第25話ー自責の念ー
竹林のざわめきが静まりはじめた頃、空気がふっと張り詰める。
「来る。」
ヤオが呟くと、ユエは肩をすくめた。
次の瞬間、白銀の閃光と漆黒の影が竹林に滑り込むように姿を現した。
「白曜、参上。」
「黒曜もいる。」
縁の守護獣――白曜と黒曜である。
白曜は相変わらず気品に満ち、黒曜は不機嫌そうに尻尾をぱらつかせている。
「……で?先走って唆されて?あげくのこれか?」
黒曜が鼻先でガロンをつつく。
「バカです。」
「ただのバカです。」
ヤオとユエが即答した。
「……なるほど。」
白曜は一度だけ瞬きをし、状況を察した。
黒曜はため息をつく。
「里の精鋭のご子息ともあろう者が、操られて暴走とは。……情けない。」
「力量の差だよ。操られたのは事実だから、あんまり言わないでやって?」
ユエが言うと、黒曜は尻尾をユエの頭にぽふっと乗せた。
「ユエの頼みなら聞いてやる。だが、後でイュイ様からの説教は必要だ。」
黒曜はガロンの襟元を咥え、容赦なく引きずり上げた。
「この筋肉ダルマ。重くて面倒だ。」
「じゃあ俺はこの子とこの子を。」
白曜はキースとヤンガをふわりと風で浮かせ、そのまま背に乗せた。
「ユエ、ヤオ、心の準備は……」
「「不要!」」
即答で切り捨てた。
黒曜がくくっと喉で笑う。
「では、縁のもとへ運ぶぞ。」
白曜が切り返す。
「師匠は今、東の入口にいる。処罰の段取りもつけると。」
ヤオが説明すると、白曜は頷き、黒曜はやれやれと鼻を鳴らした。
「仕方ない。早く行くぞ。こいつら、見ていて腹が立つ。」
「めっちゃ同意。」
「すごく同意。」
ヤオとユエも声を揃える。
黒曜がひょいとユエを背に乗せた。
「乗れ。どうせ歩くより早い。」
「助かる。」
しっかり背にしがみつくユエ。
白曜はヤオに視線を向ける。
「ヤオ、乗るか?」
「もちろん。」
ヤオは軽やかに白曜の背へ飛び乗った。
竹林の光が揺らぐ中、白と黒の二頭の狗神が、問題児三人をそれぞれ抱えて地を蹴った。
朝日に銀と黒の軌跡が走る。
「はぁ……縁の説教、長いかなぁ……」
ユエが呟く。
「長い。」
黒曜が即答する。
「うへえ。」
ヤオが顔をゆがめた。
だが――
その背に乗る二人の表情はどこか軽く、戦いの夜がようやく明けたことを実感していた。
夜明け後、東側の村の入口付近。
倒れたまま担ぎ込まれたガロン、キース、ヤンガの3名。
周囲には護衛部隊の面々。
中央には、重々しい気配をまとった婆様が静かに座る。
静寂が落ちる。
そして、杖で床を「コン」と鳴らす。
「――で、これは……なんの茶番じゃ?」
最初の一言がこれ。
意識なく転がっている3人に向ける視線は、これ以上なく厳しい。ガロに至っては顔から血の気が引き、なおかつ苦虫を噛み潰したような顔つきをしている。
「婆様。このものらは若輩者故、里で待機を命じていた護衛部隊のものです。何が一体どうなってこんなことに…。」
ヤオとユエは少し離れた場所で待機。
婆様は2人を見ると、穏やかに目尻を下げた。
「ヤオ、ユエ。魔族を倒した上、よくぞ結界を守った。あの子らの命まで取らず、よう対処した。」
ユエが胸を張る。
ヤオは素直に一礼した。
縁は、
「結果から見るに、功を焦って結界の西側に出た、そこをここで戦っていたゴトムルの副官キュレーの呪禁にやられた、ということらしい。呪禁自体は私の使役獣である管狐に解除させたが、本人の志向に合う暗示をかけられていたので、まぁ、鉄拳制裁でヤオとユエにやらせた。」
冷静に、淡々と言う。
「婆様、とにかく集会場にてこのもの達に処罰を。ここでは人目があります。」
慌てて言ったのは、キースの父親である。婆様はキースの父親をギロッと睨みつけると、
「そうさな、道行きに厳しい沙汰を考えるとするか。」
嫌味をかえす。
ーイュイ、相当怒ってるな…まさに怒髪天だー
縁は今は族長だが、出会った時はまだまだ小さかったイュイの心労を思い、小さく息を吐いた。
族長の屋敷。大広間に漂う重苦しい空気。大失態を犯した3人組は顔を真っ青にして正座させられている。
婆様は仁王立ちになり、杖をトントンとついた。
「これから詮議を行う。そなたら今夜の失態、どう償うつもりであったか。まず、ガロン。そなたは護衛部隊長の子でありながら、自ら結界の外へ出て魔族に隙を見せた。更に、そなたらは暗示を受けたとはいえ、“結界の傷”となった。」
ここで一拍置き、
婆様の声が鋭くなる。
「――だが、最大の罪はこれじゃ。」
3人が身をすくませる。
「おぬしら、自分の弱さを他者のせいにした。陰陽の化身が羨ましいのは勝手じゃ。しかし、それを理由に里を危険にさらすのは愚の骨頂!」
部屋の空気がぐっと重くなる。巨大な蛇が鎌首をもたげ、ちっぽけなカエルを見つめるような…そんな緊迫した空気。
婆様は続ける。
「ヤオ、ユエ。」
2人は姿勢を整える。
