第23話ー稲ちゃん大活躍、キュレーの忠義ー
稲ちゃんは管から出ると大きなイタチに変化する。そして風をまとって結界の汚染の源へ疾駆した。その姿はまさに竹林を駆け抜ける一陣の風。
西の端、汚染源はそこにあると稲ちゃんは分かっていた。
ー管狐、とは日本固有の妖怪もしくは精霊、一種の憑き物とされている。管狐は使役者から呪いや病を目的の人、もしくは家に運ぶ。また、金運や財産を運んでくるともされる。だが操り手を間違うとたちまちにして数が増え、その家は絶える。と、まぁ、稲ちゃんは呪いのスペシャリストなのである。
「そこの若人3名。とまれ!」
稲ちゃんがガロン達に呼びかける。既にキュレーの呪禁に犯されている3人からは、紫色の瘴気が漏れ出ていた。
…主様、里の護衛部隊の若い衆3名が唆されたようです。呪禁に犯されています。…
稲ちゃんは縁に思考共有を行う。
…どーせそんなことだろうと思ったわ。稲ちゃん、憑依して構わん。内部の呪禁ごと切れ。…
縁はやれやれと言ったふうに伝えた。
…かしこまりました!ではいってまいります!!…
稲ちゃんは張り切って答えた。
「おい、そこの馬鹿なひよっこ3人組。動くなよ。精神までやっちまったら主様になんて言われるかわかんねーからな。」
稲ちゃんの口調から愛らしさが抜け、どこかヤンキーらしさがにじみ出る。
「フッ」
稲ちゃんの体が消えたかと思うと、にわかに縮み、ガロンの耳に入っていった。
稲ちゃんは脳内にあるガロンの精神世界に入った。瘴気を振りまく蝿を見つけると、激しい鎌鼬を放った。逃げ回る蝿だったが、稲ちゃんの鎌鼬からは逃れられない。"ザンッ"音なき音をたてて、呪禁は崩れ去った。しかし稲ちゃんは油断しない。
ーこの感じは、本人の志向に合わせて強い暗示もかけられてんな。こりゃ、1度性根を叩きのめしてもらった方が早いわ。こいつら。あとの2人もさっさとすーまそ!ー
稲ちゃんはガロンの耳から出ると、キースとヤンガにも同じことを行った。
…主様、呪禁は消しましたが、本人たちの意向に沿う形で強い暗示がかけられております。今一度私めが暗示をかけ直しても構いませぬが、後顧の憂いを断つには、性根を叩いておいた方がよろしいかと。…
稲ちゃんはしおらしく縁に伝えた。縁は、
「あははははははは!」
と思わず声を出して笑い、
…そうだな。ヤオとユエに少し性根を叩き直してもらってもらうとしよう。私もそろそろ護衛部隊と合流する。…
と伝えた。
縁の前方に土埃が見えてきた。護衛部隊は、黒い影の兵隊とレッサーデーモンと戦っている。数に押されているのがみてとれる。
「ガローーーー来たぞー!!!!」
戦場をひっくり返す待ち人の声に、護衛部隊から歓喜の声が上がる。
「縁様がこられたぞーー!!!!!!」
副隊長格の男が声を上げる。縁は抜刀し、間合いに入った敵から両断していく。切られた兵隊やデーモン達はチリとなって肥前忠広に吸い込まれてゆく。
「おのれ、小娘が!ゴトムル様を弑したというのか!」
キュレーが憎しみに満ちた声で呟く。
「全軍!護衛部隊を相手なさい!あの女は私が!!!」
キュレーは黒いレイピアを抜き放つ。
「キュレーとやら。…その忠義、誠のもの。お前を信じてゴトムルは散った。その全力、私にぶつけるがいい!」
縁は八相に構えるとキュレーを見据えて言った。
「おのれっ…氷よ!乱立せよ!シルヴァ・グレイヴ!!」
氷の棘が林立し、縁の行動範囲を狭める。その間をレイピアが射抜く。縁は細かな動きで弾き返す。そして、
「焔よ、うがて。炎熱火球」
と氷と相克する魔術を放った。地面はぬかるみ、魔力の残滓がたちのばる。しかし両者は止まらない。
キュレーが中規模魔法を放つ。
「狂え!嵐よ!クリオ・テンペスト!」
縁は、
「焔よ、まどえ。火精乱舞!」
と応戦する。
この中でキュレーはある事態に陥っていた。己の魔力不足である。キュレーは魔族の中でも魔力量は多い方だが、影の軍勢、レッサーデーモンの召喚、縁との戦いによる消費は大きかった。もはや大規模転移魔法を発動できる、ギリギリの量しか残っていない。キュレーは迷っていた。忠義か、もっと大きな目的のための忠義か…。
ーそこを見逃す縁ではなかった。
「血桜、弓張月の形・矢羽根」
縁は八相の構えから左腕の突きを繰り出した。キュレーは咄嗟に体をひねり、首を刺し貫かれることは無かったが、刀は右肩を背中側から貫通した。縁は大きく刀をひねりながら引き抜く。
「ぎゃぁぁぁァァァ!!!」
怪我の痛みと血桜の痛みによる、凄絶な苦しみが彼女を悶えさせる。
「ほぅ。考え事のさなかに、これを掻い潜ったか。見事。」
縁はひたりと刀をキュレーにあてて言う。
「ぐうううぅ。」
脂汗の浮いたキュレーの憎しみに満ちた視線が、縁の冷めた視線と交差する。その時、キュレーの覚悟は決まった。そして最小限の魔力で煙幕をはり、ゴトムルの剣を突き立てた!
「エッサル・ゴトムルド・ナギナ・アッムルエス・トールエス・エンサータナ!!!」
ーーー煙幕が晴れると、そこには朽ちた剣が一本突き刺さっているのみだった。大規模転移魔法のあと。 それもチリとなって風に吹かれていく。
「だろうな。冷静な副官どの。私でもそうした。大きな忠義の前に小さな忠義は及ぬ。ただ、私の血桜はこの上なく厄介だぞ。せいぜい復讐の肥やしにするがいいさ。今夜は私たちの勝ちだ。」
背後には影の兵隊が消え、レッサーデーモンを駆逐しつつある護衛部隊の姿がある。
ヤオとユエはまだ3人組をおしおき中らしく連絡は無い。
勝どきの声も、朝日も、あともう少しだった。




