第33話ー訓練後の日常ー
「ただいま帰りました。」
ヤオが引き戸を引いて言った。徽因は、
「ああ、ヤオ、おかえりなさい。縁様にはお会いになったかしら?」
と尋ねる。
「はい。ユエと鍛錬していた時に割ってはいられました。やはり師匠は只者ではありませんね。」
ヤオはやれやれといった様子である。
「お母さんは戦いのことは分からないけど、そんなにすごいの?」
徽因はよく分からないと言った表情だ。
「あれは…元のフィジカルから違うよ。見えてる世界が違うんだ。魔術を使ったりしたら多分、この里なんて1秒も数える間もなくチリになる。」
「母さん、縁さんがそんな恐ろしい人には見えなかったわ。でも…。」
「でも?どうしたの?」
「縁様が昨晩ご自分の腕に傷をつけて見せてくださったの。自分はホムンクルスだからだと。一瞬で元に戻ったわ。私、怖いと思った。縁様がじゃない、生き物をここまで変えられる過去の技術に…。」
ヤオは俯く。
「師匠は、"自分は軍属だった"と仰っていました。当時最先端の技術の粋を集められたと考えられます。でないとあれほどのことができるはずがない…。」
「軍属?そうだったの…さぞお辛い目にあったことでしょうね…。」
「母上は軍についてなにかご存知なのですか?」
「いや、先祖の中に軍属の方がいらしたんだけど…それはそれは悲惨な体験でトラウマになってしまって、ときどき発作を起こしていたと聞いているわ。」
「発作?それはどんな?」
「急に叫び出して物陰に隠れたり、抑えようとした奥さんの腕に噛み付いたり…丸太が死体に見えたりしたと聞いているわ。」
ヤオは考える。
ーもし我らの前に強大な敵が現れて、師匠さえ追い詰められた時には、気をつけなければならないのだろうか…。ふっまさか、そんなこと、師匠に限ってあるわけが無い…。ー
ヤオは頭を振った。
「そんなことがあったのですね。師匠に限ってそんなことはないと思いますが、万が一があるのがこの世の中ですからね。」
と一応母に言う。
「ヤオ、縁様は不老にして不死。同族のはずの人間には同じ時を過ごせない。我ら長命のもの達が縁様を支えるのです。縁様の式神たちのように。」
徽因はヤオの手を握って言った。
「母上…。」
「あなたたちはいずれ縁様と旅に出る。その時に、頼るだけでなく、頼られるものにならなくては。そしてあなたは陽の化身。そのことが縁様を救う日がきっとくるわ。」
徽因はニコッと笑って言った。続いて、
「さて夕食にしましょう!今晩は青椒肉絲と卵とトマトの炒め物よ!ご飯も準備して!」
と言って肩を叩いた。
ヤオは頷きつつ、
ー10月15日に出発って言いにくいなぁ…。ー
と思っていた。
一方ユエは、
「ただいまー!」
元気に引き戸を開ける。
佳々は、
「あぁ!おかえり。今日は丸鶏の鍋だよ〜。」
と声をかける。
「おおー!私の好きなやつ!皮がトロントロンになって美味しいんだよねぇ。」
ユエは嬉しそうにする。しかし、そっと目を伏せ、
「お母さん、実は旅の出発日が決まったんだ。」
と告げた。すると机に座っていた陳宇が、
「もうか?い、いつなんだ?」
思わず席をたった。
「お父さん、お母さん、10月の15日だって。ちゃんとひと月は一緒にいられるよ。次の場所は琉球王国だって。」
佳々と陳宇は
「「はぁ〜〜。」」
と思わず息を吐く。
「まだいられるのね、良かったわ。」
佳々は胸に手を当てている。
「なんか、琉球王国の龍穴に異常があるんだって。それを治すように日本の帝?が、師匠の夢に夢渡りをしてきたんだって。」
「ゆ、夢渡りだって?!」
ユエの言葉に陳宇が反応する。
「え、父さん夢渡りってわかるの??」
ユエはびっくりする。
「そりゃあ、できる人は神の血を引くお方だけって話さ。夢は一種の固有精神世界。干渉することは可能だろうが、それは媒体や近くにいた場合だ。これほど離れていてできるってのは、受け取る側の縁様もすごい力をお持ちなんだな。」
と顎に手を当てていった。
「はぁあ。お父さん博識だねぇ。」
ユエは驚きながら言った。
「いや、実はな、ユエも夢渡りをしたことがあるんだよ。」
「はぁ?!覚えてないよ!そんなこと。」
「そりゃあそうだ。まだ小さかったからな。6歳ぐらいの時かな?急に夢の中に『ととー!なんか逢いに来た!』って言うんだよ。思わず夢の中で『夢か…』って呟くと、『とと、夢だけど夢じゃないよ。ほら持ってきたご本読んでよぉ〜』って言うんだ。俺も驚いたがとにかく本を読んでやった。家にあるお前のお気に入りのな。そのうち『ご本飽きた!帰るね〜』って言ったら煙のように消えてしまったのさ。次の日にお前に聞くと『なんか暇だったから会いに行ったの。』なんて言うから…その後、婆様に相談しに行ったら、夢渡りの話を詳しく聞けたんだ。4〜5回はあったぞ。大人になるにつれてなくなっていったけどな。」
陳宇は懐かしそうに言った。
佳々は、
「力が安定した今、また夢渡りの力が目覚めるかもしれないわね。縁様にも婆様にも相談しておいた方がいいかもしれないわ。」
頬に手を当てていった。
「明日の稽古で言ってみるね。」
ユエはご飯を器につぎながら言った。
ヤオとユエの穏やかな日常である。




