第34話ー強くなるためにー
あの後、何とかヤオは旅の出立の日が10月15日に決まったことを伝えた。徽因は
「それを1番先に言いなさい!」
と怒った。陽の化身とて、母には敵わぬものである。
次の日からヤオとユエは午前中に縁から手ほどきを受け、午後は自主練か自由に過ごすという日々が始まった。縁も午後は婆様のところへ顔を出したり、ガロからの依頼で護衛部隊をしごいたりしていた。
「いててて!痛いっす!ギブ、ギブですー!」
「ほらほら、こんなものかぁ?私の稽古は厳しいぞ〜♡」
部隊の中堅クラスの相手の男を、赤子の手をひねるように組み敷く。
「いいか、お前ら、まずは技の起こりが見えないように努力しろ。間合いというものがあり、"間"というタイミングもある。まずは己が先に攻撃するぞというのを読まれないことだ。こんな感じだ。…………ハッ!シッ」
縁は全員を見渡して、手本を示す。1呼吸置いてから、地面から足が離れたことが分からない程自然な、蹴りからの正拳突きである。
「あの〜おこりを意識すればするほど分かりやすくなってしまうんですけど…。」
と三つ編みの男が尻すぼみに疑問をていする。
「まず、呼吸法を意識しろ。新兵の時に習ったかもしれないが、腹式呼吸をして大地と一体になることを意識するんだ。私は大地、私は1本の竹であり、枝である。風と共にしなり、反動は全身で捉える。」
「と、いわれても、わっかんねーーっす!!」
坊主の男がこんがらがっている。
「そうだなぁ〜私も口で説明するのは得意じゃないんだ。とにかく"間"を制することができれば、後は一足飛びに上達する…ってことで、実践ね♡また1列に並んでやるぞ〜」
「「「ひぃぃぃーー〜」」」
まさに今、護衛部隊の中堅クラスには暴風が吹き荒れていた。
それを横目にヤオとユエはドン引きしていた。
…ただ痛ぶって遊んでいるだけでは?…
とヤオ。
…いや、あれは大真面目にやってるよ。なんか軽いノリの方がやりやすいな?とか思ってるに決まってる。…
とユエ。
…我が主はちょっとズレているのです。仕方がありません。普通の人ではないので。…
やれやれと手を動かす稲ちゃん。
…稲ちゃん、私の発言バレておりませんよね。…
戦々恐々のヤオ。
…2人とも糸のイメージが良くできてますよ!バレておりません。が、主は盗聴もできますので気をつけなさいませ!笑…
ケタケタと笑いながら稲ちゃんは言った。
「君!すごくいいよ!今のはなかなか自然な起こりだった。無我夢中だったろ?」
「ハァハァ、は、はい。もうとにかく何も考えてなかったっす。」
「無我夢中というのは、言わば自然体に近い。ただそこに気配が乗っているか、乗っていないか。気配が乗ってしまえば、それは起こりとなり"みえる"ことになる。君は無私で私に向かってきたから、起こりが自然だったんだ。」
「無私ですか。確かに体の動きだけを意識していましたから、そのせいですかね??とにかく嬉しいです!」
縁は中堅クラスでも特に若い男子を褒めていた。縁はあまり怒ったりしない。できたら褒めて褒めてのばすタイプである。
「ん、今日は君が最後か。きゅうけーーーーい!あとはお互いで組手だね。私が見て回るから、起こりを注意するように。」
縁は全体に声をかけ、ヤオとユエの方に向かった。
「さて、ヤオ、ユエ、今気配探知は、どれぐらいいっている???」
縁はみかんのジュースを空間術式から出して飲みはじめた。
「あぁ師匠。私は60キロは探知できる。その内30キロは正確に魔力の反応や動きを探知出来ると思う。」
ヤオは答えた。
「私は50キロ前後探知できる。で、40キロ内はより正確に探知ができているかな!」
ユエは顎に手を当てながら答えた。
「なんだ、気になることがあるのか、ユエ?」
縁は500mlを飲みきって、聞いた。
「思ったより距離が伸び悩んでて…。」
ユエはうつむき加減に髪をクルクルしながら言う。
「あぁ、それは方向性の違いによるものだから仕方がない。ユエの探知の正確さは抜群だ。その情報量のまま、距離をすぐ伸ばすのは不可能だよ。」
縁は慰めるように言う。
「2人とも、気配探知は十分な距離ができている。思考共有もなかなかのもんじゃないか!でも稲ちゃん、私が盗聴できることを教えるのはナンセンス〜。」
縁は稲ちゃんの鼻をピンと弾いて言った。
「「げぇっ!」」
ヤオとユエは悲鳴をあげる。
ー本当に盗聴してるなんて!ー
二人は戦々恐々とした。しかし縁は言う。
「いや、盗聴っていうか、組手とか戦闘をしてると脳の動きが活発になって、思考共有の音が聞こえてくるときがあるんだよ。だから今日は偶然。普段からそんな無粋な真似しないって!」
だいぶ困った顔をしている。
「そう言われてみれば、普段から他人の思考を覗くのって、もはや変態か魔物ですよね…。」
ヤオが真面目な顔をして言う。
「まぁあまりに知られたくなければ、思念をコード化する方法を習ったらいいってことね!」
ユエが半ば諦めたように言う。
「ほんとだからねぇ!信じて!」
縁はあまりの言われぶりに半泣きである。
「まぁまぁ主殿、お気になさらず!組手を見て差し上げるんでしょう?ヤオとユエには白曜殿と黒曜殿と一緒に鍛錬させては?」
稲ちゃんがマイペースに間に入る。
「あぁ、そうだった。ヤオとユエはこれから白曜と黒曜に相手して貰うか!」
縁の影から2匹が体を出す。
「「御意に。」」
…明日は絶対筋肉痛だ。湿布薬あったかな。…
…今日はゆっくりお湯に浸かろう、でないと絶対に死ぬ…
ヤオとユエはボコボコにされる前提で話を進める。
「ヤオ!ユエ!そんな嫌そうな顔すんなし!白曜と黒曜もかわいそうだろ???」
縁はもふもふと胸毛に埋もれる。
「私どもは弱いものいじめは致しませんのに…。」
黒曜は完全に棒読みである。白曜はモフられてドヤ顔である。
「じゃあ、私は組手を見てくる。後でお前らの方にも行くから、訓練場を壊さない程度にやれよ〜。」
と手をヒラヒラさせて、中堅クラスの方へ行った。
ヤオは、
「訓練場を壊さない範囲って言ってましたけど、修復できる範囲って意味ですよね、あれ。」
と白曜に向かって言う。
「そうだなぁ。我は土魔法など直ぐに使えるゆえ地ならしなどすぐ済む。」
白曜は鷹揚に答える。
「別に刃物も大丈夫ですよねぇ。狗神様方。」
ユエは暗器をチラつかせて言う。
「笑止。当たっても小傷にもならぬわ。当たらぬしなぁ。」
と黒曜が答える。
「じゃあやりますか。稲は審判をしますので。」
稲ちゃんが不敵に笑う。
そして訓練場に新たな暴風が吹き荒れる。
封印をとかれ里に戻った、つかの間の日常である。