「そなたらは、責任という言葉をよく理解しているようだ。今回の働きはまさにそれを証明している。」
ヤオとユエは答える。
「いえ、当然の務めを果たしたまで。」
「…当然のことをしたまでよ。」
婆様はふっと笑う。
視線が3人に戻ると、また空気が凍る。
「さて、そなたら3名。最低でも3ヶ月の謹慎は免れん。
加えて――」
ヤンガが思わず息を呑む。
「そなたらは世間というものを知らぬようだ。これは我らにも責がある。よってガロン、キース、ヤンガ、あと有志2名をつのり、街で冒険者として働くように。文句は許さん。おぬしたちに必要なのは“力”ではなく“理解”じゃ。」
大広間がざわめく。
婆様は笑みを浮かべつつ、しかし厳しい目で3人を見下ろす。
婆様はヤオとユエに向き直り、柔らかい声で言う。
「……そなたらの夜明けが、無事で良かった。里の誇りじゃ。」
そして振り返りガロに言う。
「お前の息子はもう成人。いくら親とて責は追わぬ。護衛部隊の隊長としてよくぞ里を守りきった。これからも頼むぞ。」
そして、杖を軽く叩いて締める。
「――以上。」
大広間に漂う重い空気。
3人の若造(ガロン、キース、ヤンガ)は、婆様の処罰の宣告に顔を真っ青にしている。
そのとき、扉が「ギィ」と開く。
肥前忠広とその鞘血桜を腰に指し、夜明けの光を浴びた縁が歩み出た。戦いの疲労はまるで感じさせず、目は鋭い。ざわっと場の緊張が走る。
縁は婆様に軽く頭を下げると、3人の前に立つ。
「……ひとつだけ言わせてもらう。」
3人は反射的に背筋を伸ばした。縁は静かに、しかし逃げ場のない声で続ける。
「私の弟子を妬むな。このものらは両親と離れ500年もの間封印されていた、そしてこれからまた別れることになる。これが力を持つことの代償だ。お前たちは、お前たち自身の道を進め。」
ガロン、キース、ヤンガは息を呑む。縁はゆっくりと視線を落とし、3人の胸元あたりを指先で軽くつつく。
「強くなりたい気持ちは尊い。けれど――妬みを理由に他者を傷つける者に、"拳"も“剣”も“術”も味方はせん。」
次の一言は、まるで親に叱られる子供のように、静かでやさしく厳しい。
「今回のことは、命で償うほどの罪ではなくて良かった。でもそれは運が良かった、それも理解しているはずだ。責任を償え。そして自分で立ち上がらなければ未来はない。それを忘れるな。」
…3人は頭を地につけるほど深く下げた。
「それでだ、ちょっと小耳に挟んだことなんだが、ヤンガだったな。お前他のものと出自が違うことで悩んでいるのだろう?世界は広い。私はヤオとユエを連れて様々な所へ行かねばならない。そのついでだ、まだ随分先になるが欧州の魔術学校へ入学というのはどうだ??父君も流浪の魔術師だったと聞いた。悪い話ではあるまい。考えておいてくれ。」
縁は思いつきをそのまま述べる。ヤンガは呆気にとられで口をパクパクしている。
「あ、あの、少し考えさせてください…。」
ヤンガの声は消えてなくなりそうだった。目は、今まで見たことのない未来の景色を捉えたように揺れている。頭の中で父の姿や、自分の生きてきた道、これからの可能性がごちゃ混ぜになり、胸の奥がざわつく。
――欧州の魔術学校?
――俺が……そんな世界に足を踏み入れるのか……?
――縁様、ヤオとユエとは、また別の道……俺自身の道……
言葉には出さないけれど、心の奥で、少しだけ希望と恐怖が混ざった感情が芽生えた。
これまで誰にも認められなかった自分が、ほんの少しだけ未来を手にできるかもしれない――そんな期待が、頭の中でひそかに光を放っていた。
「まぁいい。準備もあるから、なるべく早くにな。」
縁は軽くウインクする。
そして縁は背後のヤオとユエへ目を向ける。
「……ヤオ、ユエ。よくやった。よく守った。
次は倭国日本で、私の雇い主に謁見してもらわなきゃならない。なにせ、八百万の神々の、長の血を引くいと尊きお方。早く戻れとは言われていないが、顔を出さねば困るのでな。」
「げええぇ貴族とかめっちゃ苦手なんですけどおおぉ!」
ユエが愚痴る。
「日本の八百万の神々の長の血、を引くお方?師匠あなたは一体どんな立場なんですか?!」
ヤオが眉間に皺を寄せる。
「だから、土佐守、四国総鎮護だっていってんだろ!私もれっきとした貴族だ!き・ぞ・く!しかもイュイも中華で由緒ある蛟のお姫様だ!貴族だわ。もっと尊べ。」
縁は溜息をつきながら喚いた。
そして、縁はくるりと背を向けた。
「では娘々、あとは任せます。私はこのあと倭国行きの準備がある。」
イュイは誇らしげに頷く。
3人の若造はしばし呆然とし、その背中を見送りながら思う。
――姿を見ただけ、声を聞いただけでわかる、この強者の佇まい。この人に、いつか追いつきたい。しかしその道は、“ヤオやユエとは別の、彼ら自身の道”として歩むことになる。ーーー
ただ彼らは自らの大切なものを危険に晒した自責の念に苛まれるのが先だった。




