第22話ー首魁ゴトムル・縁戦ー
――時を、前に遡る。
ギィロとヤオの拳が交わるより前。
ユエとノノルの霧が交わるより前。
竹林の上空では、別の風がうなっていた。
風そのものが刃を持つような圧。
その中心に立つのは、悠然としたひとりの女――縁。
その視線の先、黒き巨影。
鎧の隙間から瘴気を漏らす、この陰陽を狙うチームの首魁・ゴトムル。
「……これが、あなたの理か。」
縁の声が、空気を震わせた。
「……この森は、我が氷の楽土とする。」
「何故陰陽の化身を狙う…?激甚とはなんだ?まさかとは思うが、禁忌の川を氾濫させる気ではないな?」
「ここで散るお前に知らせる必要は無い。が、なかなか良くものを知る女だ。」
「はっ笑わせる。年の功としたもんさ。ゴトムル。」
「ほぅ。我が名を知るか。ガイジンが喋ったか。あやつは忠義が厚かったが…お前だな?」
「ふふふふ。そうだな〜。少し暗示をかけてやったらペラペラと!雑魚だけに簡単なものだったよ。」
ザンッ。剣戟が空を割いて縁に迫る。縁は風圧で相殺する。
「我の同志は、お前ごときに愚弄されるものではない!!」
ゴトムルが額に青筋を浮かせて低い声で言う。
「いい上司だな。私もかつてはそういう上司がいたものさ。そこは謝罪しよう。」
と微笑み、すまなさそうな顔をした。
「ゲスが。口先だけの謝罪など要らぬわ。」
ゴトムルが唸る。
「結構本気なんだが。まぁいい。ーーさて、死合おうか。」
縁は肥前忠広を抜き、腰を落として霞の構えに構えた。
一気に場の空気が変わる。どんどん重くなる。吐く息が白くなる。お互いが僅かに体を動かし、誘い惑わし仕掛け合う。2人の動きが完璧に止まった、その瞬間爆発した。
ーー大剣と刀がかち合い、火花が散る。明らかに膂力で劣るはずの縁に、その様子はみえない。むしろ押しているのは縁の方である。押されたゴトムルは冷静に切り返し、剣戟を繰り返す。縁の刀の細さを見て、折ろうとしているのが見て取れる。
「この刀、折れると思うか?」
縁が挑発する。
「折るのみ!!」
ゴトムルが更に剣戟を早める。
初めから縁は絶妙に角度を調整し、大剣をミリ単位で刃こぼれさせていた。別に縁は大剣を折ろうとはしていない。大剣に込められている魔力の"相"を、壊すのが目的である。次第にゴトムルも気づき始める。
「貴様…我が剣になにかしているな。」
ゴトムルは鍔迫り合いの中で呟く。
「ほう。もう気づいたか。これだけ打ち合わせたらな。少し魔力が行き渡らなくなってきただろう。」
縁はニヤッとした。
「この!」
ゴトムルは一気に間合いをとり、大剣に手を当て、
「氷界・理よ律せよ。グラシエス・オルド」
と叫んだ。
「ちっ氷で秩序を守ったか。また器用なことを。だがそれをしたということは、その大剣に大規模転移魔法を仕込んでいるな。」
縁は冷静に分析する。ゴトムルは2回りほど小さくなった大剣に氷刃を纏わせ、
「フロスト・スパイン!」
「グレイシャル・スラスト!!」
鋭い突きを放つ。
縁は紙一重でかわしながら、
「血桜・千の燕」
と太刀を横凪に振るう。同時に深紅の千の刃がゴトムルを襲う。
「ぬううううう!!」
鎧を貫通する深紅の刃は、鞘である妖樹血桜の効果により、骨の髄まで染み込むような酷い痛みが伴う。
両者が間合いを取る。
「はっはっはっ。」
荒い息をゴトムルが吐いている。
「ゴトムルよ。お前は理を重んじるものだ。情けだ。仲間を率いてコキュートスの畔に帰れ。」
縁は霞の構えを取りながら、告げる。
「なるほど、お前、グリードだな。No.5(ナンバーフィフス)の縁。我が勝てぬのも道理。しかし、我らはコキュートス様の下僕。混沌たるこの世を冥界の大河にて洗い流す者。情けなど無用だ!」
ゴトムルは口元から血を流しながら言う。彼には今も激しい痛みが襲っている。その時どこからか氷の光のつぶが、ゴトムルに流れてきた。
…ノノルそうか。我に力を託して逝ったか。ではその力と共にわれも全力を出そう。目の前の敵、我らにとっては巨峰。この物さえ居なくなれば我らは勝利!…
ゴトムル一瞬目をつぶった。
「そうか。ならばここでお前は終わりだ。」
縁は剣先をゴトムルの左目につける。
「ふっ。我、自らを糧としコキュートスの力を現界させん。アエテルニタス・グラキエル!!!」
ゴトムルの足元から、青白い光が爆発する。それは魔法陣となって四方に展開する。
咄嗟に縁は魔法陣を解析する。その眼球の動きを見て、ゴトムルは大剣に小さな魔法陣を展開させた。縁が気づいた時には、大剣はもうゴトムルの手にはなかった。
「くそっ。キュレーに送ったか。」
縁は毒づく。
「道連れだァァァァ!!!」
ゴトムルの最期の叫びが聞こえる。縁は、
「ふっ。」
と息を吐き、構えを解いて刀を鞘に納めた。そして目を閉じ両手を広げた。
辺り一面が氷の濁流に飲み込まれ視界が白一色に染った。
数瞬。縁が目を開けると、そこにはゴトムルの体が崩れながらも、氷の粒が整然と並び、雪華のように形を保つ。それは彼の“理”の証。縁は静かに目を伏せた。
「…すまんな。ゴトムルよ。私は魔力量が尋常じゃないから、魂の総量が半端ないんだよ。体質もな…。要するに、コキュートスを渡れないんだ。私は。」
ーーーキュレーの影の部隊と、悠淵の護衛部隊がぶつかっている場所に、唐突にそれは現れた。
ザスッ!
地面に大剣が刺さる。キュレーは悲鳴をあげた。
「ゴ、ゴトムル様!?!これはゴトムル様の大剣。おのれそれほどのものが…」
同時に結界に軋む音が聞こえた。
「時が来た!私がゴトムル様の遺志を継ぐ!我、主の名の下に理を歪め、魂の門を開く。黒き血潮よ、地より滾れ、『サクリフィカ・デモニア』」
キュレーはレッサーデーモンを召喚した。にわかに戦況が緊張がはしった。
結界の軋む音は、遠く離れた各戦線にも伝わった。
風が逆流する。
陰陽の気が一瞬だけ乱れる。
「くそっ、結界に手を出した奴がいたか。」
縁は眉をひそめ、即座に思考共有を開いた。
…皆に告ぐ。結界に異常あり。繰り返す。結界に異常あり。ヤオとユエは結界の異常の元へ向かえ、私は護衛部隊に向かう。…
全員から、
……了解……
と返事が返ってくる。縁は胸元の管を叩く。
「なんでしょう縁様?今回も完勝でございましたねぇ〜」
稲ちゃんが顔を出す。
「稲ちゃん。君は呪いの専門家だ。言いたいことはわかるね?」
縁は茶目っ気たっぷりに言う。
「なるほどです!では不肖稲、この妙な軋みの原因を解消してきます!」
管狐、稲ちゃんの本領がこれから発揮される。




