応じるが、どこか痛々しい。

「そうだな…」

縁はつぶやくように答えた。


リーンリーン、ジジジジ。

秋の虫が沈黙を彩る。


「ヤンガ、今までお前は命を助ける側だった。昨日は初めて裁く側にまわり、命を殺めた。」

縁は静かに言った。

「っつ、それは、そうですね。今まで子供を取り上げたことは何度かありましたけど、初めて人を殺めました。あいつらは死んでも仕方ない、そう思えた。けど…。」

ヤンガは言い淀む。

「死んでも仕方ない。けど?どうした。」

縁は珍しく詰める。

「僕が裁いていいのか、最後まで悩みました。でも奴らの背後の霊たちの気持ちが痛いほどわかって…気がつけば魔法を放っていました。血の噴水を浴びて初めて、自分が殺した…感触がして…怖かった。本当に。」

ヤンガは我が身を抱きしめる。

「もう一度お前、ああいうことができるか?」

縁は非情とも取れる質問をした。

「旅に出れば、今回のように盗賊に合うこともある。相手によれば今回のように始末せなければならない。その時に、手が止まるようじゃあ話にならない。お前に殺人ができるか?」

縁の言葉に容赦はない。

「それは…わ、わかりません。で、できると思います。」

ヤンガは俯き、しどろもどろで目を合わせようとしない。

「ヤンガ、私の背後を狐の目でみてみろ。」

縁は命じる。

「…え?」

ヤンガは唐突に命じられた指令に戸惑う。

「ヤンガ殿、やりなさい。」

ウスハがいつの間にか隣にいた。ヤンガの身体が意図せず動いていく。

「え?なに?なに?!!」

ウスハがヤンガの体を操り、狐の目を縁に向けて構えさせる。

「ヤンガ、お前に見えるはずだ。私の背後にまとわりつく数え切れないほどの業が。それを見て考えろ。自分は何を基準に、人の生死を分けたのかを。」

ヤンガの目には、縁の肩に手を置く身体が両断された男、首のない女、ヘルメットを被った数限りない兵隊の首、首、首。数限りない亡霊が見えていた。

「っつ!!!」

ヤンガは知識として知ってはいた。縁がかつて軍属であったこと。貴族として要職に着いていることも、そしてそれに伴う責任も理解していたつもりだった。ただ、衝撃が多すぎて声が出なかった。

「ーーうぅぅう!」

ヤンガはウスハの術を無理やり破る。

「僕は!弱い!よくわかった!弱いんだ!だけど…今必死に生きている人を殺めることはしない!過去の業を背負う人を軽蔑しない!それだけは…わかってください。師匠。僕は師匠の味方です。」

ヤンガはまとまらない言葉をそのままにまくし立てた。

「ヤンガ…。」

縁は思わぬ告白に目を見開く。


「お前は…、お前が思っているよりずっと強い。私の味方か、いいな…。ふふ。お前はいい子だな。」

縁は優しく微笑んだ。肩で息をするヤンガは、目に涙を滲ませる。

「すみません。僕…。ヤオやユエとは、やっぱり違います。あんなに強くなれない。この旅に…僕は相応しくない…。」

力なく俯く。

「ヤンガ。言ったろ?お前はお前が思っているより強い。私の弟子にぴったりさ。よくできた子だよ。」

縁は立って、立ちすくんでいるヤンガを抱きしめる。

「よしよし、いい子だ。泣くんじゃない。私の味方でいるなら、笑顔でいておくれ。」

縁は耳もとで囁いた。

「うううぅ。うううううううああああ!」

堰を切ったようにヤンガは泣き出した。縁はヤンガの首越しに、ウスハに結界を張るように指示をだす。縁の肩で、ヤンガが思う存分泣けるように。


「ヤンガ、落ち着いたか?」

縁はヤンガの背中を擦りながら言う。

「すまない、爪先立ちがきつい。」

縁は正直に言った。

「あああぁ!すいません!師匠。もう大丈夫です。」

ヤンガは我に返って縁を離した。

「もう大丈夫だな?」

縁は肩を叩く。

「はい!なんだかスッキリしました。ありがとうございます。」

ヤンガは照れくさそうに頭を下げた。


秋の夜は長い。ヤンガと縁は焚き火に当たりながら、夜を明かす。それは、傷つきながら高い壁を乗り越えた弟子によりそう、師匠の姿であった。

黒曜とウスハはそれをただ黙って見つめていた。

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